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それは、音弥の命日も過ぎ、クリスマスを目前に控えたある日のこと。
「―――――はい、そうです。……………あ、そうですか、ありますか?じゃあ今日これから伺いますので、取り置きしておいていただけますか?…………はい、ありがとうございます。西島と申します。よろしくお願いいたします。それでは失礼します」
私が通話を切ると、待ち構えていたかのように、居間に勢揃いしていた彼らが一斉に話しかけてきた。
『お嬢ちゃん、どっか出かけるん?』
『Oh、ショッピングですか?』
『受験生がほっつき歩いていいのかよ』
『時に気分転換は必要であろう』
『そ、そうですよね!オレもそう思います!』
『今日も清々しいほどの裏表よねえ。ところでお嬢ちゃん、どこにお出かけするのかしら?』
彼らのおしゃべりは今日も絶好調で、でも今はもう、私にとってそれがいつもの日常だった。
だから私も、普段の何気ない会話のやり取りと同じ温度で返したのだ。
「前に行ってた大学の近くにある楽器屋さん。探してた楽譜の在庫があるみたいだから行ってくる」
ちょっと行ってくるね、そんな感じで終えるはずの軽い会話だった。
ところが思わぬ反応が返ってたことで、私の足はぴたりと止まってしまった。
『あら、それってもしかして山原楽器かしら?』
「そうだけど、知ってるの?」
『そうねえ、知ってると言えば……知ってるわね』
「へえ、そうなんだ」
軍服マントの前職は舞台俳優で、音楽とも関係が深かっただろうし、山原楽器は有名な老舗でもあるので、知っていてもおかしくはない。
そこに何ら違和感はなかったけれど、今度は小学生男子が『山原楽器?』と知ってる風な呟きをこぼしたものだから、さすがにそれは予想外だった。
『あら、坊やも知ってるのかしら?』
『…………べつに。そんなのどうだっていいだろうが』
『なんや、今日はえらい突っかかるなあ』
『いわゆる バッド ムード ですね』
『うるせえっ!』
繁華街のど真ん中にある音楽専門店を知っていたことには驚いたものの、小学生男子がつんけんしてるのはいつものことなので、私は特に気に留めないまま、「とにかく今から出かけてくるね」と言い残し、外出準備のために一旦自室に戻ったのだった。
この時間から出かけるとなると、明るいうちには帰ってこられないかもしれない。
私はコートに袖を通しながらこのあとの予定を考えていた。
文哉は学校のお友達の家でクリスマスパーティー、父も母もそれぞれ仕事関係者との忘年会らしく、夕食は私一人の予定なので、帰りにデパ地下でお惣菜でも買って帰ろうか………
そんな段取りを浮かべつつ一階に下りると、階段下に軍服マントが待ち構えていた。
『今日のお供はアタシよ。よろしくね、お嬢ちゃん』
にっこりと上機嫌の軍服マントに、私はため息を隠さなかった。
「べつに出かけるたびに誰かが付いてこなくてもいいわよ。もう子供じゃないんだから」
『だめよ。弟さんからよお―――く頼まれてるんですから。心配性な弟を持った姉の定めとして、諦めてちょうだいな』
音弥が彼らに私のことを頼んでいったらしく、事あるごとに彼らのうち誰かが、時には全員が私に付き添うという、過保護全開な扱いが日常化していた。
「まあ、確かに今日は帰りが暗くなってからになりそうだけど……」
この辺りは適度な田舎なので、駅からの帰り道に自分一人きりじゃないのは、正直心強かった。
『ほうら、アタシたちが役に立ってるでしょう?』
軍服マントが誇らしげに訴える。
ここで何か言おうものなら、おしゃべりの渦に巻き込まれた挙句出かけるのが大幅に遅れてしまいそうなので、私は「そうね、ありがとう」と受け流すことにした。
「それじゃ、行ってくるから。今日は弟が学校帰りにお友達の家でクリスマスパーティーをしてて、」
『遅くなりそうなら迎えに行ったらええんやろ?いつものことやからもうわかってるって』
『ドントウォーリーですよ!』
『其方も心配性だな。弟御のことは我らに任せるとよい。案ずるな』
『せやで?ほな気を付けて行って来ぃや。あ、お土産は駅前のたい焼きでええで?』
『Oh、たい焼きよりも I want コンビニスイーツです!』
『はあ?何言うてるん?コンビニスイーツなんかいつでも食べられるやん!冬といったらたい焼きに決まってるやろ?』
『NO!Today、たい焼きはオールシーズンエブリウェアフードです!コンビニスイーツには期間リミテッドというものがありまして、』
「はいはいはいはい!もうわかったから。今日はデパ地下に寄って帰るから、お土産はそこで適当に見繕ってきます。リクエスト、クレームは一切受け付けません。いいわね?」
おしゃべりが終わるのを待ってたら日が暮れてしまいかねないので、強引に終了させた。
が、今度は 『え?デパ地下行くん?』『ザッツ オーサム!!デパ地下 イズ ワンダフォー!!』『それは実に楽しみだ』と、デパ地下に狂喜乱舞する彼ら。
私が渡したものに限り触ることができるようになった彼らは、私が渡すものなら食べたり飲んだりすることもできるようになっていたのだ。
もちろんゴーストなので飲食は不要だし、味覚もないらしいけど、今までただ見てるだけだったこの世界の中で実際に自分が体感できるというのは格別らしい。
当然、彼らは手当たり次第に食べたい、飲みたいとリクエストしてきた。
でもそのすべてを聞いていたら私の時間がなくなってしまう。
そこで、私達の共存のためのルールとして、”飲食リクエストは特別な時に限る” という項目が新たに追加されたのだった。
「とにかく、行ってくるからね」
『はーい。ほな、いってらっしゃい。デパ地下、待ってるで!』
『I’ll see you later!I can’t wait デパ地下 です!』
『気を付けてな。其方、此の者をしかと頼んだぞ』
『お任せあれ』
デパ地下に浮かれる二人を横目に、軍服マントが万葉集女王に仰々しく礼の形をとる。
さすがに元俳優だけあって、流れがとても様になっている。
着ている衣装も加味されてるのだろうけど、なんだかとても自然な仕草に見えた。
すると、玄関先まで黙ってついてきた小学生男子が、私が扉に手をかけたときにぽつりと呟いたのだ。
『気を付けて行ってこいよ』




