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「一緒にいられないって、どうして?」


深く考える間もなく、咄嗟に尋ねていた。

だって、心底不思議だったからだ。


「どうしてって………だって俺はもう死んでるんだよ?」

「そ……っ、そんなの、この人達(・・・・)だって同じじゃない。でも何年もこうしてこの世界に留まっているのよ?」


だから不思議だったのだ。

なぜ音弥がそんなことを言い出したのか。


彼ら(・・)はこの世の人物ではないけれど、南先生と契約或いは約束を交わし、この世界に滞在する許可を得ている。

音弥だって、南先生からそういった類の交換条件を提示されたと言っていた。

だったら、この世界に留まってもいいはずだ。


なのに、音弥は二度、首を横に振った。



この人達(・・・・)は俺とは違って、祓い屋のトップであるその人と契約して、決まりごとをきちんと守っている」

「それこそ音弥も同じでしょう?南先生から交換条件を出されたんだから」


音弥はもう一度首を振る。


「俺は、その交換条件を破ってしまったんだ。いや………そもそも、俺はその資格を持ってなかった。だけど姉さんのことがあったから、特例として認められてただけで………。姉さんの記憶が戻ったのなら、その特例はもう通用しない。そうですよね?」


南先生に伺いをなげた音弥。



「そうだね」


南先生からは端的な肯定が告げられる。



「ちょ…………ちょっと待ってよ。え……?じゃあつまり、音弥はいなくなっちゃう………ていうこと?」



とたんに、動揺が激しく暴れ出す。


「そうだよ、姉さん。俺はもうすぐ、この世界からいなくなる」

「なんで?交換条件って何なの?どんな交換条件を音弥は破ったっていうのよ?!」


狼狽える心のままに傍らにいる音弥の両腕を掴んだ。

音弥は顔色を変えず、「名前を呼んでしまったんだ」と答えた。


「名前?名前って…………あ……」



私は、前に彼ら(・・)から聞いていたことを思い出した。

ハラさんに定められた規則についてだ。


確かそこには、”人の名前を呼んではいけない” というのがあったはずだ。

彼ら(・・)の中で強い力を持つ者は、人の名前を口にしただけで命を奪ってしまう可能性があるらしい。


にもかかわらず音弥は、さっき…いや、さっきだけではなく何度も、私の前で文哉の名前を呼んでいた。



「待ってよ。まさか文哉の名前を呼んだこと?たったそれだけでこの世界から消されちゃうの?」


必死なあまり、音弥を掴む力がどんどん大きくなってしまう。

けれど音弥は微塵も動じず、「俺が名前を呼んだのは文哉だけじゃないよ」と返してきて。


「そんなの、」

「文哉だけなら、特例としてまだ大目に見てもらえたのかもしれない。でも俺は、明らかな殺意を持って、人の名前を呼ぼうとしたんだ」



明らかな、殺意?



その衝撃的なひと言は、音弥の腕を握りしめていた私の指を、ぎくりと怯ませたのだった。



「そんなまさか、音弥が………?」


殺意だなんて、そんなこと………

そう一蹴しかけたけれど、もう遥か昔のことのようにも感じるアリーナでの一場面が過ったのだ。




―――――「天乃 流星」





鋭い目つきで唸っていた音弥。


確か直前には天乃くんのフルネームを私に訊いてきたはずだ。


そして、それを必死に止めようとした彼ら(・・)と天乃くん。




―――――「其方(そなた)何か(・・)をすることで、姉君が悲しむことになっても良いのか?」


―――――「おやめなさい!アタシ達がいるんだから、あなたが手を下す必要ないわ!」


―――――「ホンマにその通りやで!絶対に余計なことしたらアカン!」



―――――「きみは何もするんじゃない!俺達に任せろ!」





今から思えば、彼ら(・・)や天乃くんはこの決まりごとが頭にあったから、あんなにも音弥を引き止めていたのだろう。

でもあれは、私に危害を加えようとした天乃 流星に対してなんだから、ある意味正当防衛だ。


私は音弥の腕を離して南先生に訴えた。



「でも先生!あれは天乃 流星…くんが私を傷付けたからなんです!音弥から仕向けたことじゃない!」

『そ、そうやで!あれはお嬢ちゃんを守るためにしょうがなかったんや!』

『イグザクトリーです!ルールはブロウクンされてません!』


さっきまでの涙は吹き飛んだかのように、袴三つ編みと烏帽子男が力強く味方してくれる。

でも二人は、音弥がそのルールを破ったことを今の今まで失念していたような反応でもあった。


片や、さっきからやけに時間を気にしていた万葉集女王や軍服マントは、ずっとその事実を気にしながら、私と音弥の答え合わせを見守ってくれていたのだろう。


その軍服マントは、袴三つ編みと烏帽子男を『お止めなさいな』と制した。


『なんでなん?お嬢ちゃんと弟さんが離れ離れになっても構わへんの?お嬢ちゃんが悲しむの、黙って見てられるん?』

『ユーアーソーコールドです!』

『アタシだって嫌よ!』


いつも飄々としながらも優しい軍服マントの激昂に、二人だけでなく私もひゅうっと感情が鎮まっていく。



『アタシだって、お嬢ちゃんが悲しむのなんか見たくないわよ』

『それやったら、』

『でもね』


軍服マントは激昂を急速に萎ませると、二人から音弥に向き直って言った。


『ルール破りは、名前のことだけじゃないものね?』


そうでしょう?


疑う余地など全く持っていない、そんな確信の上で、軍服マントは音弥に正否を求めたのだった。



「そうなの?音弥」


他にも音弥が決まりを破っていたことがあるの?

彼ら(・・)が前に話してくれた規則には、他にどんな項目があった?

私は短い時間で懸命に記憶を辿っていくけれど、焦りばかりが先走ってしまう。


すると音弥は「……その通りです」と軍服マントに認めたのだった。

私はついカッとなってしまって。


「何だったの?音弥が破ったルールって、いったい何なのよ?」

『お嬢ちゃん、落ち着いて。そんなに興奮して、また体調が悪くなったら大変よ?』

「そんなの、焦るなっていう方が無理よ!だって音弥がいなくなるなんて、そんなの……」

『し―――っ、落ち着いて?ほら、ゆっくり、ゆっくりね。そう………そのまま、ゆっくり思い出してみて?お嬢ちゃん、覚えてないかしら?アタシがお嬢ちゃんと出会った頃、何度も念押しするように、以前の(・・・)アタシのことを知らないかと尋ねたことを。アタシの顔に見覚えがないか、最初に訊いたでしょう?』


軍服マントが人差し指を唇に当てて、やわらかな言葉遣いで問いかけてくる。


私はドッドッドッと脈打つ速さまでは操作できずとも、軍服マントの穏やかな態度につられるようにして、多少は気持ちのざわめきを削いでいった。


そして言われるままに、出会った当初を思い返す。




――――――『…………でもひとつだけ、確認させてちょうだい。とっても大切なことだから』


――――――『お嬢ちゃん、アタシのこと、知らないわよね?アタシの顔をよく見て?見覚え、ないわよね?』





確かに、軍服マントははじめて会ったとき、私に自分のことを知らないかと訊いてきた。

前の職業が舞台俳優ということで、一般の人に比べたら顔を知られてる可能性が高かったせいだろうけど、じゃあ、どうして私が軍服マントの顔に見覚えがあったら都合悪いのかといえば…………



「あ………」

『思い出したかしら?』

「”生前の自分を知ってる人間が周りに一人もいないこと”………」



彼ら(・・)がハラさん、つまりは南先生に提示されたこの世界に留まることの条件の一つが、それだったのだ。



『そうよ。思い出したのね?』


あのときは文哉が帰ってこなくて平常心ではなかったし、そのあと改めて彼ら(・・)と同居するにあたってのルール作りをしたときだって、生まれてはじめて接するゴースト達に、恐怖心やら不安感でいっぱいだった。

彼ら(・・)の個性的なキャラにも押され気味だったし、いちいち細かな文言までは頭にクリアに記録していられなかったのだ。


だけど今は、はっきりと覚えている。




「生前の、自分を知ってる人間って…………じゃあ、家族も、だめなの?」




呆然と、音弥を縋るような目で問い詰めた。













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