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「後まわしにしたこと?何だったかな」
南先生は首を傾げた。
本当に忘れたのか、それともそんなフリをしてるのかは見抜けないけど、私は改めてその話題を持ち出した。
「この人達が、私がここに引っ越してくる前から私のことを知っていたのかと訊いたときに、先生は『その話はまた後でもいいかな』と言ったんです。先生はここにこの人達がいると知っていながら、私の両親に紹介したんですよね?だから私は、てっきり先生から事前にこの人達に私のことが伝わっていたのかと思ったんです。でも、引っ越してきてからはじめて私のことを知った……みたいなことも言ってたので、ちょっと気になって」
この話をしたとき、彼らが何かを隠してる様子だったのも気になる。
私は南先生の次は彼らにも訊くつもりでいた。
「ああ、そのことか……」
若干のわざとらしさを匂わせたものの、門前払いで誤魔化すつもりはなさそうだ。
ところが、急に彼ら、特に烏帽子男と袴三つ編みがそわそわしはじめたのだ。
その素振りはどう見ても怪し過ぎて、逆に突っ込んでいいものか迷うほどだった。
南先生は二人を見るとフッ、と息を漏らし、万葉集女王はやれやれ、といった風情で柄の長い団扇を持ち上げ、顔を隠してしまう。
そして軍服マントが仕方ないわね、と言いたげにマントを翻し、両手を腰に当てた。
『アナタたち、そんなんじゃ、自分達は隠し事をしてますよー、怪しいですよー、って名乗り出てるようなものじゃない。あの約束、忘れちゃったの?』
まるで子供を叱る母親のような軍服マントに、烏帽子男と袴三つ編みは子供のようにしょぼんと縮こまる。
『ノ、ノーです。アイドントフォーゲットです。But……』
『せやせや。うちら、別に忘れてしもたわけやないんやで?でもな、やっぱ嘘は苦手っちゅーか……』
「でも、弟のこと知ってたのにずっと私には知らないフリしてたんでしょ?それも立派な嘘じゃない」
『それはお嬢ちゃんのためやと思たから……』
『ザッツライトです』
「それじゃあ、私のために、あなた達が隠してることを教えて?」
逆手に取って言うと、二人は実に分かりやすく口にチャックした。
『…………』
『…………』
白々しく目を合わせない二人に、私は矛先を変える。
「南先生、約束って何なんですか?」
彼らが約束を交わすなら、相手は南先生しかいないはずだ。
そう思って疑わなかったのに……
「さあ?僕は知らないよ。この件に関しては僕はノータッチだからね」
南先生はひょいっと肩を上げ、外国の映画俳優のような仕草で否定したのである。
てっきり南先生だと思い込んでいた私は面食らってしまう。
「え……そう、なんですか?じゃあ………音弥?」
次に可能性が高そうな音弥に振るも、「いや…」と即答される。
「俺も知らないよ。ただ、はじめて会ったとき、この人達はもう俺が死んでることも、姉さんがそれを忘れてることも全部知ってたよ。だから俺も、その人が話したんだと思ってた」
その人というのは南先生のことだ。
でもじゃあ、いったい彼らは、私の体調や記憶操作のこと、それに音弥の死を誰から聞いたというのだろう。
「ねえ、約束って何なの?誰と約束したの?」
烏帽子男と袴三つ編み、二人を睨みつける。
「南先生でもなく、音弥でもない。天乃くんだってあなた達とは接点がなかったみたいだし。じゃあ、いったい誰が、私や音弥のことをあなた達ゴーストに教えたわけ?」
『そ、それは、アイキャントセイ。プロミスしました』
「だから、その約束は誰と交わしたの?って訊いてるの。約束の内容は言えなくても、誰と約束したのかは言えるでしょ?」
『アカンねん、お嬢ちゃん。誰と約束したんか話してしもたら、ほとんど約束破ったことになってまうねん……」
まるで言葉遊びのような言い訳を述べた袴三つ編みは、心底困った顔をしている。
埒が明かない。
どうやら二人は本気でその約束とやらを守り抜くつもりのようだけど、私だって、自分が関係してることなのだから、聞かないままじゃずっと悶々としてしまう。
でも、こうまで口を閉ざす二人から無理やり聞き出してもいいものか、わずかな躊躇が芽を出したそのとき、やはり事態を左右するセリフを放ったのは万葉集女王だった。
『もうよいのではないか?我らがその約束を彼の者と交わした折、此の者は記憶を有しておらなんだ。されど今は弟御のことを思い出しておる。ならば、我らが交わした約束とて、もう秘匿せずともよいのではないか?』
柄の長い団扇を口元に添え、どこまでも優雅な佇まいは、いつもの威厳よりも品格を強く感じさせる。
どこかほんのりと、声に柔らかな優しい雰囲気が含まれているせいかもしれない。
私は、彼女にここまでの柔らかさを出させるその約束というものが、とても気になりだしていた。
それぞれの話から察するに、おそらく5人全員が交わしたのであろう約束。
無理に口を割らせるのに気が引けてたのはほんの数秒前のことなのに、今の私は、どうしてもその約束の詳細を聞かなくてはならないような焦燥を覚えはじめていた。
すると、『せやなあ……、そう言われたらそうかもしれへんな』まず袴三つ編みが折れたのだ。
『Why?誰にもDo not say、言わないとプロミスしたではありませんか』
『でもお嬢ちゃんが思い出したんやったら、別にうちらが隠してる意味あらへんことない?』
『そ、そう言われましては……』
『そうねえ………アタシは、どっちでもいいと思うのよ?約束を守るのもとっても大事だし。でも、アタシたちが誰とその約束をしたのか、それは、お嬢ちゃんは知っておいた方がいいんじゃないかしら?これからのためにも』
『Oh、I see…それもそうですね……OK!アイアグリーです』
もっと長引くと思いきや、烏帽子男は簡単に意見をひっくり返してしまう。
彼らは日頃のマイペースぶりからは想像つかないほどあっという間に意見をまとめると、代表する形で万葉集女王が私の前にスッと一歩踏み出した。
『では、其方の問に答えよう』
「じゃあ教えて。あなた達がさっきから言ってる約束って何のこと?誰と約束したの?いったい誰から、私や音弥のことを聞いたの?」
万葉集女王は柄の長い団扇を胸の下までおろし、まっすぐに私を見て答えた。
『其方の弟御だ。下の方のな』




