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「ここを住処にしている者達は皆、兄と契約を交わしているんだ。その契約の中に、人間…弟さんのように見える一般人を変に刺激したり怖がらせないように自身の力をコントロールして弱めなくてはならない、というのがある。実際、今ここにいる者は皆力を抑制しているよ。それが一番わかりやすいのは声だ。ここにいる彼らと、さっき大学のアリーナでの彼ら、声の響きが違うだろう?アリーナでは西島さんを救うために一時的に制御を解除してたからね。つまり、西島さんの家を住処にしている5人の普段の気は、たいした強さではないんだ。ただそばにいる程度では西島さんにそれが移るはずない。だから俺が大学で西島さんから感じた警戒すべき強い気は、5人以外……きっと弟さんのものだったんだろうね。弟さんは今も自分の力を隠そうともしていないし」
天乃くんは音弥に正否を問う視線を送ったけれど、「その通りだ」と認めたのは南先生だった。
「芽衣ちゃんや弟さんの事情を北斗には話していなかったし、5人をあの家に住まわせていることに流星が不満を持っているのも知っていたからね、あえて伝えてはいなかった。だが結果的には、流星も北斗にやや遅れて芽衣ちゃんの異変に気付いたようだ。それで色々芽衣ちゃんを調べるうちに弟さんのことも知り、これは俺を糾弾するいい材料になると踏んだのだろう。大学構内の雨漏りを偽装したり、あれこれ細工する準備をしていたようだか…」
『其方の兄弟の話はもうよい。早う先を進めよ』
またもや、万葉集女王の催促が南先生の言葉を止める。
なんだか私以上に早く真実を知りたがってるようにも思えたけれど、それだけ心配してくれていたのかもしれない。
南先生は唇にかすかな苦笑を乗せてから、続きを語りはじめた。
「なかなか芽衣ちゃんの前に姿を現わそうとしなかった弟さんだったけど、僕は、操作された記憶は正しいと芽衣ちゃんにさらに認識させるためにも一度会ってみないかと、そう説得していた。そんな時期に、弟さんは大学帰りの芽衣ちゃんから、北斗や流星の祓い屋としての特殊な気配を感じ取ったんだ。すごい剣幕で僕のところに乗り込んできたよ。祓い屋の仲間らしき奴らが芽衣ちゃんの周辺を嗅ぎ回ってるからどうにかしろとね」
すると天乃くんが「それは……余計な心配させてしまって申し訳なかった」真正面から音弥に詫びた。
そんなダイレクトに謝罪されるとは思ってなかったのだろう、音弥は「いえ……」と恐縮してる様子で首を振った。
その間に立つ南先生は苦笑いを濃くさせて。
「どちらも悪気があったわけじゃなかったのに、タイミングが悪かったんだ。弟さんに言われて調べるとすぐに北斗と流星だとわかった。でも、芽衣ちゃんの周りをうろつく怪しげな連中が僕の弟と従兄弟だと教えられても、弟さんは安心なんてできなかった。そうだよね?だから、芽衣ちゃんの前に姿を現わして、自分が芽衣ちゃんを守ろうと思った。違うかい?」
訊かれた音弥は黙ったままだったけれど、些細な沈黙をすぐ埋めたがるのが彼らのおしゃべりだった。
『せやせや!そない言うたら、いっちゃん最初に来たんって、お嬢ちゃんが学校で何や意地悪なこと言われてしょげとった日やったわ』
『Oh、そうでした。ブラザーがゲートでスタンドしてましたね』
『どこまでも弟さんはお姉さん想いなのねえ。感心しちゃうわ』
3人のおしゃべりに、天乃くんが続く。
「意地悪なことって?もしかして、俺や流星や百々子が言ったことのどれか?」
「何でもないわ。もう忘れたし」
私は咄嗟に返していた。
今さら蒸し返すようなことでもないのだから。
すると、まるで私の気持ちを察したように、万葉集女王がスッと会話に加わってくる。
『あの日、我らは弟御の前には出なかったが、弟御は我らのことをこの上なく警戒しておったな』
「………あの従兄弟は、ずいぶんその人に敵愾心があるみたいだったので。その人達の身内のゴタゴタに姉が巻き込まれるのは避けたかったんです。あなた方もその人の身内と似たようなものでしょう?それに、念のためあなた方にも、姉に何かあったら俺が容赦しないという意思表示を見せておきたくて。俺は、あなた方がその人と契約してるのは聞いてましたけど、逆にあなた方が俺のことをどこまで把握してるのかはわかりませんでしたから」
万葉集女王の問いかけに答えた音弥は、いつものクールな態度だった。
一方、南先生は柔和に反論を運ぶ。
「僕だって、わざときみに教えなかったわけじゃないんだよ。当初は5人がきみの情報をどこまで知ってるのかなんて僕にもわからなかったからね。ただ、芽衣ちゃんが僕の患者だということは伝えてあったし、きみがまだ生きてると思い込んでる芽衣ちゃんに、少しでも疑いを抱かせるようなことは絶対に言うなと、きつく命じていたのは事実だ」
そして、私に合わせて芝居を打ってくれてた彼ら。
いつもマイペースをくずさないようで、実は私の事情を最優先に置いてくれていた。
「ありがとうね、みんな……」
ここにいる4人を見まわしながら改めて告げると、烏帽子男と袴三つ編みは照れ臭そうな顔をした。
『プロミスしましたからね』
『まあ、約束したからなあ…』
ほぼ同時に、同じようなことを呟いた二人とは対照的に、軍服マントと万葉集女王は穏やかな表情だけで黙って返事してきた。
ここに小学生男子がいたらどちらの反応だったのだろう。
どちらにしても、私は、彼らにも見守られていたわけだ。
私が胸の内でもう一度彼らに感謝していると、今度は軍服マントが話の先導役を買って出た。
『それで、そこからさっきの大事件につながっていくのよね』
「大事件って、私が攫われたこと?」
『そうよ。あの小憎たらしい女と品のない野蛮な男のしでかしたことよ』
軍服マントがここまで乱暴な言葉を使うのははじめてだ。
その言いまわしは嫌悪感たっぷりで、元役者が言うとさらに憎悪が増すようだった。
「その件については、さっきも言った通りこちらでしっかり処理しておくよ」
南先生がスッと温もりを消す。
心療内科医から祓い屋の言葉に着替えたのだ。
処理とは、天乃 流星の記憶を操作することを指してるのだろう。
大学の関係者も、彼を知る人は皆、彼のことを忘れるのだという。
それだけの罪を彼が犯したのだから当然の報いなのかもしれない。
けれど、今の南先生の話を聞くに、もし彼が私に対して何も企ててなかったら、たぶん、音弥は私の前に姿を見せることはなかった。
それを思うと、ある意味天乃 流星のおかげで私は音弥と再会できたのだ。
だったら………
「――――姉さん?」
ふいに呼ばれて音弥を見上げると、じっと、私を睨む双眸にぶつかってしまったのだった。




