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私はここにいるみんなに支えられてるのだと強く感じ、南先生しっかり見つめることができた。
「南先生、お願いします」
彼はいつもの優しい雰囲気をさらに広げて包み込むように私を見つめ返してくれる。
「ここからは芽衣ちゃんの治療を開始してからの話になってくる。もし体調に少しでも違和感を覚えたらすぐに言うんだよ?」
「わかりました」
「きみも、お姉さんが我慢してる気配を感じたらすぐに教えてほしい。弟のきみなら、僕では見抜けない些細な異変も気付くだろうからね」
「当然です」
「それじゃ続けよう。さっきも話したように、僕は病院側からの推薦という形で芽衣ちゃんの入院中から治療を開始した。はじめは口を利くことすらできなかった芽衣ちゃんも、次第に世間話程度なら会話できるようになっていった。でも、事故のことや弟さんのこと、それからお父様の話題になると、とたんに激しい過呼吸を起こして倒れてしまった」
「父の……?」
「そうなんだ。おそらく、事故がお父様の贈り物を買いに行った帰りだったことが関係しているんだろう。芽衣ちゃんはお父様の顔を見るだけで事故のフラッシュバックが起こるようになっていたんだ。だから僕は、あることをご両親にお伝えした。思い返してみるといい。今年になってからの数か月、芽衣ちゃんはいったい何度お父様と顔を合わせた?どれだけ話をした?」
「あ………」
訊かれて、これまでを振り返ると、確かに、父は今年に入って急激に忙しくなった気がする。
忙しくてほぼ仕事部屋にこもりっきりだったり、取材で家を空けたり………
「私……父とはほとんど会ってないかもしれません」
それは不自然なほどに自然で、今言われるまで気付きもしなかった。
「でも、今までも仕事が忙しくて、家でもあまり顔を見ない期間はあったんです。だから、私………」
動揺が尽きない。
「姉さん」
音弥が肩に乗せた手をかすかに揺らす。
「………大丈夫。音弥、大丈夫よ」
私は動揺しながらも、音弥の手の甲を指先で軽く叩いた。
しっかりしなくちゃ。
真実を知ると決めたのは私なんだから。
「父が私と会わないようにしていたのは、もちろん私のためですよね?」
「そうだね。お父様ご本人の意向も伺ったうえで、主治医として僕がそう進言した。そしてご両親はそれを受け入れて、芽衣ちゃんが不審に感じない程度に極力一緒に過ごす時間を減らすことになったんだよ。芽衣ちゃんが今の今までそれに気付かなかったのは、ご両親の愛情と努力の結果だ。そのおかげで芽衣ちゃんが過呼吸を起こす回数は間違いなく減ったんだからね」
ああ、本当に………
私は、こんなにもみんなに支えてもらってたんだ。
そして今も、父は私を想って、取材旅行なんて口実で家から離れているのだろう。
いったい、どんな気持ちで………
「芽衣ちゃん。これはお父様ご本人の強い希望もあってのことなんだよ?だから、お父様を傷付けてしまったんじゃないかなんて、自分責めるのはお父様に失礼だ。いいね?」
「……はい」
南先生は厳しい口調を溶かして言う。
「よし。じゃあ落ち着いたら、お父様とたくさん話をするといいよ。きっととても喜ばれるから」
「はい、そうします」
私は今すぐにでも父に会いたいと思ったけれど、今は真実の開封を最後まで見届けなければと、気持ちを南先生に向けなおす。
そしてそれを違わずにしっかり受け止めてくれた南先生は、再度話しはじめた。
「でも、いくらお父様と芽衣ちゃんが顔を合わせる回数を減らしたとしても、依然として芽衣ちゃんは過呼吸も起こすし、根本的な治療には至らなかったんだ。僕やご両親にとって一番の懸念は、このまま退院してもまた同じ事態になってしまうかもしれないということだった。そこで僕は、ひとつの決断をした。それが、記憶の操作だよ」
わずかに、ぎくりと体が硬くなった。
けれど音弥の手がまた小さく動いて、私の狼狽えはすぐに霧散する。
「ご両親には催眠療法の一種だと説明した。実際、それがまったくのでまかせというわけでもないからね。事故や弟さんが亡くなったことを一時的に記憶から消す。幸い弟さんは寮に入っていたということだし、芽衣ちゃんも高校は卒業が決まっていて卒業までは通学も免除されたというし、周りにも事情を説明して協力を仰げば問題はないと判断した。万が一誰かが芽衣ちゃんに事実を告げたり不都合なことが発生した場合も、僕が全面的にフォローするから大丈夫だと言うと、ご両親は納得された。ここまでは、表の真相だ」
「表の真相…?」
「僕には心療内科医以外にも職業があるからね」
「あ……」
「僕に一番早く助けを求めてきたのは、芽衣ちゃんのご両親じゃない。弟さんだ。弟さんは芽衣ちゃんが一命を取り留めると、すぐに僕に依頼してきたんだよ。”姉さんを助けてください” と。自分には見守るしかできないから、お願いします。弟さんは僕に土下座までしてきたんだ」
「音弥……」
見上げると、音弥は困ったように眉を動かした。
「もちろん、弟さんからの依頼がなくとも僕は芽衣ちゃんに関わっていってたと思う。でも、スピーディーに事が進んだのは間違いなく弟さんの土下座が効いてるとも思う。祓い屋という立場を使って、病院側に多少は無理を通したからね。そこで僕は、弟さんにいくつかの条件を出したんだ」




