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「もう…………二度としないって、約束して」



拳のあとからは、震えたような声が降りて来て。

それはあまりにも苦しそうな、絞り出した声で。

私まで喉が絞められるようで、すぐには返事ができなくて。



「………姉さん、今俺の前で誓って。もう二度とあんなことしないって」



次第に掠れていく音弥の訴えは、鼻をすする音も混ざっていって。

その音に私の涙腺は一気に破壊されてしまう。



「………とやっ、…………ごめん、なさい」

「俺は謝ってほしいんじゃない。誓ってほしいんだ。もう二度と、絶対に、自分の命を粗末に扱ったりしないって!」

「誓う!…………誓うから………だから音弥………ごめんなさい」



私は頭を上げ、涙でぐしゃぐしゃに歪む視界の中に音弥だけを映した。


音弥も涙で表情は乱れまくりだけど、しっかり私の宣誓は受け取ってくれたようだった。



「絶対だよ?姉さん」

「うん、絶対」

「約束してくれるね?」

「うん、約束する」

「この先ずっとだよ?」

「うん、わかってる。わかってるから………」



そこまで返したとき、音弥がもうこれ以上耐えられないといった様子で手の甲で口元を覆い、俯いてしまう。



「本当に、姉さん………」


それ以上は言葉を結べない、音弥はそんな風に頭を振った。


「音弥………音弥ごめんね………」


堪らず、私はもう一度音弥に腕を伸ばしていた。


そうして、もう私より大きくなった弟の体を目一杯抱きしめる。

精一杯の ”ごめん” と ”ありがとう” それから、”もうどこにも行かないで” という想いを込めて。

その想いが通じたのか、音弥もしっかり私を抱きしめてくれる。



「音弥、本当にごめんね」

「もう、謝らないでいいよ………姉さん」



ぎりぎりのくぐもった声が、鼓膜をノックする。


言葉では許し合っているのに、私達はどちらも涙を終わらせることができず、互いの体にまわした腕をほどくこともできず、ただただ涙の音だけが、ピアノ室と、開きっぱなしの防音扉を越えて廊下に響き続いていた。




どれくらいそうしていただろう。

気が付くと、ヒクッ、ヒクッ、と、私と音弥以外のすすり泣く音が遠くから漂ってきた。


でも、あくまでも音だけで、いつもの彼ら(・・)のおしゃべりはそこには続かない。

私も音弥も涙のしまい方を見失ってしまった今、こんなときこそ彼ら(・・)のおしゃべりがあればいいのに………


そんなささやかな恨み節が過ったまさにそのとき、



「この先は、僕が引き受けた方がよさそうだね」



ピアノ室の扉口から顔をのぞかせたのは南先生だった。




「南先生………」


グズッ、と頬と目尻をこすりながら、私はやっと音弥から腕を離す。

音弥も腕を解いたけれど、私よりももっと静かに涙を落ち着かせようとしている。

これではどちらが年上なのかわからないなと思いつつ、それが私達姉弟の日常だったのだと、愛おしくも想う。



「ああ、涙を堪えなくていいよ。きみ達に今必要なのは、感情を押し殺さないことだ」


南先生はそう言ってくれたけれど。


「いえ………大丈夫、です」


これ以上泣いてたら脱水症状になってしまいそうだ。

音弥と二人きりだった空間に南先生が介入したことで、壊れた涙腺もどうにか修復できそうな気がした。



「姉弟二人きりで話した方がいいとは思ったけど、どうやらきみ達二人は似た者同士で、このままだといつまでも二人の世界に入ったままみたいだからね」


南先生はふわりと微笑んで


「入ってもいいかな?ずっとおしゃべりを我慢しながら待ってる心配性な彼らも一緒に」


廊下の向こうを意識しながら訊いた。


まだグズグズ涙の尾を引きずってしまう私は、ほとんど無意識のうちに目で音弥に意見を求める。

すると音弥はもうすっかり涙の後始末も終えていて、私の視線にこくりと頷いたのだ。



「………どうぞ」

「ありがとう。お前達も来なさい」


南先生の合図に、廊下からは賑やかな気配が駆けてくる。

もちろん、彼ら(・・)に足音は存在しない。

その代わりに、すっかり耳に馴染んだいつものおしゃべりが、どんどん大きくなってきて………



『お嬢ちゃん!!泣きたいだけ泣いたらええんやで!』

『Don't cry anymore です!!』

『アナタたち、まったく逆のこと言ってるわよ』

『それだけ皆が其方のことを心配しておったということだ』

『そうよお嬢ちゃん、アタシたちみーんな、お嬢ちゃんのことすっごく心配していたんだからね?』


ピアノ室前に集結した彼ら(・・)それぞれが、それぞれらしい言葉で私を思いやってくれる。

ゴーストなのに、もう死んでるのに、その言葉どれもが温かい。


そして最後は天乃くんが控えめに顔をのぞかせた。



「俺は最初から全部知ってたわけじゃないし、表立って何かするのは禁じられていたけど、西島さんのことを大学で見かけてからは、陰ながら気にしていたよ」



その言葉に嘘はないと思う。

大学で彼にはじめて声をかけられたのは、ちょうど私が引っ越して彼ら(・・)のことが見えるようになった頃だった。

おそらくそれが、彼の第一声 ”最近何か変わったことない?” につながっているのだろう。



「……天乃くんは、はじめて話しかけてくれたときからずっと、私に何か変わったことはないかと訊いてくれてたよね。今から思えば、あれは、私がこの人達を見えるようになったことと関係していたんだね。ありがとう、心配してくれて」


涙の残骸を乾かすためにも、私はそっと笑みを浮かべてみる。

けれど、天乃くんはなんだか複雑そうに「いや、それは……」と返事を濁したのだ。



「芽衣ちゃん。北斗は、彼らではなく弟さんの気配を芽衣ちゃんから感じたんだよ。北斗だけでなく、流星たちもね。それで、自らきみに関わりを持つようになっていったんだ」

「音弥の?」

「そうだよ。彼は芽衣ちゃんのことが心配で心配でたまらなかったんだ。だってあのとき、芽衣ちゃんのことを助けてくれと僕のところに駆け込んできたのは弟さんだったからね」

「え?」


私はバッと音弥を振り向いたけれど、音弥は曖昧な表情を浮かべるばかりで。

そんな音弥を代弁するかのように、南先生が穏やかに告げた。



「ここからは、答え合わせをしていこうか。芽衣ちゃんの記憶だけでは不足している事実の答え合わせを」











誤字をお知らせいただき、ありがとうございました。

訂正させていただきました。

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