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「兄さん!」


はじめて、天乃くんが南先生をそう呼んだ。

けど、そんなことはどうでもよかった。



「………はい?」


今、南先生は何て言った?

私は驚くという感情が芽生えるよりも前に、頭が真っ白になった。



「だからね、芽衣ちゃんの…」

「兄さん!その話はまた今度でも」


南先生の言葉を遮った天乃くんは表情を繕ってはいるものの必死だ。

よほど私には聞かせたくない話なのだろう。

けど、私はもう聞いてしまった。



「……………私の記憶が、操作されてる…………?」



確かに南先生はそう言った。

でも本当に?聞き間違いの可能性は?

真っ白になった思考は隅からじわりじわりと色が戻ってきて、私は南先生の言ったことを信じる、信じないの取捨選択に入らねばならなくて。


けど、できなくて。



「そうなんだ。だから、その上から新たに記憶を操作しても完璧にはいかないんだ。それに芽衣ちゃん自身にも相当な負担がかかってしまうからね。それは避けたい。だから芽衣ちゃんは例外的に、流星の記憶も操作せずに…」

「それって、私が精神的にショックを受けて記憶を失くしたことと、関係あるんですか?」


南先生の解説が終わるまで待てず、とっさに過った可能性をぶつけてみる。


失った記憶を取り戻すため、或いは曖昧だった記憶を正すために、治療の一環として南先生が施してくれたということも考えられるだろう。

でも ”操作” なんて言い方は、穏やかじゃない。

まるで南先生が強制的にそうしたみたいじゃない。

今回の天乃 流星の罪を葬るように、そうした方がいろいろと辻褄が合って都合がいいから……………………待って、都合がいい(・・・・・)って、それって、いったい誰にとって?


今回の件で言えば、天乃 流星への制裁に伴って、大学関係者が彼のことを覚えていると都合が悪くなってくるので、彼に関する記憶を関係者から消す。

つまりそれは、南先生はじめ祓い屋側にとって都合がいいからだ。

じゃあ、私に関しては?

私は、音弥の留学が決まったことで劣等感が膨れ上がって、それで精神的にストレスが加わって、その結果、自分の心を守るためにその頃の記憶を手放した。


……………そう思っていた。



でも待って。

よく思い出して。

私、いつ記憶を手放したの?

音弥の留学を知って、お母さんが浮かれて、それから……………いつ?いつ、記憶を……………



そのとき、またあの甲高い強烈な耳鳴りが私の頭の中に響き渡ってきたのだ。



「――――っ!!」



耳鳴りだけじゃなく、頭を締め付けるような激しい痛みと鮮烈な不快感に襲われる。

私は頭を抱えながらも、体勢を保つことさえも困難なほどの混乱と同時に、壮大な恐怖感にわけがわからなくなる。



『お嬢ちゃん?お嬢ちゃんしっかり!』

『ちょっと!この子に何したんよ!こんなに苦しがってるやんか!』

『アイム ベリー アングリーですよ!』

『其方、早う何とかせよ。この娘の苦しみを救うのが其方の仕事であろう』



彼ら(・・)が私のために怒ってくれているのは聞こえた。

でも、私自身ではどうすることもできない。


『お嬢ちゃん、お嬢ちゃん大丈夫よ。アタシたちがいるわ』


軍服マントが私の体を支えて背中を擦ってくれる。


『さよう。其方は一人ではない』


万葉集女王も屈んで私のそばに来てくれた。


『せやで!うちらがおるからな!』

『ノットアローンですよ!』


彼ら(・・)の励ましにも、何も返せない。

ここ数日同じような耳鳴りが起こることはあったけど、ここまで酷いのははじめてだった。



「兄さん!これ以上の負担は西島さんには無理だ!西島さんが耐えきれなくなる前に早く!」


天乃くんが南先生に掛け合っているのも、確かに聞こえていた。

そして、南先生がそれを却下するのも。


「だめだ。さっき流星が決定的なひと言を口にしてしまった。繊細で勘のいい芽衣ちゃんなら、きっと気付いてしまうだろう。今は色んなことがあってそこに考えが及んでないだけで、きっとすぐに察してしまうはずだ。そのとき直ちに対処できればいいが、俺もずっと芽衣ちゃんについてるわけにはいかない。だったら今、俺が一緒にいられる間の方がいいとは思わないか?」

「それは………そうかもしれないけど。でも、西島さんにその準備ができてなかったら?無理に思い出させたりして、もっとひどい状態になったらどうするんだよ!」



思い出させる(・・・・・・)…………?


苦痛に悶える私には、それが意味するところに即座に導けない。

でも、さっき南先生は自分が()を使うときに、私みたいな普通の人間は耳鳴りや頭痛を起こすのだと言った。

だったら………



「……南、先生……今、何か、()を……使って…る……の……?」



痛みのあまり目もしっかり開いていられないけど、必死に南先生を見上げる。

部屋の明かりが異様に眩しい。

ぼんやりと見えた南先生は、穏やかなまま「いいや」と答えた。


今は(・・)、何もしてないよ。芽衣ちゃんが今そうやって苦しいのは、僕が前に施した記憶操作が解けかかってるからなんだ」



記憶が……解けて………?



耳鳴りと頭痛はさらにもうひと段階激しさを増し、そして私は、頭の中の遠く遠くで、あの音(・・・)を聞いたのだった。




――――――――カチャン













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