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「そうだね。それもあるかもしれないね」
南先生の同意に、心がふわりと軽くなった気がした。
けれど私の心に反して南先生はスッと真剣な眼差しに変わる。
「芽衣ちゃん。この度は、僕達祓い屋の問題で迷惑をかけて、怖い思いをさせてしまって、本当に申し訳なかった。この通りだ」
南先生はまたもや頭を下げたのだ。
立っている天乃くんも同様に、さっきと同じ仕草を繰り返して。
「西島さん、本当に申し訳ない」
私は慌てて二人に手を振った。
「もういいですから。謝罪はさっきもいただきましたから」
「でも、あれはあれ、これはこれだからね。今回流星がしでかしたことは祓い屋そのものの存在を危うくさせるほどのことなんだ。一般の人を巻き込んで、しかも操るなんて、祓い屋のタブーにも触れる行為だ。本来なら我々祓い屋一同が赴いて芽衣ちゃんにお詫びすべき案件なんだよ」
「え、いや、お詫びと言われても、もうこれ以上は……」
「もちろん、西島さんが嫌なら何もしないよ。安心して。あくまでもそれくらいの気持ちでいるということをわかってもらいたいだけで」
天乃くんが南先生の発言をフォローするように告げる。
「それなら、いいんだけど………。でも、本当に祓い屋…さんっているんですね。今までお会いしたこともなかったし、噂に聞くこともなかったので……」
率直な感想を述べると、南先生は「まあ、表立って営業はしてないからね」と冗談とも本気とも見分けつかない返答をしてくる。
「でも、相当な数の方がいらっしゃるんですよね?」
「確かに10や100ではないね。でも僕みたいに兼業もいるし、年に数件しか仕事を受けない者もいるから、数は大した目安にはならないよ」
「そう、なんですか……?はじめて聞くことばかりです」
祓い屋稼業の詳細なんて想像もつかない。
すると天乃くんがフッと息を漏らした。
「そりゃ…」
『そりゃそうよ。だってお嬢ちゃんはアタシたちが見えるようになったのも最近なんですもの。祓い屋のことなんて知らなくて当然よ』
天乃くんの言葉を横取りしたのは軍服マントで、その前では袴三つ編みと烏帽子男もうんうんと頷いている。
『ほんまやほんまや。もしうちらが見えもせえへんのに祓い屋に詳しかったりしたら、なんかアブナイ人やん』
『アイアグリーです。イッツ アブノーマルですね』
『あら、オカルトファンなら詳しくてもおかしくないわよ?』
『けどオカルトファンって、いっつもうちらに意地悪してくるやん。うちらのこと見えてへんくせに』
『イグザクトリーです!意地悪…………Oh、アイ ドント ノー イングリッシュ……』
「お前達、もう少し待っていられないか?」
南先生が微笑みながら釘を刺すと、三人はパッとおしゃべりをやめる。
『Oh、Sorry』
『あら、ごめんなさいね』
『えらいすんまへん』
三人が黙ると、天乃くんが「とにかく」と仕切り直すように発言権を取り戻した。
「祓い屋というのは、知る人ぞ知る存在なんだ。個人の資質も様々だし、放っておいたら無法地帯になってしまう。だからそれらを取りまとめる立場が必要になってくるんだ」
「それが、南先生?」
「そう。うちは代々その役目を担っている家で、兄は正式な選定を経て総帥に就いた。でも、その過程や詳細を知らないで疎ましく思う連中が存在するのも事実だ。ただ………まさか身内にもいるとは思わなかったな」
そう言った天乃くんは、少し視線を揺らした。
そして今度は南先生が天乃くんの話の続きを引き受ける。
「流星については、きちんとこちらで然るべき制裁をとるから、芽衣ちゃんは何も心配することなく安心して大学生活に戻ってくれていいからね」
「制裁って……」
その単語の物騒さに怯まずにはいられなかった。
けれど南先生は穏やかに柔和に、淡々と説明をくれたのだ。
「祓い屋の力は代々遺伝で引き継ぐことが多い。ごくまれに突発的に目覚める者もいるけれど、どちらにせよそのほとんどは幼少期に発覚し、例え祓い屋一族でなかったとしても、祓い屋がその存在を見つけて教育することになっている。ゆえに、幼い頃からその力の持つ影響、一般社会との共存、パワーバランスなどを徹底的に叩き込まれるんだ。僕も北斗も、流星、百々子もその教育は受けている。絶対に守らねばならない掟もね。もしその掟を破ればどんな制裁が待っているのかも、流星も百々子もわかっていたはずだ。それにもかかわらず、北斗は一般の人を巻き込んだ。直接手を下したわけではなくとも、百々子も共犯だ。彼らには一族の掟に沿って制裁を受けてもらう。それはいくら総帥といっても僕の一存で変えられるものではないし、僕も、芽衣ちゃんを怖がらせたり同級生を操ったり好き放題した流星に、例え従兄弟でも情けをかけるつもりはないよ」
優しい物言いはいつもと変わらないのに、その内容は厳しくて、そして少し怖い。
「……あの、制裁って、いったい何を……」
訊いてもいいものか、部外者の私が知ってもいいものか躊躇ったけど、私のことが原因で天乃 流星や原屋敷さんが酷い目に遭わせられるのは、やっぱり胸がざわついてしまう。
私も音弥も無事だった今だからこそ、そう思えるのかもしれないけれど。
すると、天乃くんが一瞬南先生に目配せしたのだ。
それが焦ってる風にも見えて、私はやっぱり訊いちゃいけないことだったのかと思った。
けれど、南先生は天乃くんの気遣わしげな視線を微笑みのまま流したのだ。
そして私の質問に答えた。
「記憶を消すんだよ。今回の件に関することはもちろん、祓い屋としてのすべての記憶を抹消する。つまり、追放だ」
記憶を、消す………?
思っていた以上の内容に、激しく衝撃を受ける。
「記憶を消すって………そんなこと、できるんですか?」
怖いけれど、ただ単純にに知りたいとも思ってしまう。
とても他人事には思えなかったからだ。
精神的に大きなショックを受けたせいで、私はその頃の記憶が曖昧になってしまった。
ちょうど高校から大学に進学する時期と重なっていたので、学校生活には大きな影響もなく、日常生活でも困ることはさほどなかったけれど、天乃 流星の場合はどうなるのだろう?
彼は大学の人気者だったのに。
「できるんだよ」
「でもじゃあ、大学は?今回の関係者である私のことも忘るんですか?原屋敷さんも?でも原屋敷さんは私のことを心配してくれて、天乃 流星…くんにも色々言ってくれたんです。それに原屋敷さんは騙されて唆されてただけみたいなんです。だからせめて原屋敷さんは……」
私は懸命に南先生に訴えた。
万が一音弥に何かあったら二人を許さなかったと思うけど、結果何もなかったのだから、原屋敷さんが私にしてくれた分くらいは返したかったのだ。
「もちろん、主犯は流星だ。二人が同じ制裁になるとは限らないよ。ただ流星は大学も辞めることになるだろう。というよりも、そもそも大学内では存在していなかったことになると思うよ」
「え……?どういう意味ですか?」
問い返した私に説明してくれたのは天乃くんだった。
「つまり、流星の記憶と、あいつが祓い屋として存在してる期間、あいつと関わってきた人の記憶からも、あいつが消えてなくなるんだ。じゃないと、行方不明だって大騒ぎになりかねないからね」
「そんな、じゃあ……私の記憶からもいなくなってしまうの?」
別にに奇をてらった質問なんかじゃない。
自然の流れでそう尋ねただけだ。
なのに天乃くんは、答えにくそうに目を泳がせたのだ。
そして兄弟でラリーしていた私との会話は、兄の南先生にバトンが渡った。
「芽衣ちゃんは無理なんだ。もうすでに記憶操作されているからね」




