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「西島さん、気分はどう?」


そう尋ねたのは天乃くんだ。


「天乃くん……」

「お茶飲める?……一応、弟さんの許可をもらってから冷蔵庫は開けたから」


大学内とは違い素の態度の天乃くんは、穏やかな心配顔で二つのグラスを持っていた。

それぞれ水とお茶入りだ。

けれど私はそれを受け取ることもしないで天乃くんに問いかけた。


「私よりも弟は?どこか怪我とかしてなかった?指は?あの子の指は、ピアノを弾く大事な指なの」


天乃くんは差し出しかけたグラスをピタッと引っ込めて。


「怪我はしてないと思うよ。それと下の弟さんの方は、川の増水で危険だから、学校近くの同級生の家に泊らせてもらうことになったらしい。西島さんの携帯に何度も着信があったから、兄のふりして俺の兄が電話に出たんだ。勝手に申し訳ないとは思ったけど、向こうに心配かけるのもよくないと思って」

「それは………ありがとう、ございました……」


ちらりと南先生を見上げる。

そういえばそうだった。

物凄い大雨で、雷も散々鳴ってて、近くの川が増水したり通行止めになったりしていた。

警報が発令されたのに危険だからと文哉は小学校から帰ってこられないほどだったのだ。

でも今は……


縁側の窓に目をやると、すっかり日も落ちていて、あの大雨が嘘のように雨も上がっていた、

窓は開け放たれていて、そのせいか雨上がり独特のムン、とした湿気の強さを感じる。



「下の弟さんのことは心配ないよ。うちの(・・・)がちゃんと付いてるはずだから」


南先生が天乃くんの説明に付け加えた。


うちの(・・・)……?」

『ほら、アタシたちの中で誰か一人足りないと思わない?』


軍服マントがクイズ調に言う。


「誰か一人………ああ!あの小学生?」


確かにいつも突っかかってきた小学生男子がいない。

普段はよく万葉集女王と一緒にいたけど、思えば、彼はアリーナにも来てなかった。


『あれは其方(そなた)の弟御をえらく気に入っておるからな。嵐のような雨風で足止めを食うことになった弟御が気がかりでならんのだろう』

『もちろん他の人には気付かれへんように気配消してるはずやで』

『イッツ ベリー ベーシック ですね』

「そう………でも、それを聞いてちょっと安心した。音弥も文哉も大丈夫なのね」

『そうよ?だからお嬢ちゃんは自分のことだけを考えてちょうだいね?どう?まだどこか違和感残ってない?』

「あ………耳鳴りが…少し残ってるような気がしたんだけど、今はだいぶましになってきてるような………」



アリーナで南先生が現れた直後に起こった甲高い強烈な耳鳴り。

それが目覚めたときもまだ残響してるように感じたけれど、5人と話してるうちに徐々に消えてきたようだ。

音弥と文哉が無事だと知って、私が落ち着いてきたせいかもしれない。

天乃 流星と原屋敷さん、千春や他の学生達のことなど、気になることはたくさん残ってるけど、なにはともかく、弟達に何もなくてよかった。



ホッとしていると、南先生が私の隣に腰掛けてきた。

けれど体を捻って向きを変え、横並びというよりは、いつもカウンセリングの際に導入されている90度法のアレンジのようだ。

天乃くんは南先生の傍らに控えるように、スッと立ち位置を変えた。



「芽衣ちゃん、本当に気分悪くない?」

「大丈夫……だと思います」

「背中も?痛くない?」

「背中は…………あれ?そういえば、痛くないです」


南先生から診察のような質問を受け、そこではじめて気付いた。

天乃 流星からの何らかの一撃を受け、確かに私は背中から全身にかけて衝撃があったはずなのに、今はその痛みの影もないのだ。


南先生は「それはよかった」と柔らかく微笑んで、質問を続けた。


「さっき耳鳴りがどうのと言っていたようだけど、それはどうかな?」

「あ………まだ、甲高い音が耳の奥で鳴ってるような、そんな気がしてるだけのような………」


曖昧な答えしか出せなかった私にも、南先生はどこまでも優しかった。


「無理に答えなくてもいいんだよ。僕が()を使う際、近くにいる一般の人には耳鳴りや頭痛が起こるらしいからね。それはすぐに治まることもあれば、時と場合によってはしばらく続いたりもするそうだ。つまり、芽衣ちゃんにそんな不快な思いをさせてしまってるのは僕なんだ。申し訳ない」


南先生は頭を下げた。

隣の天乃くんも立ったまま南先生に倣った。



「そんな、頭を上げてください。………私はまだよくわかってないんですけど、でもたぶん、南先生が、私達を助けてくださったんですよね………?」


アリーナでの最後の記憶は、激高した音弥と、音弥を必死に止める彼ら(・・)、そして、突然現れた南先生。


彼ら(・・)が何を言っても聞かなかった音弥の口を南先生が塞いで、それから………




―――――「やあ芽衣ちゃん。こちらで(・・・・)会うのははじめてだね。はじめまして。祓い屋の天乃 南です」




南先生のその挨拶を聞いてから、耳鳴りが響いて、私は意識を失ったのだ。




「助けた、という認識は少し違うのかもしれないけれど、結果として芽衣ちゃんがここに戻って来られたのは事実だろうね」

『でも安心していいわよ?この二人はお嬢ちゃんのお部屋には入れてないから』

『そうそう。あそこは男子禁制やからな』

『Oh、そうとは知らずに以前 enter してしまいましたよ。アイムベリーソーリーです』

『其方たち。ここは常のおしゃべりを少し休ませてはどうだ?我々が口を挟んでは進む話も進まぬだろう。どれ、我も口を噤むことにいたそう』


彼ら(・・)のおしゃべりに花が咲きかけたところを、万葉集女王がぴしゃりと制した。

そのひと言は効果絶大で、彼ら(・・)…烏帽子男と袴三つ編みは、キュッと唇を閉じた。



「どうもありがとう。助かるよ。お前達のおしゃべりは脱線のもとだからね」


南先生は万葉集女王に礼を告げてから苦笑いを見せた。

それだけで、彼ら(・・)との関係性が透けて見えてくるようだった。



「あの………やっぱり、南先生は、その………祓い屋さん、なんですか?」


もうそれ以外考えようがないのに、どうしても訊いてしまう。

だって南先生は私の主治医なのだ。

心療内科医として私を診察してくれていた彼を、嘘だったとは思いたくなかった。


すると、今度は天乃くんが私の心中を察したように答えてくれた。


「西島さんが不安に思うのも無理はないと思うけど、兄は、医者の仕事も全力で取り組んでいたんだ。それは信じてほしい」


大学で見かける姿はどこにもなく、切実に訴えてくる天乃くんに、私は「信じたい……とは思ってる」と素直な想いを伝えた。


「でも…………すべてが急すぎて、頭が追いついていってないというか………だって私、ゴーストの存在だって最近ようやく慣れてきたくらいだったのに………」

「そうだね。芽衣ちゃんが不安に思うのは当然だよ。でも、それだけ不安になったり、あんな目に遭って戸惑っても過呼吸が起こってないのは、担当医としては安堵してるところだよ」

「あ………」


その通りだった。

指摘されるまで思い当たらなかったけれど、以前の私だったら、おそらく途中どこかでそれらしいことが起こっていた可能性が高いだろう。

でも今は、耳鳴りの残骸を除いて私の身体に起こっている異変は何もなかった。



『弟さんを守らなきゃという強い想いが、お嬢ちゃんを強くさせたんじゃないかしら?』


軍服マントが穏やかに言う。

そしてにっこりと。



『だからね、お嬢ちゃんはとってもいいお姉さんなのよ。弟思いの』













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