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カチャンッ―――――
前にもどこかで聞いたような音がして、私はその音に呼ばれるように両眼を開いた。
絶対手放してはいけない、早く拾わなくちゃ、絶対失くしたくない、そんな執着と焦燥に追い立てられる音だった。
開いた瞳からはこれでもかというほどの光が差し込んで、真っ暗闇だった私の世界を容赦なく切り裂いていく。
でも、せっかく暗闇から救い出してもらえたのに、私はその明るさを、まるで凶器のようだと思ってしまった。
あまりに強烈な光のせいで、眩しくて眩しくて、さっきの音の正体を見失ってしまったからだ。
私はそれを拾えなかったことが、苦しくて苦しくて苦しくて…………
『―――――お嬢ちゃん?気が付いたのね?』
目を開いた私が一番最初に視界に映したのは、やはりいつも私の寝覚めを誰よりも先に迎えてくれる軍服マントだった。
軍服マントの声かけに袴三つ編みと烏帽子男もすぐ駆け寄ってくる。
『お嬢ちゃん大丈夫なん?どこか痛かったり気分悪かったりしてへん?』
『アーユーOK?たくさんウォーリーしましたよ』
やや遅れて、万葉集女王も顔を見せた。
『此度はあまりに多くのことがあり過ぎた。されどもう心配はいらぬ。ゆるりと休んでおればよい』
心配性な面のある彼ららしく、各々が私を気遣ってくれたけれど、その言葉がさっきまでとは微妙に違ってるような気がした。
…………いや、こっちの方がいつもの声で、さっきアリーナで聞いていた声の方がイレギュラーだった………?
彼らは普段は一般の人間に迷惑をかけないようにある程度自分の力を制御していたようだから、それなら、私と一緒にいるときもずっと、自身をコントロールしていたのだろう。
アリーナでは緊急事態だったから制御を解除して、その緊急事態が終了した今、もとの調整した声に戻した………………緊急事態が終了?
自分自身で思い浮かべた言葉にハッとした私は、勢いよく飛び起きた。
そしてようやく、ここが自分の家の居間で、自分はソファーに寝かせられていたのだと知ったのだった。
「家………?」
私が家に戻ってるということは、緊急事態は、本当に終了したの?
アリーナで天乃 流星からの一撃を受けて、そのあと私は気が遠くなるのを必死に堪えて、そうしたら烏帽子男が烏帽子を奪われたと怒って、軍服マントが聞いたこともない低い声で威嚇して、天乃くんが天乃 流星を押さえつけて、それから南先生が来て………待って、順番がちぐはぐになってない………?
わからない。
混乱してる。
まだ強烈な耳鳴りが残っているような不快感が私の思考を鈍らせて。
でも私は音弥を守りたくて無我夢中だったことは間違いなくて……………
…………そうよ、音弥は?
「ねえ、音弥は?!音弥は無事なの?!」
私は目の前の軍服マントに食いかかった。
『あらあら、お嬢ちゃんはやっぱり弟さんのことが一番心配なのねえ。開口一番がそれだなんて』
軍服マントは一切の顔つきを崩さず、いつも通り飄々と返してくる。
でもそれは私を焦らすだけだった。
だって、この部屋には彼ら以外見当たらないのだ。
「ねえ、音弥はどこ?!一緒にここに帰ってきてるのよね?!」
たまらず、私は軍服マントの腕をきつく掴んでいた。
すると、
『あーっ!お嬢ちゃん、直に触ってるやん!』
袴三つ編みが指差して叫んだのだ。
『なんで?なんでなん?うちらはぜんぜんお嬢ちゃんに触られへんかったのに!』
『Oh、メイビー、なんとなくそんな気はしておりましたよ?』
『ホンマかいな?』
『イッツトゥルースです!』
「そんなことどうでもいいから!ねえ音弥は?音弥は無事なの?」
二人のおしゃべりを聞いてる余裕なんかなかった。
そうしてる間にも嫌な予感が背筋を這いあがってきてる。
袴三つ編みと烏帽子男を一喝した私は、祈るような縋るような想いで軍服マントを揺さぶった。
「ねえ!教えてよ!音弥はどこなの?!」
けれど答えを返してくれたのは軍服マントではなく、ふいに廊下から現れた人物だった。
「弟さんはピアノの部屋だよ、芽衣ちゃん」
穏やかで優しい、人当たりのいい話し方。
私がずっと信頼していたはずの、その人は………
「…………南先生」
心が疲弊し、自分ではどうしようもないところまで追い詰められていた私を支え、今日までの回復に導いてくれた恩人とも呼ぶべき人が、自身の弟と連れ立って私の前に姿を見せたのだった。




