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その衝撃に、思わず目を瞑ってしまう。


それでも肌に触れる感覚で、辺りに何らかの異変が起こっているのは察知できた。


こんなとき私が最も頼るのは音だったけれど、不可解なことに私の耳はなんの音も拾わなかったのだ。


しばらくして、私のよく知る声が耳に届くまでは。




「―――――姉さん!」



―――っ!?


目を見開くと、いなかったはずの音弥が私の目の前に立っていた。



どうして、音弥が………どうして音弥が?!

一番避けたかった展開なのに!


「音弥!?どうしてここに来たの!」

「無事なんだね?姉さん」

「それよりどうして!」

「答えて、姉さん。無事なんだね?」

「……間一髪ね」


音弥が救ってくれたのか、私を捕まえていた千春も他の学生達も、数メートルほど離れたところでまるで見えない透明なフェンスにでもぶつかっているかのように、体をぎゅうぎゅう押し付けていたのだ。



「あれは、音弥がやったの?」


以前からゴーストの類いを見ることができたという音弥のことだから、いわゆる霊感的な能力は長けていたのだろう。

でもだからって、こんな天乃 流星みたいな祓い屋やゴースト達が使う技を、容易く習得なんてできるの?

それとも私が知らなかっただけで、音弥には昔からその力が備わっていたということ?


わけがわからなさすぎて、私は音弥の返事を待たずに足から力が抜けてしまった。

へなへなと、手近にあった観客席のひとつに腰を下ろすと、音弥がすごい形相で「姉さん?やっぱりどこか具合悪いの?」と私の前に跪く。

おそらく音弥は私の体調が悪化したのではと危惧したのだろう。

私は慌てて首を振る。


「ああ、ううん、それは大丈夫。ちょっと……信じられないことが起こりすぎたも…」


起こりすぎたものだから、そう言い終わる前に、下のフロアからも叫び声が飛んできた。



「お嬢ちゃん!大丈夫なの?」


それは軍服マントのものだった。

声も口調も、地を這うような低くて迫力あるものではなく、いつものしなやかなものだ。


「……そうだ、みんなは?下はどうなってるの?」


私はバッと立ち上がって手すりから下を覗き込んだ。


「私は平気!みんなは?大丈夫?」


見ると、袴三つ編み、原屋敷さんのところには万葉集女王が優雅に君臨し、軍服マントと天乃 流星のところは天乃くん…天乃 北斗が制圧していたのだ。

原屋敷さん、天乃 流星ともに、その他の学生達と同じく動きを制限されているように体をその場でビクビク震わせていた。



「うちらは平気やで!強力な助っ人が駆けつけてくれたからな!」

「そうね、もう本息でやらなくてよくなったみたいだわ。慣れないことして疲れちゃったわよ、まったく」


どうやらそれぞれ、ひとまずは無事だったようだ。


「間に合ったようで、なによりだ」

「西島さんも怪我とかしてないんだね?」


万葉集女王と天乃くんもこちらを見上げてくる。

天乃くんは外用スタイルではなく、素の方だった。


「うん、なんともない」


答えてから、私は気付いた。

天乃くんも万葉集女王も、ただ立っているだけで、学生達に向かって術やまじないの類いを行ってる様子は皆無だったのだ。


確かに、真横にいる音弥にもそんな素振りはなかった。


私はくるっと振り返って音弥とその後ろで動きを制されている学生達を交互に見た。


「………音弥がやった…わけじゃないの?」


再び訊くと、音弥はハッと息を吐いた。


「俺にはこんな器用な真似はできないよ。相手を傷付けず排除するなんて生ぬるい真似はね。おおかた、あの人達のボス(・・・・・・・)の仕業じゃない?」

「音弥………?」


冷え冷えと吐き捨てるように答える音弥に、姉として心配になるものの、そのときちらりと視界の端で動くものがあり、すぐさまそちらに気を取られる。


天乃 流星が、動きを制されてる状況にありながらも、かろうじて右手首だけを捻ろうとしていたのだ。

彼の目はまっすぐにこちらを見据えていて、それが私と重なった瞬間、にやりと、唇が歪んだ……気がした。



――――っ!



そうだ、彼の目的は音弥だった!


そう思い出すや否や、私は音弥目がけて飛びかかっていた。

背後で大きな静電気のような派手な刺激がバチンッと鳴ったのと、ほとんど差のないタイミングだった。



「音弥っ!!」



腕を目一杯に、これ以上は千切れてしまうんじゃないかというほどに伸ばして音弥の盾になった私の背中に、ドスッ!と、何か(・・)がぶつかった。



「姉さんっ!!」



気が遠くなりそうな中、私の目の入ってきたのは、強張る表情の音弥と、一斉に動き出した学生達だった。



背中から全身へ、じんじんと痛みが包んでくる。

でもそれどころじゃない。

学生達は一心不乱に私と音弥を目がけて来ているのだ。

無表情に、力の限りに体当たりしてくる勢いで。


あと少し、もう本当に襲われるというぎりぎり手前で、私は痛みで意識が不安定に揺れながらも、「音弥、逃げて!」と口走っていた。


すると音弥が私の膝裏に腕を差し込み、ダッと跳び上がったのだ。


私はまたもや抱きかかえられて、意志を失った学生達から逃げることになった。

直接私に触れているという点では烏帽子男のときとは違っていたものの、守られてる側だという事実は変わらない。



音弥はすいっと観客席の手すりに立つと、私達に襲いかかろうとする学生達と下の様子をちらちらと確認した。

そして


「姉さん、あいつ(・・・)、名前なんていうの?」


小声で尋ねてきたのだ。


「え……?あいつ…って………?」


ふらふらする意識の中、音弥を見上げる。

そうしてる間にも、学生達はこちらに攻めてきている。

けれど音弥はそんな彼らには気にもとめず、サッ、サッ、と軽くかわし、私を抱いたまま細い手すりの上を機敏に移動するのだ。


音弥がこんなに運動神経がよかったなんて知らなかった。

ずっとピアノをやっていて、手を守るために球技や外遊びは避けていたのだから。

転んで突き指でもしようものなら、レッスンができなくなってしまう。

だから学校の体育の授業でさえ、教師陣は音弥に怪我がないよう、特別に配慮してくれていたほどだ。


なのに今は……

こんなんじゃ指どころか体じゅうを怪我してしまうかもしれない。

心配でたまらないのに、定まらない意識ではそれをそのまま言葉にすることもままならない。



「姉さんをここに連れてきて、たった今下から俺達に攻撃してきたあいつ(・・・)だよ!」


音弥はサッと身を翻して学生達と距離をとった。

私は少しでも音弥の負担を減らしたくて、とにかく訊かれたことに即答した。


「ああ………あれは……天乃くんだよ」


でもどうして?そう返したかったけれど、その時、下のフロアからさっきの巨大な静電気のような刺激が走り、叫び声とともにアリーナの天井に火花が散った。

それが誰の叫びだったのかはわからなかったけど、音弥も負けじと声を張る。


「天乃、何?!下の名前は?!」

「流星……天乃 流星だよ」


なんで急にそんなことを訊くのかと不思議に思っていると、騒がしい下から天乃…北斗の方の怒鳴り声が響いたのだ。


「おい、やめろ!何するつもりだ!」


顔の角度を変えてそちらを窺うと、天乃くんが天乃 流星を物理的に(・・・・)床に押さえつけながらこちらに叫んでいる。

軍服マント、袴三つ編み、万葉集女王はそれぞれまた襲いかかってきた学生達と交戦中だ。


「きみは何もするんじゃない!俺達に任せろ!」

「それが頼りにならないなら、仕方ないじゃないですか!」

「おやめなさい!アタシ達がいるんだから、あなたが手を下す必要ないわ!」

「ホンマにその通りやで!絶対に余計なことしたらアカン!……うわっ!ちょ、待ちぃや、コイツらむっちゃ手加減せぇへんやん!痛っ!」


天乃くんだけでなく、軍服マントと袴三つ編みからも制止の叫びが投げつけられる。

どうやら袴三つ編みの方は学生達の相手に手こずっているようだ。



其方(そなた)何か(・・)をすることで、姉君が悲しむことになっても良いのか?」



攻め込まれている袴三つ編みをよそに、優雅に学生達を退ける万葉集女王がそう言ったとき、音弥ははじめてピクリと反応した。


けれどそれでも、音弥を完全に制することはできなかったようだ。



音弥がこれから何をするつもりなのか、他の人達は思い当たっているようだけど、私には一切わからない。

どうして私が悲しむような事態になるのかもわからない。

ただわかっているのは、音弥が私を守ろうとしてくれていることだけだ。



音弥は私を抱える力を強めた。



「―――――天乃 流星」


「やめろ!」


天乃くんが手を振りかざす。

すると私のすぐそばを風が吹きぬけ、音弥の髪が複数本、はらりと落ちた。


でもそれでも音弥は怯まない。

それどころか、目つき鋭く唸ったのだ。



「――――天乃 流星、きえ…」



でもそこまでだった。

音弥の唸り声は、突如として湧き上がった別の声にかき消されてしまったのである。



「NOOOOOOOOOOO―――――っ!!!!!!! Give me back !!!!! マイ烏帽子!お返しなさ――――――いっっっ!!!!!!!!」











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