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扉口からは大勢の人がなだれ込んでくる。

皆雨でずぶ濡れだ。


「ちょっと待って、あれって……」

「ユアフレンズ、ですか?」


烏帽子男が私の前に回り込みながら訊いてくる。

彼がそう思うのも無理はない。

だって、たぶん…ううんきっと、彼らはこの大学の学生達だ。

知り合いではなくても、構内で見かけたことのある顔がちらほら窺える。

でも問題はそこじゃない。

彼らの目は……



「Watch out!」


叫びとともに烏帽子男が私を直接は触れずに抱き上げた。

ふわりと浮かんで上に跳ぶのと、学生達が私のいた場所に倒れ込んでくるのはほぼ同時だった。

勢い任せの倒れ方は、自分が怪我することなんて気にもかけないような激しいもので、その目にはまったく感情が宿っていなかったのだ。


烏帽子男に抱かれたまま二階の観客席に着地した私は、すぐさま下の様子を覗き込んだ。

ここは私達以外誰もおらず、わずかな時間稼ぎはできそうだけど、下では起き上がった学生達が一斉にこちらに向かいだす。

男子も女子も関係なく、奥にある階段に全員が集まっていく。

彼らの反対側では、袴三つ編みが原屋敷さんを追い詰め、軍服マントが圧倒的な力で天乃 流星を攻撃しているのに、それには一切見向きしない。

その集団の流れはあまりに異様で、まるで、何かに操られているかのような行動に思えた。



「お前の仕業か」


軍服マントが低く問うと、天乃 流星は劣勢のくせにクククッと笑った。


「何のためにわざわざ芽衣ちゃんをここに連れてきたのか、もうちょっとよく考えてみるべきだったね」


さも自分が優位に立っているかのような言い種だ。

そして突然、パンッと指を鳴らした。

するとこちら目がけて走っていた学生達が、ぴたりと止まったのだ。

その直後天乃 流星が鳴らした指を見つめながら何かぶつぶつ呟くと、学生達が三つのグループに分かれ、そのうち二つが軍服マントと袴三つ編みに駆け出した。


「そっちに行ったわ!」


私は大声で軍服マントと袴三つ編みに知らせた。


「その人達、この大学の学生なの!」


だから手加減しろという意味じゃないけど、どうしても付け加えておきたかった。


「なんやて?めっちゃズルい手使(つこ)てからに!そんなんうちら本気出されへんやん!」


袴三つ編みが原屋敷さんに風を使って追い込みながら憎々しげに声を荒げた。

片や軍服マントは天乃 流星の手を物理的に(・・・・)掴み、拘束する。


「彼らを止めるんだ。早くしろ」


腹の底に響くような低音で命じるも、天乃 流星は「そんなの聞くわけないでしょ」とせせら笑う。

次の瞬間には、軍服マントが天乃 流星を押し倒し、その頭をアリーナの床に押さえつけた。

私の知ってる彼とは思えないほどの殺気だ。


さすがに天乃 流星も痛みがあったのか笑いが消える。

けれど軍服マントにまっしぐらだった学生達が、彼に覆い被さっていって……


「危ない!」

「Us tooです!」

「え?―――っ!」


烏帽子男の声に振り向くまでもなく、二階の観客席にまで学生達が駆け上がってきていた。

自らの意志を失くした彼らは、躊躇わずに無遠慮に私達に手を伸ばしてくる。


烏帽子男が私を守ろうと彼らの腕を振り払ってくれるけど、彼らは生身の人間で、乱暴には扱えない。

私もどうにか応戦しようとした、そのとき、目の前にいた学生を見て愕然とした。



千春(ちはる)………」



今朝駅で会って、音弥を見つけるまで一緒にいた彼女が、びしょ濡れ姿で私を捕らえようとしている。

他の学生達同様、その瞳には何も映していない。

だからといってホラー映画に出てくるゾンビみたいに唸ったりするわけではなく、ただ無機質に、自分の意志を消失して、操られている様相だ。


操っているのは天乃 流星で、おそらくその指示内容は、私を捕まえること。


「千春!しっかりして!私よ?芽衣だよ?わかってる?!」


体をよじって何度避けても、千春は諦めずに私に腕を伸ばしてくる。


「やめて!千春!目を覚ましてよ!」


大声で叫んでも、強めに手を払っても、彼女にはまったく届かない。

彼女だけじゃない、顔見知りの学生が何人も私を捕獲しようと襲いかかってくる。

生身の人間同士、私が彼らの手を叩くとそれなりの痛みを感じて。

それがどんどん大きくなっていくのがわかる。


私が抵抗しなければ、千春や彼らがこちらに危害を加えることはないのだろう。

そして反対に私が彼女達を傷付けることもない。

烏帽子男だって、本気を出せば学生の集団を一掃できるかもしれないけど、彼は私を気にしつつも、学生達にも怪我をさせないよう気を配っている。

こんな状況下では、操られている学生達から逃れるのは至難の業だ。


「千春!千春ってば!」


意識のない友人に懸命に呼びかける。

でも彼女は私なんか見えていないように無反応で。


「No use!ユアフレンドには……ユアボイス、聞こえてま……せん!」


襲いかかってくる学生達に抗戦しながら烏帽子男が私に叫ぶ。


「そんなのわかってる!けど、―――っ!」

「Oops, アーユーOK?」


男子学生の一人が背後から私の髪を掴んできて、反動で頭が後ろに反れる。

烏帽子男も本気を出せない中では、生身の人間に押されっぱなしで。

私はぐいぐい引っ張られる髪に思わずカッとなって。


「ちょっ―――いい加減にしてよっ!」


両肘で後ろにいる男子学生の腹を強く打ってしまった。


「う……」


自分の意志を持ってない彼から呻き声が聞こえたあと、私の髪は解放される。

けれど何の罪もない相手に苦痛を与えてしまったことで、私はすぐさま振り返って様子を確認せずにはいられない。

するとそこに隙ができてしまう。

私を捕らえようと躍起になっていた腕が、とうとう私の体を抱えてしまったのだ。



「―――千春!」



呼んでも無駄だとわかっていても、友人に乱暴は働けない。

私は絡みついてくる腕にもがきながら、必死に友人の名前を叫び続けた。

けれど絶叫は虚しくスルーされ、私を抱えた千春によって、烏帽子男と距離ができてしまったのだ。



「Oh、Let me go! 」



徐々に徐々に離れていく烏帽子男。



「ちょ、千春!放して!千春………っ!」



どんどん遠くなっていく烏帽子。

それが激しく揺れて、揺れて、そして落ちたとき、




――――――ドンッッ!!!!




ごく短く、でも烏帽子男達がここに現れたときと同じかそれ以上の衝撃が、アリーナ全体を襲ったのだった。












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