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玄関の引き戸を開く直前で、三和土(たたき)に置いてある傘立てに原屋敷さんのチェック柄の傘が立て掛けられているのを見つけた。

もしかしたら天乃くんはこの傘が彼女の物だと気づくかもしれない。

私はそれを音弥の傘の後ろに隠し、外からは柄が見えないように細工してから、他の傘を取り出して扉を開いた。


目の前にはほぼ嵐のような荒天で、早足で門まで急いだ。



「天乃くん?!」


原屋敷さんの時と同様、雨音に負けないように声を張り上げる。


天乃くんは私の顔を見るなり、明らかにホッとした表情を見せた。


「よかった、家にいたんだね。今日大学休んでたから、いつも一緒にいる友達に尋ねたんだ。そうしたら、弟さんが大学まで会いに来たみたいだって聞いて……」


その情報は正しい。

でも、それは天乃くんがここを訪ねてきた理由にはならないと思った。



「………それで、わざわざ家まで?弟が私に会いに来るのが、そんなにおかしいの?」

「いや、そんなことは………ひょっとして、本当は体調が悪くなったとかで、弟さんが迎えに来たのかもしれないと思って」

「そんなんじゃないけど………でも、例えそうだったとしても、わざわざ私の家まで天乃くんが来る必要はないんじゃない?」


仮にも私を心配したと言ってくれてる相手に対し、ひどく失礼な物言いだとは自覚している。

でも先客の原屋敷さんは、ここに来た目的をまだ明かさないままなのだ。

この天乃くんだって、心配するふりで適当な言い訳を並べただけかもしれない。

だって私はこんな風に心配してもらうほど、彼とは親しくもなんともないはずなのに。


ただ、南先生相手に私を配慮するような口論をしていたのは覚えていて。

だから、もしかしてもしかしたら、本当に単純に私を心配してくれただけの可能性もゼロではないのかもしれない。

原屋敷さんとバッティングしたのだって、偶然ではないという明確な根拠は何もないのだから。

でも………実際、そんな都合のいい偶然なんてあるのだろうか?

疑惑が前面に舞い戻ってくると、それを察したのか、天乃くんは観念したように「そうだね」と、認めたのだ。


そして傘をほんの少し後ろに傾ける。

その分だけ、天乃くんの整った顔がよりはっきり見えた。

やっぱり、大学内で会っていたときの彼とはだいぶ違う気がする。

きっと、こちらの柔らかい雰囲気が、素の天乃くんなのだろう。

天乃くんはその雰囲気を保ったまま言った。



「じゃあ………俺が西島さんに会いにここまで来た理由をちゃんと説明するから、ちょっとだけ、お邪魔してもいいかな」



ダイニングに場所を移しているとはいえ、今我が家には原屋敷さんがいる。

できることなら天乃くんにはこのまま家にあがらずにお引き取り願いたかったのだけど、事情を説明してくれるというなら、こんな大雨の中では落ち着かないだろう。

私は少しの躊躇いののち、


「………わかった。どうぞ?」


彼の提案を受け入れることに決めたのだった。



「ありがとう。この天気の中立ち話だと落ち着かないから、助かったよ」


柔和に礼を言われて、私とおなじことを思っていたのだと知る。

やっぱり、こっちの(・・・・)天乃くんは、優しい人だ。

私は、彼の本来の優しい人柄なら、誠実に本当のことを打ち明けてもらえそうな期待を膨らませていた。



「どうぞ、入って。あ、傘は私が預かるわ」


傘を閉じて雫を払う天乃くんの手から、自然を装って奪い取る。

これでひとまず傘の件はばれないだろう。


「お邪魔します。弟さんも家にいるんだよね?」

「うん。でも自分の部屋にいるはずだか……ら…」


ダイニングで原屋敷さんと一緒に隠れているのだから、天乃くんの前に音弥が姿を見せることはないと踏んでそう答えていたのに、当の音弥が廊下奥からスッと現れたのだ。


「音弥……?」


私の呟きに天乃くんもパッと顔を向ける。


「……弟さん?」

「そうだけど…」

「こんにちは。この前もいらっしゃいましたよね?」


先に挨拶したのは音弥だった。

完全に外用の態度だ。

すると天乃くんもこの上なく穏やかに礼儀正しく「こんにちは。お邪魔します」と返した。


この二人、以前は似てると思ったこともあったけれど、本質的な部分は全然違ってるようにも思えてきた。

天乃くんは冷たい人のようなフリをして、音弥は人当たりの良いフリをする。

どちらも心根が優しいという共通点はあるものの、もともとの性格が正反対なのかもしれない。

そんな二人の対峙は一見和やかなようで、裏がありそうな緊張感さえ流れはじめた。



「姉に何か用事があって来られたんですか?」

「まあ、そんなところかな」

「でしたら、居間の方へどうぞ。ご案内します。姉さんはお茶の用意でもしてきたら?」


音弥に目配せされて、私はぴんと来た。


「…そうね、そうするわ。天乃くん、麦茶でいいわよね?」

「いや、別に気を遣わないでいいよ」

「いいのよ、私も喉が渇いてたし」

「…それじゃ、お願いしようかな」


そんな会話の間にもう居間の前だ。


私は「じゃあちょっと待っててね」と言い残し、天乃くんと音弥が居間に入るのを視界の隅で見届けてからダイニングに向かう。



そしてそっと、なるべく中にいる原屋敷さんを驚かせないよう静かに扉を開けた。



ところが………ダイニングには、誰もいなかったのだ。















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