表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/105





『ヒィィィィッッ!!』

『ワッツ?!ホワイ?!フー?!』


袴三つ編みと烏帽子男が跳び上がって軍服マントの後ろに回り込む。

ゴーストのくせに怖がりな二人はともかく、私だって驚きのあまり心臓がバクバクしていた。

だってこんな嵐みたいな天気の中、約束も予定もないのに急に誰かに来られたりしたら、そんなのびっくりするじゃない。

平気な顔してるのは軍服マントと音弥だけで、二人はわずかに目配せした。


そうしてる間にも来訪者は待てなかったのだろう、再びピーンポーン、ピーンポーン、と私達を急かしてくる。

すると音弥がインターホン画面を確認しに動いた。



「………姉さん、この女の人、知り合い?」

「女の人?」


音弥に続いて画面をチェックすると、そこに映っていたの思わぬ人物に「えっ?」と大きな声をあげてしまった。


こんな大雨にもかかわらず私の家を訪ねて来たのは、原屋敷さんだったのだ。



「原屋敷さん?!」

「姉さん、知ってる人?」

「うん……同じ大学の人」

「友達?」

「友達じゃないけど……」


既視感のあるやり取りをしていると、私と音弥の間にすっと三人が割って入ってくる。


『あら、この会話、前にも聞いたわよね』

『ほんまやほんまや。ほんでお嬢ちゃん、出ぇへんの?』

『外はヘヴィーレインですよ?』


急速に暢気度を増した三人とは違い、音弥は訝しげな様子でインターホン画面を睨みつける。


「この人、何しに来たの?」

「そんなの私が訊きたいわよ」

「だったら、別に出なくていいんじゃない?」


クールに言い放つ音弥。

私だってそうできるならそうしたい。

でも………


「さすがに、この大雨の中無視するのは気が引けるわよ……」

「でも姉さんだって本当は会いたくないんでしょ?こんな押しかけるような真似、非常識じゃないか」

『やだあなた、結構言うわね』

『ソークールです』

『でもまあ、弟さんの言うのも一理あるんとちゃう?出たなかったら出やんでええよ』

『それもそうよね。ただ、この子……』


軍服マントが何か言いかけるも、またもや


ピーンポーン、ピーンポーン


原屋敷さんがインターホンを鳴らしてくる。

その音というか押し方が、切羽詰まってるようにも聞こえて。


するとそのとき、縁側の窓がパッと明るくなった。

かと思いきやその直後にまた



ガシャガシャッ、ドド―――――ンンンッッッ!!!



雷鳴が(ほとばし)る。


その震動に、画面の中の原屋敷さんもびくりと肩を揺らした。

さすがにそんな姿を見てしまったら、もう居留守を押し通すことはできなかった。



「私、ちょっと出てくる」

「姉さん!」


引き止めようとする音弥に表情と手のジェスチャーで ”大丈夫だから” と返し、私は玄関に急いだ。



玄関の引き戸を勢いよく開け、手近にあった傘をさして門に駆け出す。

原屋敷さんがどうして私の家を知ってるのかなんて、もう今さら疑問も湧かない。

情報源は天乃くん、あるいは南先生だろう。

彼らは私に隠れて密談をするほどには親しいらしいから。

ただそうだとしても、こんな天気にもかかわらずわざわざここまで訪ねてきた理由は思いつかなかった。


さっきゴースト達が言っていた ”警戒” を、今こそ発動すべきだろう。

私はそう強く思つつ、所在なさげにたたずむ彼女に呼び掛けた。



「原屋敷さん!」


嵐のような雨と雷、そして風がやかましくて、大声を張り上げるしかなかった。


原屋敷さんは傘を傾け、私を見るなり、「ごめんなさい、急に…」と、いつもの強気な態度を潜めて言った。


「とにかくこの雨だから、中に入って?」

「ありがとう。ごめんね……」


こんなにしおらしく、頼りなさげな原屋敷さんははじめてだ。

私はさぼったけど午前中は講義があったのだから、おそらく原屋敷さんは大学帰りのはず。

大学には天乃くんも天乃 流星もいるんだし、にもかかわらず彼女が単独でここにやって来たのは、一人でないといけない理由か、よほどの目的があるのだろう。

私は玄関まで先導しながら、頭の中ではものすごいスピードで考えられる可能性や仮定を並べていた。

でもこんな弱弱しい原屋敷さんを見ると、どれも違ってるような気がしてならなかった。


開けっぱなしだった玄関扉をくぐると、奥の居間は静かだった。

さっきまでは音弥と彼ら(・・)の気配で賑やかだったのに。


「…どうぞ」

「おじゃまします。……西島さん、一人?ご家族の方はお留守?」


たぶん原屋敷さんは家の人間に失礼がないようにそう確認したのだろうけど、私はタイムリー過ぎる質問に微妙にたじろいでしまう。


「あ……ええと、今は弟が一人、いるかな」

「弟さん?学校お休みしてるの?」

「ううん、そうじゃなくて……弟の学校は今自由登校期間らしくて、それで家にいるのよ」

「そうなんだ……」


原屋敷さんは納得できたのかできなかったのか、そのあとは黙ってしまう。

私は彼女の態度が掴めないままに、とりあえずは居間に案内した。

するとそこには、音弥だけが待っていた。

目で彼ら(・・)のことを問うと、音弥は小さく頷いた。

どうやら3人は気を利かせてくれたようだ。

最近崩れがちになっていた ”私一人きりでないときは姿を見せない” というルールを応用して遵守したのだろう。

文哉も音弥も見える(・・・)のだから彼ら(・・)と同席しても特に問題ないけれど、原屋敷さんはそうじゃないのだから、3人が己の身を隠すという判断は正しいと言える。


私は原屋敷さんに振り向き、音弥を紹介した。


「原屋敷さん、今話してた弟よ。私達よりひとつ年下で音弥っていうの」

「……どうも。いつも姉がお世話になってます」


音弥は礼儀正しい素振りで、実はしっかり原屋敷さんを観察していた。

さりげなく、でも隙なく下から上に撫でる視線は、敏感な人にとったらさぞかし居心地悪いものだろう。

原屋敷さんもそんなタイプだったらしく、一瞬体を退きかけた。

けれど私が音弥に対し「こちらは原屋敷さん。学部は違うけど同じ大学の一年生よ」と伝えると、ぴんと背筋を正す。


「はじめまして。今日は急にお邪魔してすみません」


年下にもかかわらず音弥に敬語を用いる原屋敷さんは、いつもの強気、マイペースな匂いを見事に秘し隠した、ただの常識人だった。

彼女の本当の姿は、こちらなのかもしれない。

天乃くん達が絡んでこない場面では、確かに彼女から強い言葉を投げられることはなかったから。


ただ、クリニックで密会していたのは事実なのだ。



―――――「………ずいぶん西島さんの肩を持つのね」



あの場で原屋敷さんは、明らかに私への敵意を持っていた。


そんな彼女の急襲なのだから、やはり警戒は解くべきではないだろう。

私は飲み物も出さず、座りもせず、


「それで、いったいなんの用なの?」


できる限りに温度を下げた声で尋ねたのだった。














評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ