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文哉にも彼らが見えているのだという衝撃の事実を知ったあと、私はなぜ私に黙っていたのかと彼らを問い詰めた。
すると彼らは皆一様に、私が知らないわけはないと思っていたのだと答えた。
袴三つ編みや烏帽子男なんかは、
『せやから、お嬢ちゃんひとりの時しか姿見せたらあかんて約束は、ちょっと変やなあって思ててん』
『ミートゥーです。リトルブラザーのことをトークしていると、サムタイムズ不思議なフィールしました』
やっと腑に落ちたといった反応をしたのだ。
一方の文哉は、引っ越し当日から彼らが見えていたのだという。
最初はゴーストだとは思ってなかったようで、小学生男子とは普通に友達になったのだと目を輝かせた。
そしてなんと、引っ越し直後の行方不明未遂の帰り道、私に背負われながらも途中で目が覚めていたらしく、私が彼らと一緒に話しているのを目撃していたというのだ。
つまり、私は文哉にも見えるという事実をずっと知らなかったのに、文哉は私にも
彼ら《・・》が見えているのだと、この家に引っ越してきた頃から把握していたわけだ。
ハッキリ言って、なんだか面白くない。
だって文哉も彼らも承知していたことを、私はまったく予想さえできない状況が一か月以上も続いていたのだから。
もちろん、幼い弟が気にしたらいけないので、文哉に対しては何ともない素振りで「へえ、そうなんだ」と笑顔を見せていたけれど、彼らにはそんな遠慮は無用だ。
オセロに白熱する文哉と小学生男子を残し居間に戻った私が、彼らにクレームを爆発させたのは言うまでもない。
そんな私の不機嫌を宥めてくれたのは、事の成り行きを黙って見守っていた万葉集女王だった。
彼女はしばらくすると、
『其方の言い分は正しいのであろうが、そろそろ許してはやってくれぬか?其方に黙っておったという面においては、我にも非はあるのだろう。この通りだ。すまぬ』
恭しく頭を垂れたのである。
確かに文哉のことを知っていたにもかかわらず私に教えてくれなかったという点では全員が同罪だ。
でも、この万葉集女王は他の3人とは違って頻繁に私に接していたわけでもなくて、こんな風に頭を下げて詫びられたりしたら、逆にこちらが恐縮してしまう。
私はすぐに頭を上げるよう求め、ついでに彼らへのクレームも終了させたのだった。
その後、文哉のことがあったせいかいつも以上にやかましい彼らの相手をしつつ、いつものように夕食の準備をした。
そして母の帰宅を待ってから文哉と一緒にテーブルを囲み、キッチンの片付けやら入浴やらを終えて自室に戻った。
私はこの時になってようやく、薬をロッカーに忘れてきてることを思い出したのだった。
昨夜も、薬なしで朝までぐっすり眠れた。
だから眠ること自体は難しくはないと思う。
ただ、今日起こった過呼吸は、ひょっとしたら昨夜薬を飲み忘れたせいかもしれないし、そうでなくとも今日は色々なことがあって気持ちが平静とは言い難い。
そんな中でまた服用できないなんて、ネガティブな想像がどんどん膨らんでいくばかりだ。
もしかしたら、また夢で記憶の断片が蘇るかもしれない。
でも今ここに薬がないのはもうどうしようもないので、覚悟するしかないのだ。
私は胸が落ち着かないまま、明かりを消し、ベッドに入った。
今日は本当にいろんなことがあって、はじめて知ったことも多くて、頭がかなり疲れていたのだろう、そう時間もかからずに眠りの気配は近寄ってきた。
過呼吸は一度起こるとかなり体力を消耗するので、そのせいもあったかもしれない。
でも眠りに落ちる間際、薬なしでも眠れた、という点では、私はホッとしていた。
そして訪れた、暗闇。
もうすでに経験済みなので、私はああ、また行方不明だった記憶が戻ってきたのだろうと思った。
真っ暗な闇は前回と変わらずで、私は自分が今どこにいるのか、どちらが前で後ろなのか、上なのか下なのかさえわからない。
相も変わらず、私の喉は存在価値を見失ったようにまったく声を作らない。
ただこれまでと大きく異なるのは、闇の奥のどこかから、誰かの泣き声が聞こえていたことだった。
若い、女性の泣き声のように感じた。
ヒッ、ヒッ、としゃくりあげるような、かと思えばウァァァァッ!と泣き叫ぶような、まるきり制御不能の感情がシャワーのように闇に降り注いでいた。
その泣き声は、耳にしたこちらまでも絶望のドアを叩いてしまいそうなほど、悲愴感漂うものだった。
しばらくは泣き声のみが響き、やがてそれはこの暗闇を支配してしまう。
この空間に壁や天井があるのか定かではないけれど、どこかしらに当たって共鳴しているような感覚があったのだ。
それは、私をいとも容易く覆い、囲っていく。
私を雁字搦めにしたいのか、泣き声の反響は次第に大きくなっていって、私の耳をつんざくばかりの刺激で、鼓膜から脳に通った悲愴感に、私は眩暈を覚えた。
立っていられないほどの不快と、重力が曖昧になるような浮遊感。
その刹那だった。
真っ暗なのに視界がぐにゃりと歪んだ気がして、そして泣き声が止んだのだ。
代わりに、たったひと言、掠れて輪郭を成さないほどの囁き声が。
「……………音弥、ごめん…………」
泣いていたのは、私だったのだ。




