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区切りの関係で短めです。






それから数時間かけて、一階の家族共有エリアをとりあえず日常生活に支障のない程度に片付け終えた私は、夕食に焼きそばを作って文哉と二人で食べた。

父と母の分はラップをかけてダイニングテーブルの上に置いておく。

それから文哉をお風呂に入れ、その間に文哉の寝床を整えた。



「芽衣ちゃん、出たよー」


パタパタパタと小さな足音が聞こえたと思ったら、引き戸から文哉が飛び込んできた。


「はーい、お疲れさま」

「わ、ベッドにお布団ができてる!」


ほくほくの湯上り状態の文哉からは、シャンプーのいい香りがする。


「ちゃんと髪も乾かした?」

「うん!」


元気な返事とともにベッドにダイブした文哉。

前の家では親と一緒に和室で布団を敷いて寝ていたので、自分だけの部屋に自分だけのベッドというのは、夢のような環境なのかもしれない。

文哉はそのまま布団に潜り込むと、枕元に置いてあった数冊の本は開きもせず、ただただベッドの居心地を味わっているようだった。

フフフ、と含み笑いを浮かべる文哉は、すぐにちょいちょいっと私を手招きした。


「なあに?」

「あのね、芽衣ちゃん」

「うん」

「僕ね、このお家に引っ越してきて、すっごくよかったよ」

「そうなの?それはよかった」

「きっとね、音弥君も、気に入ってくれると思うよ?」

「そう?」

「うん、たぶん……ね……」

「………文哉?」


呼びかけても、布団の中からは返事がない。

驚いたことに、文哉はものの数秒で眠りに落ちてしまったようだった。



「今日はたくさん動いたから、きっと電池が切れちゃったのね」


こんなところはしっかり子供らしい。

私は掛け布団を引き上げて、労いの気持ちで文哉の頭を撫でてやった。

文哉がこの家を気に入ったようでよかった。

健やかな寝息をたてる文哉を起こさないようにそっと電気を消し、私は部屋を出た。



廊下に出ると、なんだかやけに静かだった。

父と母の仕事部屋は一階にあるし、母はピアノを弾きながら作業することもあるけど、今日はパソコンを使っているようで、階下からの物音は何も聞こえてこなかったのだ。

まだそこまで遅い時間ではないけれど、ひっそりとした夜の静寂が思わぬ孤独を連れてきそうで、私は足早に今度は音弥の部屋の明かりを点けた。


パッと照らされたそこは、まだ段ボールが山積み状態だった。

もともと音弥はあまり物に執着を持たない性格で、ピアノの楽譜だって一度暗譜してしまえば残さず処分していたほどだ。

なんでも音弥が言うには、この世には数えきれないほどの曲があって、楽譜をいちいち保存していたら部屋が楽譜に占拠されてしまうのだそうだ。

そんなこと言っても、私だって一応はピアノ経験者だからわかるけれど、楽譜には講師のコメントや指示、アドバイスといった五線譜外の大切な記録もあるのに。

一度そんな反論を口にしたけれど、音弥からは「そんなの全部覚えてるに決まってる」と、私レベルの杞憂は即座に一蹴されてしまった。

日本中から有望なピアニストの卵たちが集まってくる学校に入ったあとも音弥が楽譜を処分しているのかは不明だけど、高校入学後も音弥の部屋に荷物が増えることはなかった。



私は手近にある段ボールを開封し、入ってあったCDを棚に並べていった。

文哉の聞く音楽はクラシックばかりではなくて、ジャズやJ-POPなど、バラエティに富んでいて面白い。

そんなところは、文哉にも共通してるなと思った。

二人とも、ジャンル問わずに、それぞれ音楽、物語を楽しんでいるのだろう。

一方の私は、自分の好みのジャンル以外は手を出すこともあまりなくて………


……だめだ。また思考回路がトンネルに入ってしまいそうだ。

私はうーんと伸びをし、気分を変えて別の箱を開いた。

その一番上にはフォトフレームに入った家族写真があり、そのおかげで私の思考はトンネルに迷い込まなくてすんだ。

それは、文哉の小学校入学を記念して撮ったものだった。

まだ高校生だった私も含めて、三人とも制服を纏う、数少ない写真のような気がする。

私は少しくすぐったい思いでそれを手に取り、CDの横に並べた。


「確か、音弥が寮に戻る日の朝に撮ったのよね。時間がないって音弥が珍しく慌ててたの覚えてる」


我が家のちゃんとした家族写真としては比較的新しいものだけど、すでに懐かしささえ漂っていて、私が当時を思い返しているときだった。




『なるほど、ユアブラザーは、学校の寮にステイしているのですね?』

「そうなの。全寮制の学校でね―――――え?」

『え?』

「――――え?」

『――――え?』

「%#$@*\=&★£△♭℃×〒☆―――――――っ!?!?!?」

『☆♭&◇$★♯@%♡※\÷€♪▽―――――――っ!!!!!!!』






言葉を成さない私の絶叫に呼応するようにして叫び上げたのは、映画やドラマの中でしか見たことのない、平安時代の貴族のような格好をしている男だった。












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