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居間の入口でやっと軍服マントに追いついた私は、「待ってってば!」とその腕を掴みかけて、咄嗟に手を引っ込めた。
烏帽子男と袴三つ編みの姿が視界に入ったからだ。
『あ、お嬢ちゃん!もう元気になったん?』
『Oh、ベリーベリーウォーリーしましたよ』
二人は私を見るなり駆け寄ってきて、賑やかに騒ぐ。
彼らが心配してくれていたというのは真実なのだろう。
でも正直言うと、今はそれどころじゃなくて。
「ああ、うん……まあね。それより…」
軍服マントに話の続きを促そうとしたものの、絶妙のタイミングで『おや、其方達、ここにおったのか』と万葉集女王が居間に姿を現したのだ。
その登場により、部屋の空気ががらりと変化する。
これが彼女の持つ絶対的なオーラなのだろう。
『あら、坊やは一緒じゃないんですか?』
『ホンマや。あの子いっつもひっつき虫してやるのに』
『イッツストレンジですね』
三人が揃って小学生男子の不在を訪ねると、万葉集女王は団扇…のようなものをゆるりとまわし、なにやらほくそ笑む。
『なに、我よりもまことに気に入る相手に出会えたのだろう。心配には及ばぬ』
『あら、そんな相手が坊やに?あらまあ』
『え?新入りさんでも来たん?』
『Oh、ルーキーですか?それは、ゴーストのルールをしっかりレクチャーしないといけませんね』
「…………ちょっと待ってよ。またゴーストが一人増えたっていうの?」
パッと浮かれはじめる彼らとは真逆のテンションで訴えると、万葉集女王は団扇…のようなものをくるりと一回転させ、口元を隠したまま言った。
『それは追い追いわかることであろう。どちらにせよ、其方の案じるようなものではないはずだ』
やけに断言するものだから、私もそれ以上の追及は控えてしまう。
『でも、新入りさんもちゃんとお嬢ちゃんに見えるんやろか?』
『ディフィカルト プロビレム ですね』
『でも、アタシがここに来る前は4人だったわけでしょう?もともとあなた達4人が見えた人で、アタシのことも見える人はいなかったの?』
『そんなんおらへんよ。ここに住んでもうちらのこと見えたらすぐに引っ越してまうもん』
『ザッツライト。どうもトゥーシャイな方々ばかりだったようで、ゴーストとの同居はノット フェイバリットだったようですね』
………いや、そんなの誰だって嫌でしょうよ。言わないけど。
口に出さずに突っ込んでいると、またもや万葉集女王が訳知りな温度で宣ったのだ。
『もし新しい者がやって来たとしても、其方には見えるはずだ』
さっきよりもさらに自信たっぷりに言うものだから、その理由が知りたくなる。
「どうしてそう言い切れるんですか?」
『なに、簡単なこと。其方に我らが見えるようになった原因を我は知っているからだ』
何気なく答えた万葉集女王に、彼女以外の面々はギョッと固まった。
当然、私自身も。
「ねえ、今……、私がこうなった原因を知ってるって、そう言ったんですか?」
彼らも、じっと万葉集女王の返事を待ち構えている。
すると万葉集女王は団扇…もどきでスッと庭の方を指したのだ。
『こちらの庭に、大きな木があるだろう?それに何かしら声をかけた者が、その後我らの姿を見るようになるのだ』
シャランシャランと、まるで神事の鈴が鳴るかのような凛と澄んだ開示に、私達はいっせいに縁側の向こう、裏庭に目をやった。
裏庭の木といえば、確かに引っ越し当日、私は最も大きな木に対し、冗談めいて挨拶のような真似事をした記憶がある。
今思えば、ちょうどその後あたりに、人の声のようなものを聞いたような、聞かなかったような………
あのときは引っ越しの忙しさとドタバタでそんな些細な違和感にいちいち引っ掛かってはいられなかったのだ。
『ああ、あの大きな木ね……』
『やっぱりや。うち、あの木は怪しい思ててん』
『ミートゥーです!あのトゥリーはサムシング感じます』
『それで、あの木に話しかけた人間は、アタシ達以外のゴーストも見えていたんですか?』
『さよう。まだ其方らがここに来る以前、この家には他の者がおったが、それも見えておった』
『ちゅうことは、やっぱお嬢ちゃんはうちら以外のゴーストも見えるんや?』
『Oh、ザッツマーベラス!ではルーキーもイントロダクションできるわけですね?』
『あら、でもまだ新入りちゃんが来るとは限らないんじゃないの?ですよね?』
『Oh、ホワイ?』
『え、新入り来えへんの?でもほんなら、あの子のお気に入りの相手って誰なんやろ?』
烏帽子男と袴三つ編みが揃って首を傾げたけど、軍服マントには何か閃いたことがあるようで。
『ひょっとして………』
言いながら、意味深に私の顔を見てくる軍服マント。
その目は何か言いたそうだ。
「………何?言いたいことあるならはっきり言ってよ」
『あら、そう?いえね、アタシが思ったのは………、この家で、あの坊やと気が合う相手といって思い浮かぶのは、坊やと同じ年頃の………』
そこまで言われて、私はハッとする。
――――まさか!
その刹那、勢いよく居間を飛び出していた。
そんな、まさかでしょ?
ちょっと待ってよ!
バタバタバタバタッと階段を駆け上がる。
彼らもついてきてる気配はするけど、それどころじゃない。
だってあのとき、私は一人じゃなかった。
私と一緒にあの大きな木に話しかけたのは………
私はまさか、まさかよね?と吹き荒れる焦燥そのままに二階の廊下も走って走って、そして―――――
「文哉っ!!」
ノックもなしに、力いっぱいに扉を開いた。
するとそこには………
「あ!芽衣ちゃん!芽衣ちゃんもオセロする?この子すっごく強いんだよ」
仲良くオセロのボードを挟んでいる、文哉と小学生男子だった。
満面の笑みで楽しそうな文哉に対し、小学生男子は舌打ちが聞こえてきそうなほどの渋い表情だったけれど。




