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南先生が、私を騙してる――――



だめだ、これ以上聞くべきじゃない。

何かもっと決定的なことを聞いてしまう前に、早く立ち去らなきゃ。

だって、この先もまだ私には南先生が必要だから。

知らなくていいことを知ってしまって、南先生に診てもらうことができなくなったりしたら、私はまた以前の暗闇の中に戻ってしまう。

眠れない、食べられない、笑えない、泣けない………もうあんな辛さは味わいたくないのに。

だから早く、三人に気付かれる前にクリニックを出なくちゃ。

頭ではそうわかってるのに、足が、びくともしなかった。

そうしている間にも、扉の向こうでは話し合いが続いていく。



「………ずいぶん西島さんの肩を持つのね」


原屋敷さんの尖った言い方がまるで私まで刺してくるようだった。

おそらく天乃くんに好意がある原屋敷さんにとっては、私なんかでさえ敵対視の対象なのだろう。


「彼女は、本当に何も知らないんだ」

「そんなの知ってるわよ」

「だったら、もうちょっと丁寧に接してあげたらどうなんだ?お前も、流星も、自分のことばかりじゃないか。兄貴だってそうだよ」

「俺が自分の患者に責任も持てない、自分勝手な人間だと?」

「だってそうだろう?あんないい子の西島さんを騙し続けてるじゃないか」

「そうだな、芽衣ちゃんがいい子なのは同意するよ」


自分のことを ”いい子” と評されても、今は何も感情が動きようがない。

だってどう聞いても中の会話はヒリヒリ痛くて、私のことが原因で揉めているのだから。


早く、早く足動いてよ!

切羽詰まってくるも、足が縫い付けられたように離れない。

もうこれ以上この人達の話なんて聞きなくないのに!

南先生が私を騙し続けているなんて、そんなの知りたくない!

そんなの聞いたら、今までみたいに信頼できなくなっちゃうじゃない!

知らない方がよかった。

私が後悔と焦燥を爆発させかけていると、中にいる原屋敷さんの気持ちも破裂寸前にまでなっていたようだ。



「これじゃ、あなた方兄弟を甘すぎると断じた流星を責めることはできませんね」


言葉遣いは丁寧でも、悔しげに吐き出された言葉には間違いなく毒気を感じた。

するとこれに大きく反応したのは南先生だった。


「俺のやり方に異があるなら、いつでも出ていけばいい。流星にも伝えておいてくれ。それでもなお、俺の患者である西島 芽衣に難癖つけるのであれば、俺にも考えがあるよ。弟さんのことがきっかけで彼女が俺のところに来たのは、偶然以外の何物でもないんだからな。穿った考えは捨てるようにとも言っておいてくれ」


目の前でシャッターを勢いよく落とすような、私の見たことがない南先生に、体が一瞬強張った。

けれど、”弟” というワードが出てきて、ふと音弥を思い出したとき、不思議と足が動いたのだ。

ふわりと、体が軽くなった。

それは、まるで魔法が解けるみたいに。



私は、音を立てずに受付に急いだ。



「あの、忘れてきたと思ったポーチ、鞄に入ってました」


電話を終えていたスタッフに早口で伝えると、「ああ、よかったわね」と安堵の微笑みが返ってくる。

こんな親切なスタッフに嘘を吐くのはそれこそ騙してるようで良心が痛むけれど、今はこれ以外に立ち去る言い訳が思いつかなかった。


「それで、私が予約もしてないのにここに来たと知ったら、南先生きっと心配すると思うので、私が来たことは黙っててもらえますか?」


とっさにここまでの嘘話を作り出せるなんて、自分でも驚いていた。

でも、無我夢中だったのだ。

受付の女性はクスクス笑いながら、「わかったわ。ナイショにしておくわね」と頷いてくれた。


「それじゃ…」


嘘を押し通せたことにホッとした私は、失礼します…と帰りかけたものの、念のために確かめることにした。


「あの、もしかして今いらしてる来客の方って、南先生の弟さん、ですか?」


すると受付スタッフは目をぐっと大きくさせて。


「すごい!どうしてわかったの?」

「いえ、診察室の前を通りかかったら、兄貴…って聞こえた気がしたので」

「そうなのよ。弟さんがいらしてるの」


あっさり教えてもらえて、緊張の続いていた私は拍子抜けした。

やはり天乃くんは、南先生と兄弟だったのだ。


「そうですか、弟さんが……」

「でも兄弟そろってすっごくイケメンですよね」


ここでもう一人の受付スタッフの女性が会話に加わった。

私の応対をしてくれてたスタッフよりも後輩で、私がここに通いはじめた後で入ってきた新人だ。

どうやら彼女は天乃くんについて話したくてうずうずしていたらしい。

まるで推しのアイドルを宣伝したくてしょうがないといった様子だった。

私は少しでも早くここを出て行きたいのに。

南先生や天乃くんと鉢合わせはごめんだ。


「またはじまった…」

「だって、二人とも一般人なのにあのルックスでスタイルですよ?しかも名前までかっこよすぎじゃないですか」

「まあ……ね」

「名前?」


心はどうやってこの会話を終わらせるか急いていたのに、そういえばまだ解決してない疑問が残っていたと思い直した。

南と天乃、二人の苗字が違うのは何故なのか?


けれど、若干ミーハー寄りのスタッフがいとも簡単にその答えを披露してくれたのだった。



「そうなんですよ。天乃 南(・・ ・) に天乃 北斗。天の南と北、なんかかっこよくないですか?」











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