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それからは作業に集中し、とりあえずすべての荷物をそれぞれの部屋に運び終え、はじめての夜を過ごすために必要なものは荷解きしたところで、母親から少し遅めの昼食の声がかかった。
おそらく冷凍チャーハンだろう。
今朝冷凍庫のものをクーラーボックスに詰めながら、母がそんなことを言っていたから。
例え冷凍食品でも、母が私達のために用意してくれる食事には違いない。
私は空腹を弾ませながらキッチンダイニングに下りていった。
ダイニングキッチンは居間とは廊下を挟んだ向かいにあり、途中、裏庭で何やら一人遊びをしている文哉に声をかけ、一緒にダイニングへ。
「芽衣ちゃんがお昼ご飯作ったんじゃないの?」
「今日はお母さんが作ってくれたんだよ」
「じゃあ、冷凍チャーハンか」
「でも美味しいじゃない。それに文哉だって好きでしょ?冷凍チャーハン。引っ越しで忙しいのにわざわざ作ってくれるんだから、文句言っちゃだめよ」
「はあい。……でも、芽衣ちゃんが作るチャーハンの方が美味しいよ?」
「し―――っ。文哉がそう言ってくれるのは嬉しいけど、今日はその話はお休みにして、お母さんのチャーハンをいただこう?」
ね?
年の離れた弟にそう語りかけると、「うん、そうだね」と物わかりのいい返事があった。
まだまだ子供で素直が過ぎるところもあるけど、基本的には賢い子なのだ。
文哉は、私が忙しい両親に変わって家事を引き受けることが多いのを見てきているし、特に食事に関してはほぼ私が担当していたから、もしかしたらさっきのセリフは私への気遣いがあったのかもしれない。
もちろん、父と母の仕事が特殊で大変だということはじゅうぶんに理解しているつもりだ。
私だけでなく、文哉も、それにもう一人の弟で高校生の音弥も、今まで一度だって両親の仕事に不平不満を訴えたことなどなかったのだから。
小説家の父に、作曲家の母。
クリエイティブな職業の両親は三人目の子供である文哉が生まれてから、仕事場を完全に自宅に移した。
それまでは近所に住んでいた祖父母の助けも得ながら、無理なく通える範囲でそれぞれに仕事場を借りていたのだ。
けれど祖父母が他界し、文哉も生まれて、さすがに赤ん坊と小学生の子供達だけで留守番させられるわけもなく、自宅の一室を仕事部屋に改修した。
そしてそれを機に、私は親に代わって家の用事を率先して行うようになっていったのである。
「ねえねえ、芽衣ちゃん」
キッチンダイニングに入る寸前、文哉がそっと私に耳打ちする仕草をしてきた。
私はその場で屈み、文哉に顔を近付ける。
「なあに?」
「あのね、僕、本当に芽衣ちゃんの作るご飯が大好きなんだよ?」
今日はその話はお休みだと言ったからか、文哉はまるで秘密の打ち明け話のように小声だった。
それはとても子供らしく、わかりやすい態度で、普段のしっかりしている文哉とのギャップが激しい。
私はついクスクス笑い出しそうになるのを堪え、「ありがとう。私は優しい弟がいて幸せだよ」と言った。
「音弥君も優しいしね。音弥君も、芽衣ちゃんは料理が上手だって言ってたんだよ?すごいなあって、ほめてたんだから」
「音弥が?」
「うん。あ、チャーハンできたみたい!早く行こうよ、芽衣ちゃん!」
「わかったわかった」
音弥と文哉が、私を………
文哉に腕をぐいっと引っ張られながら、私の心は、無邪気な弟に静かに反論の火を灯していた。
すごいのは私じゃなくて、音弥と文哉の方なのに…………と。
私の一つ下の弟は、音弥。
そして末の弟は、文哉。
二人とも、両親の大切なものを名前に受け継いでいる。
それだけでなく、音弥はピアノの才能を認められて音楽科のある全寮制高校に特待生として在籍しているし、文哉は昨年の作文コンクールで小学一年生ながらに最優秀賞として表彰されたのだ。
名前の通りに、彼らには確かに、父と母の秀でた才能が遺伝していた。
なのに私ときたら、ピアノは一通りのレッスンはこなしたけれど、それはあくまでもテクニックを習得しただけで、演奏家や作曲家といった、独自の感性を武器にする職業などとは程遠いものだった。
文才においても同様だ。
書くのも読むのも、私はごくごく一般的なレベルでしかなかった。
弟の文哉は幼稚園に入る前には自分で絵本を読むようになっていたし、子供向けの簡単なものなら月に何十冊も読んでしまう。
そして弟達に共通して言えることは、二人とも、ピアノのレッスンや読書といった時間を、誰に指図されるでもなく自らが進んで何よりも楽しみ、夢中で没頭していたのだ。
ずっと両親の仕事ぶりを見て育ってきた私は、才能とは、愛情のバロメーターにもなり得ると感じていた。
どれだけそれを好きなのかが、才能を大きく左右させるのだと思っている。
実際、父も母も、プライベートな余暇を楽しむくらいなら本を読みたい、鍵盤を触りたい、そんな生き方をしていたのだから。
そして私の弟達にも同じことが言えて、彼らも友達と遊んだり、テレビやゲームといった普通の子供の過ごし方よりも、図書館に行ったりレッスンに時間を費やしたいと言っていた。
それは、私の中では絶対に生じない感覚だった。
友達と学校帰りに寄り道もしたいし、夜はテレビも見たいし眠たくなればベッドに入りたい。
なのに弟達ときたら、学校からはまっすぐ帰宅し、食事や入浴といった生活時間を除いた他はすべてを本やピアノの時間にしてしまうのだ。
睡眠時間を削ることも日常茶飯事だった。
二人とも誰かに命じられたわけでもなく、自分がしたいからそうしているのだという。
両親の遺伝により、もともと人よりその才は多めに備わっていたところへ、寝る間も惜しまない時間の使い方とくれば、その才能がぐんぐん育っていくのはごく自然の流れだった。
そして二人がそれぞれの才能の片鱗を覗かせるたびに、私の胸がズキリと軋んでしまうのも、また自然な反応だったのだろう。
なぜなら私には、名前も、才能も、父と母から受け継いでるものが何もなかったから………
劣等感、疎外感、コンプレックス、この胸の痛みを何と呼べばいいのかは自分でもわからない。
でも、私だけが他の家族とは違うのだと、それだけは常に感じていた。
しかもその上私は……………だめだ、これ以上考えてたら暗くなってしまう。
文哉の些細な一言からどんどん思考の沼に沈んでいきそうになっていた私は、大急ぎでブレーキを踏んだ。
子供の頃からずっと抱えてきたモヤモヤに、今さら縛られたくはなかったからだ。
私に文学や音楽の才能がないことは幼心にも気付いたわけで、だからこそ、他のことで家族の力になろうと家事を頑張ってきたんじゃない。
今日のお昼はたまたまお母さんが用意してくれたけど、普段は私が家族の食事を任されているんだから。
私はパンパンと軽く頬を叩いて雑念を振り払うと、そのままその手を合わせて、文哉と「いただきます」の合唱をしたのだった。