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そのひと言は、まるで神聖な誓いのようにも聞こえて、私はごくりと躊躇いを飲み込み、もう一度手を伸ばした。


黒く、細長い、つばのない被り物。

今まで教科書の中や伝統的な儀式、もしくは映画や漫画とかでしか見たことのなかったものだけど、なぜかよく知ってる気になっていたりする。

だけど、実際にこうして触ろうとするのははじめてだ。

私はゆっくり、じっくり、指先をぐっと伸ばして、それに――――――



「………触、れた…………」



ピシッとか、パシッとか、そんな刺激があるわけでもなく、ただただ普通に、簡単に、私はそれ(・・)を持つことができてしまったのだった。



『オ、オーマイガ――――ッシュ!!!!』

『すご!めっちゃすごいやん!!こんなん出来た人、はじめてや!!』

『お嬢ちゃんってば、いったい何者なの?ほら、坊やだってびっくりしてお口が開きっぱなしよ』

『う、うっせえな!こんなやつ見たことねえんだからしょうがないだろ!』

『まことに、不思議な人物だ。どれ、我の持ってるこれ(・・)も拾えるか試してはくれぬか?』



飛び跳ねて大興奮の烏帽子男、袴三つ編みに、冷静を保ちつつもテンション高めの軍服マント、そして揶揄われていつものように怒鳴りつける小学生男子だったけれど、万葉集女王が手に持っていた柄の長い団扇のようなものをひらりと空中で扇ぐと、全員の動きがぴたりと停止した。

まるで凍りついたように動かなくなってしまった彼らは、固唾を飲んで私と万葉集女王のやり取りを見守っているようだ。


やがて万葉集女王は団扇のようなものを先ほど烏帽子が置かれていたあたりにスッと寝かせた。

私はまだ了承したわけではなかったけれど、こうなったら万葉集女王の実験にも乗らないわけにはいかない。

とりあえず、拾った烏帽子はそっとテーブルの上に置いた。


『Oh、サンキューです』


烏帽子男がいそいそと被り直し、微妙な角度調整を行う。

そんなに違いはないように思えるけど、今はそれどころではない。

私は万葉集女王の落とし物をじっと見据え、そしてさっきと同じように、ゆっくりと腕を近付けていった。


どこを触ったらいいかわかりにくかった烏帽子とは違い、私はその長い柄の部分に指を絡ませた。

すると烏帽子同様、何の衝撃もなくいたって普通に、拾い上げることができたのである。



『Oh、ザッツグ――です!』

『やっぱお嬢ちゃんは他の人とは違うんや!』

『フン、オレらが見えてるって時点でもうとっくに普通じゃねえんだよ!』

『そうね、確かにその通りね。アタシもそう思うわ』


各々が感想を口にしたあと、万葉集女王がおもむろに言った。


『其方、それ(・・)を、我の元に戻してくれぬか?』


万葉集女王は目線で私の握っている団扇のようなものを示した。

私が渡すものなら何でも触ることができた彼ら。

おそらくこれ(・・)も、私から万葉集女王に手渡すことができるだろう。

前例があったおかげか、私はこの依頼は気負わずに受け入れることができた。

ところが、


「はい、どうぞ……」


何の気なしに万葉集女王が差し出した手にそれ(・・)を乗せたとき、彼女の指先が、わずかに私の指に触れたのだった。



「―――っ!」



物を通してではなく直接触れ合ったのははじめだった。

私は反射的に肩を揺らしてしまい、目聡い軍服マントには動揺がばれてしまった。

あら……?そんな驚きの声が聞こえてきそうな顔をしている。

けれど万葉集女王だけは微塵も動じず、『ありがとう』と凛として微笑んだ。

間違いなく向こうも気付いてるだろうに、そんな反応は一切見せなかったのだ。


すると他3人がまた一気に盛り上がって。


『わあっ!すごいやん!これであんたの烏帽子が落っこちてもすぐ拾てもらえるな。よかったやん!』

『NO!そんなにドロップはしません!』

『してるだろうが!オメエの目は節穴か?!ああんっ?!』

『ヒ、ヒィィィッ!喧嘩はノーサンキューです!ピースフルプリーズ!』

『でもホンマにお嬢ちゃんはすごいなあ』

『まあ、普通のやつらとは違うってことは確かだな』

『ア、アイアグリーです!』


けれど話題は、すぐに少しの方向を変えたのだ。


『あ!ほんならさあ、うちらとも直接触ることができるんと違うん?』

『Oh、それはポッシブルかもしれませんね』

『………試してみるだけの価値はありそうだな』



袴三つ編み、烏帽子男、小学生男子の総意が、すぐにまとまった。


『というわけやねん、お嬢ちゃん。試してみてもええ?』

『レッツトライ!です』

『四の五の言わずに協力しやがれ』


小学生男子の物言いはいかがなものかとは思うけど、この男の子が実はツンデレなだけだともうわかっているので、私は3人のリクエストに応じることにした。



『ほらほら、握手』

『Oh、シェイクハンドですね』

『ハンドシェイクじゃねえのか?』

『ワット?』

『どっちも同じちゃうん?とにかくほら、手ぇ出して?』


私が彼ら(・・)にダイレクトに触れられることは、今さっき万葉集女王で実証済みだけど、きっと3人は自分達が経験しないと信じないだろうから。

そんな感じに、私はある意味結果を承知の上だったのだけど…………



私は、3人の誰とも、握手をすることはできなかったのだ。













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