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翌朝、母を仕事に、文哉を小学校に送り出した私は、キッチンの片付けと洗濯を手早く終え、リビングの窓を開けて空気の入れ替えをしていた。



『あら、昨夜の大雨が嘘のようにすっかり晴れたわね』


朝の挨拶をすっ飛ばし、軍服マントがスッと私の真横に並んで感嘆の声をあげた。

もっとも、彼ら(・・)に朝昼晩の感覚があるのかは怪しいところだけど。



『……おはよう』


あえてしっかり挨拶を告げると、軍服マントもにっこりと。


『おはよう、お嬢ちゃん。他のご家族はもうお出かけしたみたいだけど、お嬢ちゃんは大学に行かなくていいのかしら?』

「今日は昨夜の雨のせいで休校になったのよ」

『もうあがってるのに?』

「大学のメイン講義室がある建物で雨漏りしてるんだって」

『あら大変』

「梅雨だから仕方ないけどね」

『でもそれでお嬢ちゃんもゆっくりできてるのね。ちょっと安心したわ。昨夜は遅くまで付き合わせちゃって、ごめんなさいね』


言われて、私は昨夜のことを思い返した。



昨夜、私が苛立ち任せに烏帽子男と袴三つ編みにテレビのリモコンを叩きつけたわけだけど、まさかまさか、二人がそれを物理的に(・・・・)受け取ってしまったのだ。


当然、受け取った二人もその場に居合わせた軍服マントも大騒ぎで。

なんでも、今の状態になってからは一度だって自分が身につけている物以外には触れたことがなかったらしい。

例えば烏帽子男の烏帽子や、袴三つ編みが三つ編みを結んでいるりぼんなど、自分の物なら、もし落としたとしても自分で直接触って拾うことはできる。

でもそれ以外の物には一切接触できず、そのせいで私は毎夜テレビのチャンネルをあちらこちらに変える羽目になったのだから。


昨夜、信じられない出来事を目の当たりにした三人は、そのあと何度も試していた。

けれど、やはりリモコンに触れることはできなかった。

そこで、一度成功例を再現してみようということになった。

つまり、私が二人にリモコンを叩きつけることになったのだ。


すると、どういうわけか、パシッと、最初と同じように、烏帽子男も袴三つ編みもしっかりとリモコンを握れた。

一度だけでなく、何度も。

しつこいくらいに繰り返したけど、結果は同じだった。

そこで、今度は試しにリモコン以外の物を渡してくれと頼まれた。

私は目についた物を手当たり次第三人に渡していって、そしてそれらはすべて成功したのだ。



…………どうやら、私が手渡す者に限っては、三人も触ることができるようだった。



私が渡す物なら、何でも――――

そうわかったら、もう彼らの歓喜は止まらなかった。

興奮に興奮を重ねてお祭り騒ぎで、それを聞きつけた小学生男子と万葉集女王も事情を知るや否や珍しく喜色に染まった。


『信じられねえ……』

『まことに不思議だ。そのようなこともあるのだな』

『なあなあ、それやったら反対に、お嬢ちゃんはらうちらからも物受け取れるんかなぁ?うちらの持ってる物も触れると思う?』

『Oh、それはナイスクエスチョンですね』

『ちょっと試してみぃひん?』

『そうねえ、じゃあ、あなたの被ってるそれ(・・)、ちょっと落としてみてくれない?』

『ワット?』

『それそれ、頭に乗っかってる烏帽子のことやんか』

『ノ、NOOOOOOOOっ!!!!これは人前で脱ぐようなことは絶対にNO!ですっ!』

『おい、ごちゃごちゃ言ってんじゃねえ!今すぐそいつを外してここに落とせ!』

『オーマイガーッシュ!馬鹿言っちゃいけません!これは命の次に大切なもので…』

『あら、でもしょっちゅう落としてない?烏帽子』

『そうやそうや。昨日も落としとったやん。烏帽子』

『今は平安の時代じゃねえんだ。頭に乗ってなくても平気だろ。烏帽子』

『だが其方(そなた)がどうしても嫌と申すのなら、代わりに我が持ってるこの…』

『それには及びません!おいお前、いいよな?その烏帽子、こいつが触れるかどうか試すのに使っても、文句はねえよなあ?』

『ヒィッ………お、OKデス………』



小学生の少年に脅されて震えあがる平安装束の男…………

奇妙なれど面白すぎる光景だった。


そして渋々、本当に超渋々といった感じで命の次に大切らしい烏帽子を両手で脱いだ。



『こ、これでOKですか?』


なぜそんなに小学生相手にビクつくのかと思ったが、さすがにここでは言えない。

烏帽子男が居間のラグの上に烏帽子を恐る恐る置くと、真っ先に軍服マントが促してきた。


『さ、お嬢ちゃん。これに触れるか、やってみてちょうだい?』

(はよ)うやってみて?』


袴三つ編みも今か今かと興奮しきりに結果を求めてくる。

万葉集女王と小学生男子も何も言わずとも、じっと両の(まなこ)に力を込めているのはあからさまで。

私は5人の幽霊…もとい、自称ゴースト達から熱い注目を浴びながら、そおっと右手を伸ばしていった。


けれど一瞬、この世に存在しない相手の落とし物に触れてもいいのかと、疑念が過ってしまった。

5人からは怨念めいたものは感じないし、原さんというおそらく霊媒師的な人から厳しいルールを課され、それを厳守しているということは知っているけど、だからといって、彼ら(・・)が、ひいてはその持ち物が、私達生きてる人間にとって安全かどうかなんて確証はどこにもないのだから。


烏帽子まであともう少しというところで、私は怯んでしまった。

そしてそんな私にいち早く気付いたのは、やはり万葉集女王だった。



『気構えなくともよい。我らは誰も其方を傷付けたりはしない』










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