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区切りの関係で短めです。
クリニックに行った翌日、驚くことに、南先生の宣言が現実となった。
いつもなら大学正門で天乃 北斗に声をかけられているはずなのに、今日は姿が見えなかったのだ。
だけどその代わりに、従兄弟の天乃 流星が私を見つけるなり、隣の席に座ってきたのである。
ちょうど必修ではなく選択科目で、私は友人達とは別行動だったのだ。
もともと天乃従兄弟が二人とも選択していた講義で、ここ最近は私、天乃 北斗、流星の並びで着席することが多かったけれど、天乃 北斗がいないとなれば、私の隣が天乃 流星になったとしても不思議はないのだろう。
ないのだろうけど。
「おはよう、芽衣ちゃん!今日も可愛いね」
この男のおしゃべりは、天乃 北斗の10倍は鬱陶しかった。
無駄に明るく眩しくて、無駄に男前で人目を引く存在。
いつもは天乃 北斗が適度な防波堤になっていたけれど、今日は大波がかかりっぱなしだ。
「………おはよう」
「うんうん、いいね。敬語もすっかりなくなっちゃって、いい感じいい感じ」
渋々返した私の挨拶さえ、社交性の塊の彼には立派な会話の種になってしまうようだ。
すごい才能だと感心する一方で、甚だ迷惑だとため息つきたくもなる。
そしてこの男が楽し気に「あ、もしかして何で今日は北斗がいないんだろうって思ってる?」と訊いてきたときには、リアルにため息を吐いていた。
「まあ………二人はいつも一緒だと思ってたから」
「気になるんだ?」
「そこまで気にはならないけど」
「本当は気になってるくせに」
「………それで、もう一人の天乃君はどうしたの?」
「ほうら、やっぱり気になってる」
ああもう、いい加減にしてほしい。
どうして彼らはこうも私に絡んでくるのだろう。
しばらくしたら飽きると思っていたのに、天乃 北斗に関してはそんな気配は微塵もないし、この天乃 流星は飽きるどころか明らかに面白がってる。
「北斗が興味示した女の子なんて、俺だって興味あるに決まってるじゃん」
私が迷惑がってるのを気付いていそうなのに、彼はまったく悪びれずにハハッと軽く笑った。もう結構前のことだ。
そうはいっても、天乃 流星が一人で私に絡んでくることはこれまでになかった。
常に天乃 北斗が一緒にいたわけで、今日みたいに彼が不在というのははじめてだった。
二人は仲の良い従兄弟というだけで、特に一緒に暮らしているというわけでもないらしい。
それでも大学内ではいつも二人一緒だし、講義が終わると二人揃って帰っていく。
別行動なのは通学時のみのようだけど、天乃 北斗がいないことを不思議がる素振りもないので、きっと彼は前以て事情を知っていたのだろう。
一か月以上何かと付き纏われていたのだから、姿が見えないことに私が疑問を持つのは普通の反応だと思う。
だけどこの男に素直にそう答えたくない私がいた。
「………別に。ただなんとなく訊いただけだから。私、あっちの席に移るね」
そう言って立ち上がろうとしたのに、
「ああ嘘嘘、からかってごめん!あいつならただの夏カゼだから!」
天乃 流星がぐいっと私の腕を引いて止めたのだった。
「夏カゼ?」
昨日は元気そうだったのに?
「いや、まだ梅雨真っ只中だから、夏カゼっていうのはちょっと変か。ああ、梅雨カゼだ。ほら、昨夜遅くに雨降ったじゃん?あいつ出かけてたらしいんだけど傘持ってなかったみたいでさ、で、今朝見事に発熱しちゃったんだと」
「へえ……。それはお気の毒に」
「芽衣ちゃんが心配してたって教えたら、きっとすぐに熱も下がると思うよ?」
「別に心配なんか……」
心配なんかしてないと反論しかけて、いや、病人に対してその言い方はあんまりだなと飲み込んだ。
「………まあ、お大事に」
当たり障りのないメッセージに言い直すと、天乃 流星はニッと唇の端を上げた。
「やっぱ芽衣ちゃん、いいわー。すっごくいい子。北斗が興味持つのも納得納得」
同い年の相手に ”いい子” と褒められても、子供扱いされてる気分になってしまうのは相手がこの男だからだろうか。
さすがに頭を撫でられたりはしなかったけれど、ニッと笑ったまま天乃 流星は私の顔を覗き込んできた。
そのとき
「―――――あれ?」
サッと、まるでオセロの白が黒に変わるほどの急変で、笑顔を消したのだった。




