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それでも、原屋敷 百々子に関しては、私に面と向かって責めてくるだけ、まだましなのかもしれない。

彼女以外の女子は、誰一人として私に直接批判を訴えてこなかったのだから。


ただただ、みんなの人気者天乃君の近くにいるなんて許せない、彼女でも幼馴染でもないくせに馴れ馴れしい、分不相応すぎる、そんな大合唱が常に私の耳に入るか入らないかギリギリのところで木霊していたのである。



最初は、彼女達全員が私に敵意を示したわけではなかった。

中には私と天乃 北斗が ”仲良し” だと勘違いした女子もいて、自分を彼に紹介してほしいと頼んできたり、私が天乃 北斗に話しかけられるタイミングで私のそばに来たり、まあ、見え透いたお近付き作戦を実行してきたりもしていたわけだ。


それがある日、私がはっきりと彼らとは ”仲良し” ではない、彼らへの仲介はできない、そう告げたところ、彼女達のお近付き作戦は一気に私への陰口攻撃へと変更されたのだった。



ただ事実を述べただけで、そんなにきつい言い方もしてないのにな………


彼女達の変わり身の早さには驚いたけれど、もともといた数少ない友人達は変わらずに接してくれたし、例え私の家族の噂を聞いても特にあれこれ訊かないでくれたので、友人の有難さを実感できたという点では、ある意味よかったのかもしれない。


けれどやはり、見ず知らずの女子学生達にあれこれ言われるのも、変に目立つのも、実に実に不本意だった。いい加減鬱陶しくもなっていた。

だからといって、彼女達が陰口以上の直接的な攻撃をしてこない以上、反撃するわけにもいかない。

そうなるとこれらの要因である天乃 北斗に対し、私の苛立ちは積みあがっていく一方だった。


一度はっきり言ってやろう。

迷惑だからもう話しかけるなと。

余計ややこしくならないためにも、ギャラリーの女子学生がいないときを狙って。


そう決めたのは一週間以上前だったのに、彼のそばには常にファンと思しき女子がついてまわっていて、結局私はまだ天乃 北斗に抗議できないままだった。





「もう一週間か………いったいいつ言えるんだろう………」


ハァ……と息を吐いたそのとき。


「何か言いたいことがあるなら、いつでも聞くよ?」

「え?」

「え?」


突然耳元で聞こえた声に、私は跳び上がらんばかりにびっくりして振り向いた。



「あ………南先生」

「こんにちは、芽衣ちゃん。もしかして、僕に何か言いたいことがあるのかい?」

「ああ、いえ、違うんです。ちょっと、考えごとをしていて……」



さりげなく横目で辺りを見やり、自分がいつものクリニックの待合スペースにいたことを思い出した。

今日は南医師のカウンセリングの日で、私は大学を終えて午後の予約時時間よりもだいぶ早くにここに着いていたのだった。



「そうなのかい?よほど考え込んでいたようだね。呼んでも返事がないなんてはじめてだから、ちょっと驚いたよ」

「すみません……」

「もう少ししてから呼び直そうか?」

「いえ、大丈夫です。すみません」

「謝らなくていいよ。それじゃ、どうぞ」

「はい。失礼します」



南医師に促され、私はすっかり慣れているカフェのような、友人宅のリビングのような診察室に入っていった。




「芽衣ちゃんは甘い物大丈夫だったよね?」


私がいつものソファに腰をおろすのを待って、南医師はにこやかに話しかけてくる。

今日もカジュアルなポロシャツ姿で、相変わらず海外のモデルのように素敵だし、眼鏡越しの柔らかな笑顔には癒される。



「はい、平気ですけど…」


私の返事が終わるより前に、隅のミニキッチンからはカチャカチャとグラスを並べる音がしていた。


「さっき差し入れをいただいたから、芽衣ちゃんも一緒にお茶しよう。飲み物はアイスコーヒーでいいかな?アイスティーもできるけど」

「いえ、アイスコーヒーでいいです。すみません」

「だから謝らなくていいんだってば。芽衣ちゃんのそういう真面目なところはいいところだけどね」


ハハハと、優しくもさっぱりした笑い声をあげる南医師に、私はまた ”すみません” と言いかけてしまい、きゅっと言葉を飲み込んだ。


南医師がテーブルに出してくれたのは、私の好きな洋菓子店の焼き菓子だった。

そしていつもの90度法でオットマンに座ると、「もしかして、また ”すみません” って言いかけたのかい?」とクスクス笑った。



「………南先生には、なんでもお見通しなんですね」


降参だとばかりに素直に認めた私に、南医師は「そんなわけないじゃないか」とまた笑う。


「もし僕が本当に芽衣ちゃんのことをなんでも見抜けてしまうんだったら、こんな風におしゃべるする必要はないだろう?」

「でも大体のことは見抜かれてます。………両親でさえ気付かなかったことも」


私が音弥や文哉に対して育んでしまった劣等感や、自身の存在価値の希薄さ、著名な両親の存在にプレッシャーを感じていることなど、南医師が専門家の見地から的確に指摘してくれたおかげで、家族の理解も得られて、私の症状も今は改善方向にあるのだから。

私が倒れたあと、一歩間違えれば家族内でギスギスしていたかもしれないし、場合によっては両親や弟達を傷付けていたかもしれない。

でもそんなことにならなかったのは、南医師が患者の私だけでなく、家族に対してもフォローしてくれたおかげだ。

決して誰も悪くはないのだと、何度も何度も繰り返してくれた南医師は、父や母にも今後どうしていくべきか具体的にアドバイスしてくださったそうで、そのことを私の両親はとても感謝し、彼を信頼していた。


私みたいに気持ち的な問題で体調を崩した家族がいると、優しい人ほど、自分のせいじゃないか、自分がもっとああしていたら……と思い悩むらしい。

そしてその悩みが大きくなっていくと、今度はその人の気持ちが不安定になっていくこともあるのだという。

それはこの上なく綺麗なマイナスのループで、一度はまってしまうとなかなか抜け出せない。

私の場合は、そんなループができる前に音弥が気付いてくれて、両親に知らせてくれて、縁あって南医師と出会えて、家族の理解の下、改善に向かっている。

これはとてもラッキーなことで、私は関わってくれたすべての人に感謝の気持ちでいっぱいだった。


けれど彼は「まあ、僕はプロだからね」と、偉ぶるでもなく、ごく当たり前のことと見做していた。

そういうところも、彼の誠実な人柄を表しているようで、両親も私も信頼度を濃くするばかりだったのだ。



そんな西島家から全幅の信頼を受けている南先生のカウンセリングは、診察や治療といった雰囲気ゼロで、この部屋は居心地も良くて、私はついつい気軽な気分で会話を運んでしまう。

例えば、最近大学で私を悩ませていることとかも。




「へえ、大学で一番人気者の男の子がかい?」



私が天乃 北斗のことやそのせいで女子学生から反感を持たれていると打ち明けると、南先生は興味ありげな反応をしたのだった。












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