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引っ越してからの数週間、イレギュラーだったのは彼ら(・・)だけではなかった。


父は小説家で母は作曲家、弟は将来有望なコンクール入賞常連のピアニストの卵。

そんな特殊な家族構成を、私は大学で知り合った友人達には伏せていた。

それは高校時代までの実体験に基づいた、私なりの自己防衛だった。

家族に著名人がいると、周囲は私にまで特別な何か(・・)を期待しがちなのだということ、もう痛いほどに身を以て理解していたからだ。

例え彼ら彼女らがそう口にはしなくとも、言外に ”親や弟がすごいのに、この子は普通なんだ……” みたいな感想が必ず孕んでいるような気がしてならなかった。

もちろん、そんなのは私の勝手な憶測で、それは一般的には ”被害妄想” だと切り捨てられるのだろうけれど。


でも、被害妄想だろうと事実だろうと、傷付くのは同じなのだ。



どちらにせよ、とにかく私は高校時代までの苦い経験から、大学で新しく出会った人には決して家族のことは話さないでおこうと決めていたのだ。

そしてそのためには、変に目立ったりしない方がいいだろうとも考えていた。

中学高校と、私が中途半端に目立ってしまったとき、例えば何か些細なことで担任から褒められたり、逆に注意を受けたり、そんなときでさえ、両親のことがコソコソ取り沙汰されるのだから。


だから、私はひっそりと、良くも悪くも目立たずに、ごくごく普通の学生として大学生活を送っていたのだ。

……………なのに。



突如として私のテリトリーに入り込んできた男が、私の穏やかな大学生活を根こそぎ壊してしまったのである。



その男の名前は、天乃(あまの) 北斗(ほくと)

私に ”最近何か変わったことはなかったか” とおかしな質問をしてきた、大学一の有名人だ。

私はその場で即否定し、半ば強制的に受け取らされた彼の連絡先にも一度だってコンタクトは取っていない。

なのに彼は、その後も何かにつけて私に声をかけてきては、周囲の学生達、特に女子学生を大いに騒がせていたのだった。


学内のカフェや、講義の合間、時には通学途中にと、彼は私を名指しで呼びかけ、他愛ない会話を求めてくる。

だからといって私と親しくなりたいとか、もちろん色恋沙汰の雰囲気なんかも皆無で、いつものクールな態度と表情は健在だった。

はじめて声をかけられた日のように、別室に連れていかれるようなことはなかったものの、その代わりに人目のあるところで話をする機会が増え、そのたびに、周囲からは好奇心いっぱいの視線の集中砲火を受けるのだった。



”あの子なんなの?”

”北斗君とどういう関係?” 

”まさか北斗君の彼女?”

”まさか。全然釣り合い取れてないって”

”あんな普通の子が北斗君に何の用なの?”

”でもあの子、家族は普通じゃないみたいよ?”

”ほら、ちょっと噂なかった?有名な小説家の―――――”





注目を浴びることに慣れている天乃 北斗 は、コソコソ噂されるのにも一切動じなかったけれど、私はちらっとでも周囲から私の名前や家族のことが聞こえてくると、すぐさまどこかへ逃げ出したくなった。

それと同時に、私が4月から積み上げてきた ”平穏な大学生活” を、涼しい顔でいとも容易く崩壊させていくこの男に、沸々と怒りが込み上げていた。


しかも、彼が私を見つけて声をかけてくると、必ずと言っていいほど、従兄弟の天乃 流星も途中参加してくるのだ。

口数が多くない天乃 北斗と違い社交性に富んだこの従兄弟は、まるで私達が旧知の大親友かのように会話に花を咲かせ、盛り上げて盛り上げて、盛り上がり切ったかと思えば、すっと立ち去ってしまうことがよくあった。

残された私が学生達からどんな風に思われるかなんて構わずに。



それだけじゃない、その素振りから、どうも天乃 流星は、天乃 北斗が私に好意を持っていると勘違いしてるようだった。

無口な従兄弟の助っ人役を買って出てやってる、という謎のアピールを時々見せてきたのだ。

勘違いも甚だしいと、私はこちらの天乃にも腹立たしさを覚えた。

だって、どこをどう見ても、彼が私に好意を持ってるなんてあり得ないだろうに。

天乃 北斗が私を見る目は、恋してる眼差しなんかではなく、まるで観察対象から注意を逸らさないようにじっと注視しているような、そんなザラザラとした居心地の悪いものだったからだ。

それを見抜けないなんて、本当に二人は仲の良い従兄弟同士なのかと疑わずにはいられなかった。



そしてもう一人、厄介な人物が私のまわりをうろつくようになっていた。

以前、天乃 北斗のことで私に難癖をつけてきた女子学生だ。

名前を、原屋敷(はらやしき) 百々子(ももこ)という。


彼女は天乃従兄弟の幼馴染らしく、天乃 北斗が私に話しかけてくる場面に遭遇すると、まるでそれを阻止するかの勢いで入り込んでくるのだ。

………だったら、もとから彼が私に接触しないように是非とも見張っていてほしい。


けれど、前に彼女が私に見せた ”人の話を聞かない” というスタイルは天乃 北斗の前では鳴りを潜める傾向があり、彼が一緒にいるときの彼女からは攻撃を受けることはなかった。

だからといって決して控えめに振舞ったわけではなく、私に声をかける天乃 北斗を引き止めたり、もう行こうと促したり、とにかく彼を私から引き剥がしたいのは明け透けだった。

ある意味、素直で正直な性格なのだろう。



だけどこの原屋敷という女子学生、別の学部なので私は全く知らなかったものの、実は学内では天乃従兄弟まではいかなくともかなりの有名人だったらしい。

天乃 北斗、流星と親しい幼馴染というだけでも結構なポテンシャルだとは思うけれど、それに加えて、読者モデルをしてるとかしていないとか………

私はあまりファッション雑誌も読まないので、あくまでも噂で聞いた情報にしか過ぎないのだけど。



でも読者モデルと聞いて、私を侮る態度にも頷けた。

私は目立たないことが最優先の、ごく地味な服装、地味なヘアメイクを心がけていたものだから、彼女のようにいつもお洒落に気を遣っているような女子からは、色々言われたりするのだ。陰口的なものを。

まあ、もう慣れっこだけど。



それにこの原屋敷さんの場合は、きっと、ただ単に私のお洒落感度のみを蔑んでいるわけではないのだろう。

だって誰がどう見ても、彼女は天乃 北斗に特別な感情を持っているのだから。












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