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『だって、この世の中って、小説や映画以上にドラマティックなことがたくさん、た――――っくさん、起こってるのよ?フィクションよりもノンフィクション方が面白いに決まってるじゃない?以前は見たくても見られなかったことだって、今は自由自在に見学できるわけだしね。せっかく特等席での観賞券を手にしたんだから、それを見逃すなんてもったいないじゃない!……………え?ああもちろん、そこで見聞きしたことは個人情報保護の観点からも絶対に誰にも漏らしたりはしないけれどね。守秘義務ってことよ。アタシ、こう見えて口は堅いの。だからお嬢ちゃんも安心していいわよ?』
『うちは目え覚めたときはもう時代が大正から平成になっててん。ほんで、テレビとかもはじめて見たんやけど、その中でお笑い芸人さんとかタレントさんが面白い話し方で面白いことめっちゃいっぱいしてはって、一気にはまってしもてん。せやから芸人さんのネタとかバラエティ番組とか見たいから、ハラさんにここに残させてほしいってお願いしたんよ。………………え?いや、出身は関西ちゃうよ?東京の麹町区ってところやで。今で言うたら千代田区やな。関西弁は芸人さんばっかり見てたらうつってもうてん』
『Oh、それは、このワールドのフューチャーをルックするためですよ。グローバルに見ればエブリシングがチェンジしていってるではありませんか!ジャパンは今こそダイバーシティ、ワールドワイドな成長を視野に入れてチェンジを恐れずにトライし続けていくべきです。But!1000年前よりは格段にインターナショナルになってますので、ジャパニーズは自信を持っていいと思いますよ?1000年前は今で言うところの町内会のフレンドのハウスに伺うにもスピーディーにはいきませんでしたからね。それに比べて、今のジャパンはソーエキサイト!ファンタスティック!オーサム!マーベラス!ベリーベリー………………え?1000年もの間いったいどこにいたのか、ですって?ノンノンノンノン、それはトップシークレットです』
『オレがこの世界に残りたい理由なんて聞いて、どうするつもりだ?お前には関係ねえだろうがよ』
『あら簡単なことよ。坊やは大好きな漫画の続きが読みたいから、ここに残りたかったのよね?ほら、中高生男子に人気のヤンキー漫画よ。ちょっとやんちゃな男の子達がいじめっ子や学校とか町の悪者をやっつけちゃうお話、知らない?坊やはそのヒーローに憧れてるのよねえ?だからわざと乱暴な言葉遣いをしちゃったりして、まったく可愛いったらありゃしないわ』
『う、うるせえなっ!よけいなこと言うなよ!それから坊やって言うな!可愛いって言うな!だいたい、見てくれはオレの方が子供だけど、実際に生まれた年も、こっち側に来たのも、オレの方が先輩なんだからな!敬えよな!』
『はいはい。敬愛申し上げておりますよ、お坊ちゃま』
『だからお坊ちゃま言うなっ!!』
『我がこの世界にとどまった理由は、おそらく何かはあったのだと思うが、何分かなりの昔になるのでな。記憶に残しておらぬようだ。話が弾まぬ答えになってすまぬ』
『貴女が謝る必要なんてありませんよ!おいお前、なにこの方に気を遣わせてるんだよ!お前の方が変な話題を持ち出してすみませんって謝れよな』
『坊やったら、それはあんまりよ。お嬢ちゃんは何も悪くないじゃない』
『イグザクトリーです』
『ホンマやホンマや』
『う、うるせえっ!』
『あらやだ、お顔が真っ赤じゃない。可愛いわあ』
『ホンマにお子ちゃまやなあ』
『ソーキューティーですね』
『うるせえうるせえうるせえっ!』
『其方たちはまことに仲が良いな』
『あら、そう見えます?』
『全然!仲なんか良くないですから!』
『えーっ、うちは仲良しやと思てたのに』
『ミートゥーです』
『我も其方とは ”仲良し” だと思っておったが?』
『え?それは、でも、そんな…』
『みんな仲良しでいいじゃない。アタシ達はみーんな仲良し。もちろん、お嬢ちゃんも含めてね。ねえ、そう思わない?』
「…………そうですね。もうそれでいいんじゃないですか」
彼らがこの世界にとどまりたい理由も、彼らが仲良しなのもじゅうぶん理解したけれど、それよりも私がこの5人に対して強く強く学んだことは、
5人が揃うとおしゃべりが終わらない…………ということだった。
万葉集と小学生は口数はあまり多くはなかったけど、他の3人が揃っているとほとんど必ず集まって来たし、烏帽子、袴、マントの関しては数分黙ってたら死んでしまう病気にでもかかってるんじゃないかと思うほどに、超絶おしゃべりだった。
………いや、もう死んでるんだけど。
そしてこの三人は、なかなかに厚かましかった。
どう厚かましいかというと、3人が3人とも、私に色々と ”お願い” という名の要求をしてくるのだ。特に、テレビをつけろとうるさかった。
烏帽子は英会話の勉強になるからと海外の映画やドラマを。
お笑い好きの袴はバラエティ番組や漫才特番を。
マントにいたってはドラマでも映画でもバラエティでもワイドショーでも、とにかくなんでもいいからテレビを見たいと毎日リクエストしてきたのである。
家にいるときは学校の勉強か家事をしていた私は、もともとテレビを長時間見る習慣がなく、両親は仕事部屋にこもることが多かったし、音弥は寮に入ってて不在だし、文哉はテレビを見るなら本を読みたいタイプなので、我が家ではテレビがつけっぱなしになっていることはあまりなかった。
が、3人からのリクエスト攻撃があまりにうるさかったものだから、私はリビングのテレビをつけっぱなしにするようになったのだ。
この世界の物に触れられない彼らは、もちろんテレビを自由につけることはできず、私が電源を入れるのを待つしかなかった。
当然、チャンネルやネット配信の切り替えも私頼みで、ことあるごとに別室で用事をしてる私のところへやって来ては〇〇チャンネルに変えてほしい、△△の番組が見たい、そう宣った。
驚くのは、3人はネット配信どころかテレビの番組表の見方、ハードへの録画予約までもを熟知していたということだ。
それだけでなく、最近の流行やニュース、話題のエンタメに最新家電やIT関連グッズの使い方など。
3人だけでなく万葉集も小学生も、5人ともが、現代社会にとても順応していて、もしかしたら私以上に情報通なのではと怖くなる瞬間さえあった。
彼ら曰く、この世界に滞在するということは、まるで3Dの映画を内側から見ているような感覚らしい。
楽しいし面白いけれど、そこにいる登場人物達は自分達が見えていないわけで、この世界に無闇に干渉してはならないというルールがある以上、自分達はあくまでもただ見てるだけ。
何年も何年も。
その間、膨大な時間を手にした彼らにとって、その時代その時代を学習していくことは暇つぶしの一つになっていたのだという。
ただ、情報や使い方を知っていても、それを操作することができない………それが彼らだった。
だけど、そんなジレンマは私の登場によって一部解消されることになったわけで、3人が私にあれこれオーダーしてくるのはこれまでに溜まっていたフラストレーションが弾けたせいかもしれない。
ただ彼らは、私が一人のときにしか話しかけてはいけない、というルールを守って、文哉が起きてる時間帯は姿を現さないでくれてたので、私も、可能な限りは彼らのリクエストを受けてあげようという気持ちではいたのだった。
まあ、私が急にテレビを見るようになったと、父にも母にも驚かれはしたけれど。
そんなある日のこと。
文哉も就寝し、両親は仕事部屋で、私一人が居間で彼らの求めに応じテレビを操作していると、ふと思い出したように袴三つ編みが訊いてきた。
『なあなあ、今思い出したんやけど、この隣にある部屋って、なんなん?』
「隣って………ああ、ピアノ室のこと?」
『ピアノ室なん?そう言えば引っ越しのときに大きなピアノ運んできとったなあ』
『Oh、ミュージックルームなのですね?』
「それがどうかした?」
『それがね、前は普通にあの部屋の壁も通り抜けられたんだけど、お嬢ちゃん達が引っ越してくるちょっと前に工事してからは、どういうわけだかアタシ達が入れなくなっちゃったのよ。ま、他にもそういう場所がないわけじゃなんだけど、今まで入れたところが急に入れなくなるなんて、あまりなかったから、いつか機会があれば訊いてみたいとは思ってたのよね』
『でもついついテレビとかに夢中になってしもて、うちも今思い出すまで忘れてたわ』
『ミートゥーです』
『おや、今宵もまた皆で集まっておったのだな』
『お前達、暇だな』
『あら、坊やだって気になってたんじゃないの?この隣の部屋のこと。急に入れなくなった―――っ!って怒ってたじゃない』
『そりゃまあ、気になるっちゃあ、気になるけどよ』
『せやったら、ほら、一緒に訊いたらええやん。で、なんでなん?なんか知っとる?』
5人の視線が私に一極集中する。
私が彼らの納得できる答えを出せるかは不明だが、思い当たるふしはあった。
「ええと………、もしかしたら……って思うのは、あの部屋、引っ越し前に完全防音にしたのよね」
『完全防音って、音が外に聞こえへんってこと?』
「そうそう。弟のピアノのためにね。結構本格的な防音工事をしたらしいから、壁もかなり分厚くなってるはず。だからなのかなな?ねえ、さっき、そういう場所もないわけじゃないって言ってたけど、それってどんな場所なの?」
『そうねえ、色々よ?でも、前に大きな岩の中を通り抜けられなかったって聞いたことがあるから、確かに厚みは関係してるのかもしれないわね』
『But!このハウスでPIANOが聞こえてきたことはナッシングだったと思いますが?』
「ああ、それは、弟…上の方の弟しか弾かないからよ」
『え、そうなん?姉弟やったら一緒に習ってたんとちゃうん?』
「私は下手だから。弟のピアノは一流のピアニストが弾くような、有名なピアノだから、私なんかが軽々しく弾いちゃだめなのよ。だからほら、下の弟が勝手に入って弾かないように、扉にも鍵をかけてるでしょ?鍵は時々仕事で弾くこともある母親が持ってるの」
『じゃあ、お嬢ちゃんは全然弾かないの?』
「そうよ?これっぽっちも」
『上手いとか下手とか気にせんと弾いたらええのに』
「でもあまりにもいいピアノだから、なんだか気後れしちゃうのよね」
『お前、そんなことでいちいち悩んでたら、この家で生きていけねえぞ?』
「……いや、すでに死んでる幽霊に言われてましてもね」
『ノーッ!幽霊じゃなくて、ゴースト!ウィーアーゴースト。OK?』
「……どっちも同じでしょう?」
『あら、全然違うわよ?アタシは、ゴーストの方がオシャレで好きだわ』
「……そこにオシャレを求めますかね?」
『でもほら、幽霊ってなんか怨念とか持ってそうな感じせえへん?』
「……逆にゴーストが怨念を持ってない証拠もありませんよね?」
『我はどちらでもよいと思う。が、その呼び名が望ましいと申すのなら、そのようにしてやってはくれぬか?』
「……かしこまりました」
こうして、おしゃべりな彼らとの夜がまた更けていくのだった………




