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引っ越してきてから、数週間が過ぎた。
この数週間は、本当に、本当の本当に、毎日がイレギュラーの連続だった。
彼らとの遭遇からはじまり、なんだかんだとおかしな同居生活になってしまい、毎日誰かしらが私の家に出入りするようになっていたのだから。
当初は得体の知れない存在(しかも5人)に対し、警戒心やら不安を抱えたし、もっと言えばそんな不可思議なものを信じられるわけないという超否定的な心情だった私だけど、初っ端から文哉のことで世話になったのは事実だし……と、恩に思う気持ちもあったせいで、徐々に徐々に、なんのかんの言いながら、5人と慣れつつあった。
だいたい、彼らが普通過ぎるのがよくないと思う。
だって、透けてるわけでも足がないわけでも浮いてるわけでもないし、うらめしや的な恨み関連の話もしないし、むしろ逆にテレビで芸能人の不倫を扱っていた時なんかは、倫理観はどうなってるんだと、えらくご立腹だった。
特に袴三つ編みと烏帽子男が。
…………倫理観って、死んでからも通用するんだ……?
内心でそう突っ込んでしまったけれど、それは口にしない方が賢明だと判断した。
とにかく、ほぼほぼコスプレしてる人間と変わりないように振舞うものだから、こちらも普通の人間に対する接し方になってしまうのだ。
時々、壁の中に入っていくこともあるにはあるけれど、まあそれは置いておこう。
5人は毎日必ず揃っているわけではなかった。
でも、家のどこかしらには常に誰かがいるものだから、いい加減、家主(正確には家主の娘)として、私は二つの選択肢を考えなければならなかった。
”彼らを追い出す” か、それとも、”彼らと共存する” のか。
もう一つ、”彼らを徹底的に無視する” というのもあったけど、それは私の精神衰弱を招くだけだろうと却下した。
つまり、私は彼らを受け入れるのか排除するのか、そのどちらを選ばなければならなかったのだ。
まあ当然、最初に浮かんだのは ”排除” の方だ。
だって、相手は幽霊なんだから。一緒になんて暮らせるわけない。しかも5人もいるんだから。
完全に容量オーバーである。家的にも私の精神的にも。
だけど、じゃあどうやって彼らに退去願うのか、それを考えると、何一つ実現可能な案は出てこなかった。
真っ先に思いつくのは専門家による除霊だろうけど、さすがに父や母に内緒で行えるわけないし、費用だってバイトもしてない私には工面できない。
だったらセルフでとも一瞬過ったけれど、安易に素人が手を出していいジャンルではないだろう。
除霊どころか返り討ちにあったらどうしようもない。
それなら、超丁重にお引き取りを願ってみたらいいんじゃないかと、ストレートに実行してみたはいいけど、万葉集女王以外の4人から呆気なく論破されてしまった。
ちなみに万葉集女王にはお引き取りの話さえさせてもらえなかった。
あの人の圧は、やっぱちょっと尋常じゃないと思う。
………いや、だから彼らの存在自体が尋常じゃないんだけど。
ということで、そんなこんながあって、私は仕方なく、他にどうしようもなく、本当は嫌なんだけどもうしょうがないから、彼らがこの家に滞在する状況に目を瞑ることにしたのだった。
ただ、互いに見える、見られてるの関係を快適に維持するために、私達はいくつかの決まりごとを話し合った。
小学生男子は『めんどくせえ』と不満そうだったけど、他の四人はわりと賛成してくれて、最終的には万葉集女王の一声で満場一致となった。
私がまずはじめに5人に提示したルールは、姿を見せたり話しかけていいのは私が一人でいるときだけ。
これは、私以外の家族が一緒にいるときに出てこられたら、私がおかしな態度をとってしまう恐れがあるからだ。
家族、とりわけ小さな文哉と超が何個もつく怖がりの父には、彼らの存在は知らせたくなかった。
それから、通常、他人に見られたくないこと…例えば、入浴やトイレ、着替えなど、そういうエリアや瞬間は絶対に覗いたりしないこと。
これは私に対してだけでなく、家族全員が対象だ。
特に彼らが見えてる私は、急に壁を抜けて部屋に入ってこられたりしたら叫んでしまうかもしれないので、私の部屋には勝手に入ってこないことを強く念押した。
とにかく全般的に、こちら側に極力迷惑をかけてくれるなという内容を伝えた。
5人からは特に異論もなく、了承してくれた。
その代わりとして、いくつかのお願いを持ち出してきたのだ。
ひとつめは、彼らの素性を決して探らないこと。
彼らが死亡しているのは事実で、いわゆる幽霊と呼ばれる存在であるのに間違いはない。
本来、その類の存在は、あらゆる方向から消滅させられることが多いらしい。
まさしく私が思い浮かべた除霊なんかがそれである。
だけど彼らの場合はある種特別な存在らしく、一定の条件をクリアしてることにより、消滅される恐れを回避しているのだという。
その条件のひとつに、”生前の自分を知ってる人間が周りに一人もいないこと” というのがあるらしい。
これは、たぶん、生前のあれこれ…恨みとか後悔とか遺してきた想い? そんな感情に左右されてよからぬ展開にならないように、ということだと推察する。
そしてそのため、軍服マントが私に自分のことを知らないかと尋ねたのだろう。
彼はその業界では有名な舞台俳優だったらしいから。
どうりで整った顔立ちをしてるわけだ。
ちなみにマント付きの軍服は舞台衣装らしい。
彼らには他にも、人様に危害や恐怖心を与えてはいけない、迷惑をかけてはいけない、例え見える人に出会っても、生前知り得た情報を容易く明かしてはいけない、その人の名前を知ったとしても呼んではいけない……等々、この世界に残るためにたくさんの条件があるらしい。
彼らは真面目にそれらを厳守しているそうだが、万が一破ってしまえば、この世界から抹消されてしまうのだという。
それらの規則がちゃんと守られているのかをチェックする人物もいて、その人物から許可証のようなものを与えられているからこそ、巷に意外と多く存在する除霊専門業者からの撤退要請にも屈することはない……とのことだった。
………除霊専門業者って、そんなにあちこちにいるの?
とっさに過った疑問は、とりあえず今日は飲み込んでおく。
とにかく、5人はそうやって管理された幽霊で、その管理をしているのが、時々名前のあがっていた ”原さん” という人物だった。
なんでもその ”原さん” とやらは、とてつもなく大きな力を持っているそうで、彼らのような、死亡後もこの世界にとどまるモノを片っ端から強制退去させているらしい。
そんな中で、人間に害を為さず、規則を厳守できそうだと判断したモノのみ、この世界での滞在を許可しているのだと、5人を代表して万葉集女王から説明された。
ではなぜ彼らがこの家にいるのか、それは、その ”原さん” が何年も前、当時空き家だったこの家を彼らの滞在先に指定したせいだった。
………まったく迷惑なことをしてくれる。
もし今後顔を合わすようなことがあれば、絶対にクレームを入れてやる。
私の中では評価は底辺のまた底辺に落ちた ”原さん” だけど、5人からは絶対的な信頼と畏怖を向けられているようだった。
”原さん” の言うことは絶対なのだ。
けれどただ恐れているのではなくて、5人はとても親しみも持っていた。
彼らは何かにつけて ”原さん” の名前を持ち出していたから。
それぞれが ”原さん” と面談し、なぜこの世界にとどまりたいのかを訴え、それを受け入れて滞在許可を与えてくれた ”原さん” は、5人にとっては恩人のような存在だったのかもしれない。
では、5人が何としてもこの世界に残りたかった理由とは何か。
それは……………
…………………ただの好奇心だったらしい。




