第1話『グロと世界の狭間』
ここは…どこだ……
目の前に広がるのは白塗りの世界。
境目も曖昧で、地に足が付いているのか、浮いているのかも認識できない。
急な変化に対応出来ず立っているのか座っているのかもわからない混乱のなかで、とても大切な人が、やっとずっと居られると思っていた人が居ない事だけが実感として有った。
『やぁ…気分はどうだい?』
やけに気楽な声に意識を向けると、そこには真っ白な青年がいた。
唖然としていると、青年は少し呆れた様子で語り掛けてくる。
『君たちがあんまりにも煩いから気になってね、つい拾い上げちゃったんだ。』
なんの話だ?この人はいったい誰なんだ?
落ち着け…無視するのは良くない、とりあえず状況を知りたい。
「すみません、ちょっと混乱していて…心配してくださってありがとうございます。」
『いやいや、全然大丈夫だよ。混乱している様子なのも理解できるし、それに心配なんて……いや、そうだね!心配心配!!』
どこか噛み合っていない会話に違和感を感じながら状況を把握する為に周囲の様子を再び観察する。
やはり一面が真っ白で端が有るのかすら確認できない。
「少し落ち着かせてください。」
『いいよいいよ、ボクにはいくらでも時間がある!有りすぎて退屈すぎるくらいにね。良く思い出してくれると良いよ。』
混乱がまだ治まらない中、少しずつ思い出して来た。
「っ…!彼女は!?…すいません、もう一人近くに誰か居ませんでしたか?」
『あー、彼女ね。彼女のことなら知ってるよ♪聞きたいかい?』
「本当ですか!?良かった…みーも生きてたんだ!良かった…良かったぁ……」
一番知りたかった事を聞けた事で安堵が胸の中に広がる。
『うん?いや、死んだよ?君も、彼女も、そりゃーもう最高な具合に♪』
それは明るく楽しげな声色で、暗く腑に落ちる回答で思わず声が漏れた。
「なんだそれ……じゃあ、みーは…どうなって……」
あの時あの瞬間、やはり死んでたんだ。
あんなに楽しかったのに、幸せだったのに…
高望みした訳じゃない、ささやかな幸せで……ずっとそれが続くって、帰って二人でって。
『なんだも糞も無いよ!そんなことはどうだって良いじゃないか!君たちは幸運だよ!!』
「どうだって良い…?幸運だ…?死んだんだぞ?明日の予定も有ったんだ…これからだって……それなのに何が幸運なんだ!!」
余裕が無い事もあり、あまりにも他人事で心底楽しそうな声に思わず声を荒げてしまう。
『だって君、今こうして少なくて救いの無い浅知恵で考えてしゃべっているじゃないか♪』
一瞬キョトンとした顔をした後、バカにしたような目付きと口調で青年は平然と答えた。
「どういう意味だ…?」
『君だって薄々気付いてるんだろう?人が死んだら考えることなんて出来ないって。魂とかスピリチュアルな話はしないでくれよ?面白くないから♪』
「つまり…俺は死んではいないと…?あなたが神様みたいな存在で、俺を生かしてくれているとかそんな都合のいい話だとでも言うんですか…?」
『そのとーり!!大正解!!ピンポンピンポーン!いやー呑み込みも頭の回転も悪いからどうしようかと思ってたよ♪最近の君たちの文明では認識が進んでるんだからもっと早くそこに気付いて欲しい所だったね!』
やけに明るい上に失礼過ぎるが、どうやら神様か悪魔かはわからないが、アイツは特殊な存在であるらしい。
走馬灯、夢か幻でなければだが…
こいつの話を信じるなら俺は半死半生、あるいは似たような形のようだ。
『ほらほらー感謝感謝だよー?ちゃんと助けてもらったんだからお礼は言わなきゃ、礼儀だよレ・イ・ギ!君たちそういうの好きでしょ?』
「……ありがとうございました。」
釈然としない気分を抱きつつ、気を悪くさせないように頭を下げる。
『いいね!良い心がけだ、やはりコミュニケーションというのは敬いの心が大事だよね!』
こちらをニヤついた顔で青年は覗き込む様にして続ける。
『それより、聞きたいことがあったんじゃなかったのかい?』
「そうだ……彼女は、彼女はどうなったんですか!?」
掴みかかる様に青年に近づくと、掴もうとした自分の腕は無く、つんのめる様に青年の前で動きが止まる。
『君の彼女なら、先に行かせたよ。君よりも拾い上げやすかったからね!』
「拾い上げやすかった…?どういう事でしょうか…?」
青年は少しの間をおいて、質問などなかった様に話を続ける。
『さて、そろそろ本題に移ろう。君は死んだ、君のミスで彼女共々ね…。そこで、この優しくも慈悲深いボクは君たちにチャンスを与えてあげようと思う!』
やけに鷹揚な態度で、青年はこちらの返答を待つ。
「チャンス…?まさか異世界で魔王を倒せとかそんな話ですか?」
『はっ!そんな難しい事なんて任せられないよ。それに今は魔王所か……ゴホン!とにかく君にはそんな難しい困難な事は求めないさ!』
「では、何をすれば元の世界に戻していただけるのでしょうか…?」
『うん?元の世界に戻すなんて一言も言ってないよ?』
先ほどの明るくどこか他人をバカにした態度は鳴りを潜め、表情が抜け落ちた様な、人ではないと直感できる様な顔で目線を合わせてくる。
「あっ…」
自分の都合の良いように捕らえようとしていた自分の勝手さと、青年の不思議な圧力で上手く声が出せない。
『そんな旨い話が有るわけ無いじゃないか、君はバカな上に図々しいよ。まぁ実に人間らしいと言えばそうなんだろうけどね。』
青年は再び明るく楽しげな雰囲気に変わると、オーバーにかぶりを振りこちらに語りかけてくる。
『チャンスというのは、命を与えてあげようって話だよ!元の世界にわざわざ手間掛けて戻すまではしないけど、新しい命で生き物らしく幸せ目指して1から頑張って貰おうって話さ!』
『君も、彼女もね。』
「っ…!!彼女も一緒にですか!?」
思わず聞き返すと、青年はひどく楽しそうに小さな声で囁く。
『あぁ…2人とも新しい命でやり直して貰うよ…。』
「ありがとうございます!!」
前世に未練も後悔もある、残してきた家族の事、良くしてくれた彼女のご両親、数は多くないが気心の知れた親友たち。
本音を言えば生きていて欲しかった、苦しい思いをしたんじゃないかと心配もある。
しかし彼女と一緒なら頑張れる。
自分勝手だが、少し安心し何よりまた彼女と一緒に居られることが嬉しかった。
『とはいえだ、ボクも二人も転生させて同じ場所に産まれさせるのは難しいから自分で探してね!君たちの価値観では愛の力は偉大なんだろ?証明して見せてよ!!』
「えっ…いったいどんな場所で、彼女は…!!」
言い終わる前に不思議な浮遊感と魂が引きずり込まれるような感覚に襲われ、意識が途絶えた。
『じゃあね、精々足掻け、ぬるいバカども』
落ちていく感覚の中で、途絶える寸前に聞こえた言葉がやけに耳に残った。
堕ちていく魂を見送りながら不敵な笑みを浮かべる彼は囁く。
『まぁ精々楽しませてくれよ、新しいオモチャ君……大丈夫さ少しずつ手伝ってあげるよ……ボクが楽しめる様にね………生まれ変わった君が自分の状況に気付いてどんな顔をするのか楽しみだよ。』