見かけによらず Part.2
体に鋼線が食い込む前に一点を断ち切り、前へと進む。ほぼ滑空状態で接近するが、相手も近寄られたくないからか更に数を増やした。
「フッ!!!」
刀の速度を上げる。連続で四回斬り払い前へと進み続け、足の力を強めた。
俺はさっきの事を思い出し、思わず薄く笑みがこぼれた。
巴月とやらの行動に腹が立った理由は、言葉に出来ない。だがきっと、紫が関係している。紫には俺に喋ってない何かがあるはず。何かっていうのは、あいつの核となるような過去の出来事。それも、命や死が関わる事だ。じゃなきゃ人との関わりが少ない俺が、赤の他人が死んだ程度で怒る意味が分からない。
レグリアスが死ぬとアルミスも死ぬ。
目に見えない繋がり、縁、愛、絆。恐らくそのどれにも当てはまらないものが、俺達を縛り付ける。その縛りあげたもののせいか否か、確かに繋がりを感じる己が不思議でならない。
「・・・はっ!」
笑みを消し空中で回転して追撃を斬り払う。斬っている間にも相手は後ろに下がり堂々巡りの沼へと沈む。
「だー!!おっ前正々堂々って言葉知ってる!?」
「あぁ。態度、または手段が正しく立派な様の事を言うのだろう?それなら、俺でも知っている」
平然とドヤ顔を足したような表情は、人を苛つかせるのに十分過ぎる効力を持つらしい。
「おーおー良い度胸してんじゃねぇか」
「?何がだ?気に障るような事を言ったか?」
こんっのド天然が!
こいつのお陰で社会の真理を知った気がする。一番腹が立つのは悪意の無い無意識の棘だということだ。
だが落ち着け俺・・・事を急いては仕損じる。深く息を吸って、短く吐き出した。
「なぁ、ひとつ聞かせてくれ」
どこか真剣な目で見つめる彼。真実を求める探偵ではなく、幼い子の素直な瞳であった。
「何だ?」
小首を傾げて言う彼も、幼さが拭えない目で聞き返す。
「人を殺したのは命令だからか?」
「あぁ」
「・・・そうか」
「アンタが案ずる必要は無い、元々死ぬ運命にあった奴だ」
人間には寿命がある。俺達アルミスに身体の成長はない、だから寿命が無い分死ぬのは他殺以外有り得ない。こいつの言っている事も最もで、人間は何もしなくても何かしても死ぬ。例えそうであっても、本当に命を奪って良い理由になるか?自分の気持ちとは関係なく、疑問は膨れ上がっていく。やり場のない、解消しようのない不快な感覚を他所に、右手に握った剣を向けた。
「アルマ、俺はお前を認められない。裏とか事情ってやつがどんなであれ、許せない」
「・・・誰にも赦しを乞うつもりはない。そんな不遜を、働くつもりはな」
「不遜?何言って」
俺が口を動かす最中、言わせる気は無いというかの如く鋼線が俺を中心に周りに現れ、一斉に襲いかかる。驚いたせいで反応が遅れ動きが鈍った。お構い無しの猛攻を避けるべくバク宙で下がるが、鈍りは致命傷とはいかなくとも傷を負う羽目になる事となり、宙に血が飛んだ。頬と額から流れる血は想像より多かったらしく、切れた形通りに滴り落ちる。
「死ぬぞ」
「死んでも斬る」
斬り込んでも斬り込んでも決定打にならないのは、小さくも絶対的な差である経験値。紫の家にゲームがないから情報だけだが、ゲームでは戦ったり何かしたりすると経験値が手に入る。この場合、俺はアルミスになりたてホヤホヤ。一方、アルマはド天然の性格はどうあれ、戦闘面は俺より全然上だ。引き際は慎重に見極め無ければならない。
それと勝負をしない事は別なのであり、俺にとっては挑むことの方が重要だ。再度自分から戦闘の火蓋を切っていきに足に力を込める。体が前に出て軌道に乗ると左端から見覚えのある速さと形状の物が映り、咄嗟に刀で弾き返す。見計らったように動き出した鋼線を手首を返し横一線で取り除いた。失速は危険と判断したので、一旦また後ろへ引く。
前へ責め出せないのにはもう一つ理由があった。正体不明の狙撃手、その超絶地味な援護だ。注目して欲しいのは超絶地味の部分なんだよ。どこから狙ってるのかは、位置は変わらないから大体把握しているが、打つタイミングが言いたかないが上手すぎる。位置をアルマと入れ替えて縦にしようとしても、アルマも避けようとするので代わる代わる交代するまではいい。代わった直後に弾が来て、隙を作られてしまう。そう、隙を作るタイミングが上手すぎるのだ。そちらに気も取られるしで、攻め込めず地団駄を踏まずには居られない。
だが弱点として、弾が来る間隔からスナイパーライフルはボルトアクション式だと予想出来る。一発、もしくは三発打ったら装填しなければいけないはず。連続で打つことは殆どない。援護が無ければ殺り易さが増すというもの!
「はぁぁぁ!!」
足を曲げ前傾姿勢で突っ込む。これ以上先延ばしにしていたら、相手の援軍、紫の体力切れなど、危惧する事態が起きる可能性が格段に上がる。それだけは避けなければ。髪を突風に晒しながら両手に握り直した刀を振り上げた。今度は殺すという意思表示か、鋼線を幾重にも折り重ね強度、殺傷力を上げて張り巡らせる。正面左右、正面のも斬れるか分からないのに左右からも絶え間ない攻撃。これは、死んだか。俗に言う走馬灯を見ることも無く死がゆるりと近づいて、死神が手招きをするが、その誘いに乗る気は全くない。
線と刃が触れ合う数センチ。
頭上から大きな鉄の物体が降ってきて、俺達の間に躍り出た。剣の上から叩き潰してきたのはどうやら斧らしく、形状は片側が大きく反対が少し小さくなっている。驚いたのは突然の来訪もそうだが、その大きさ。目測でも俺の背丈を優に越す事が一目で分かるほどだ、全長を測ったらいったいどのぐらいの長さになるのか、想像もしたくない。片刃の剣には上からの力には脆かったらしく、刀が音を立てて真ん中がぼっきりと折れた。視界の端まで迫って来ていた攻撃もアルマの意思と同期していたかの如く、動きを止めて急になりを潜めたのだ。何が起きたのか確かめるべく刀から手を離し下がる。
「初めてみる顔だな」
新たに得物を出現させながら呟く。まず目に付いたのは白と青の長い長いドレス。百合の花を彷彿させるその美しさに一刻見蕩れたのは否定できない。美しい花には刺がある、だったか。棘と言うには切れ味が良すぎるそれは、違和感がある筈なのに、むしろ美しさを引き立てているとすら錯覚させた。
「それはそうね、貴方とは初対面ですから。お初にお目にかかります。私、決して貴方とは敵対関係にあるものでは無い者です、と言っても、何も証明する物はないのだけれど」
俺の方を向き、一笑して言いあげた。口元に手を添える動作や口調からして、おしとやかな奴なのが伺える。この手の奴に限って腹黒いと相場が決まっていたりもするが、そんな事を言っては居られないのは十二分に理解しているつもりだ。
「敵だろうが味方だろうが関係ねぇよ。邪魔なら斬る」
殺意を込めた言葉をぶつけると刃の戻った刀を下段に構え、中腰の姿勢になる。相手に背を向けるギリギリで力を溜めた。今にも動き出しそうな引いた右足と両手を見据えたと見えたら、振り下ろしたままの斧を軽々担ぎ上げて、ある提案をしてきた。
「目的は貴女の救援、正確には彼女の救援に参りました。私は私の目的を果たす為、あの狙撃手のお相手をしましょう。それだけでも、貴方が彼に勝てる勝率が全然違うと思いますよ」
真意が分からない以上、迂闊に信用するのはダメだ。しかし、それだと引っかかる点がある俺とアルマの攻撃を仲裁に入った時、アルマの反応は嘘をついているようには思えない。二人がグルで演技をして騙そうとしている可能性もあるにはある。次第に眉間にシワが寄っていき、何気なく後ろをふりかえってみた。そこには先程よりは体力切れしている紫と、面食らった顔が似合わないスーツ男が、仲良く俺達を見ていたのだ。共通しているのは、どちらも目を丸くしてこちらを見ている。巴月が固まっているということは、アイツにとってイレギュラーな登場なはず。なら。
「なら行動で示せ、礼は言う」
「そこは礼は言わないぞっ!とか言うんじゃないんですか?」
またもくすっと笑った。
「ありがたいと思ったから礼を言う、当然だろ」
「それもそうですね」
青い瞳を細め微笑みを向けた。
「私の名前はタルトレット。以後お見知りおきを」
斧を片手に持ち空いた手でスカートの端を持ってお辞儀らしきことをする。今までで見ないお辞儀にたじろいだ俺がおかしかったのか、更に目を細め直ぐに居住まいを正す。
「彼女に伝えてください、貴女の友は健在だと」
細められた目が鋭い光を放ったと思ったら、その光は淡く散り行った。光の正体は分からないが、タルトレットにとって、もしくは主たるレグリアスにとって重要なんだろう。貴女の友は健在だと・・・か。
「いやっ待て待て!!それだけ言っても分かんないだろ!!」
危うく流されるところだったが、伝言にすらなってねぇぞ!中世にいた占い師の予言並の暗号だわ!
「それでは」
「話聞けって!・・・行っちまった」
俺の言葉など意にも介さず、巨躯の斧を持っているとは思えない軽やかさで跳んで行った。やり場のない感覚に頭を抱えるが、今は時間が一分でも惜しい。
「横割りされたが、続けようぜ」
「ちょっと、あの乱入はアリなの?」
「スポーツだったらレフェリーが止めに入るだろうな」
美人だがとんでもない格好をした女性が飛んで来たかと思えば、直ぐに別の場所に行ってしまった。敵なら絶望的だったが、どうやら少なくとも危害を加える気は無いと示してくれたので助かった。
「そろそろっ貴方との喧嘩も飽きてきたんだけど、負けてくれない?」
口を動かす途中で、つい息が詰まってしまった。呼吸は決して荒いという程ではないが、着実に体力が減っているのが自覚出来る。性別の差異とは、ここまで大きく出るのか。
「お前、本当に何者だ?」
「それは、貴方たちの方がよっぽど知っていると思うけれどっ!!」
地面を軽く飛び顔に殴り掛かる。予想していた通りカスリもせずかわされた。コンクリートの冷たさを手の平に一瞬感じ、痛みを伴いながら反撃をかわす。最初に会敵した時と差程変わらない夕陽を眺め、次に巴月に視線を変えた。この時、ほんの少し緊張を解いてしまった。巴月の後ろから誰かが歩いてくる。これはまずいことになった、そう微かに働く脳が告げた。
「いやー!お見事お見事!女子高生が大人の警官相手にここまで粘るとはっ!!」
同じスーツに身を包んだ男性が、後ろからにこにこ顔でやって来た。敢えて大人の、を強めに言ったのを聞くと、性格が悪いんだなぁと苦笑いしてしまう。それさえ除けば感じの良さそうな人に見えなくもない。しかし、しかし、
「センスがなぁ・・・」
口に出すつもりはなかったが、ついぼやいてしまったのは許して欲しい。いわゆる一世紀前のバブル期からタイムスリップしたと勘違いしてしまっても、仕方がないというものだ。臙脂色のスーツに黒に近い紺のシャツ。タチの悪いヤクザかとツッコミたくなる装いだ。幸運にも、私の独り言は聞こえていなかったようで、咎める様子は無い。頬を緩めたまま友達に話しかけるみたく近寄り、肩を組んだ。
「孝宏くぅん、随分とお仕事が長引いてたからさぁ、俺、待ちくたびれて迎えに来ちゃった♡」
語尾にハートでも付きそうな勢いで話すが、要は仕事に時間かけすぎだろ舐めてんのか若造、そう言いたいわけだ。若造だと誇張したのは、見た目的な判断だけである。遠回しにおじさんだーとか思ってない、決して。
「報告書を貴方が書く訳でもないでしょう。仕事はします」
巴月が敬語に戻った。順当に考えれば、彼は巴月より地位が上になる。
「勿論、それはわかってるよぉ?でもさぁ、君もこーんな未来ある若者を殺すなんて仕事、今までしてきた訳じゃないじゃない?まぁだから俺が駆り出されたんだけど」
最後は心底面倒そうに吐いた。成程、元々あの二人で行う仕事だったのか。なら、何故巴月は一人で来た?お目付け役というくらいだ、別にあの人が手を出す訳でもないのに、なんで来させなかった。
「まぁいいよ、仕事がこなせれば、俺も上も文句無いし。ってわけで!放っといて悪かったね!君を殺すのは大変心苦しいんだけど」
「できるものならね」
二対一、か。状況は更に悪化した。片方は体力も有り余っている、最悪、相討ちに追い込みたいところだが、私が死ねば栄司も死ぬ。あまり無茶は出来ないのだ。あのおじさんを完全に無視すればいけるか?希望的観測に過ぎないのか、それすらも、今は判断しがたい。
苦し紛れに私は相手を睨みつけていた。全くどうしてこうも苦境にしか立たされないのか、誰か教えて欲しいものだよ。
心の中で苦笑を零していると、後から来た男の方の目の色が変わった。実際に目の色が変わった訳では無いが、それ程に表情が一変したのだ。歓喜から畏怖へ。相手にとって知らない人などこの場には私しか居ないのだから、当然、私に向けられた感情になる。
意味が分からなかった。
驚きならまだ分かる。よく見れば美少女だったとか、可愛らしい顔立ちに見えるとか。だがそういうものでは無いと、ひと目でわかる程に、彼の表情は曇っていた。
「・・・そうかそうか!君がっ!!いやー、運命ってやつは本当に、伝説というものを分かってるねぇ!!」
まだ靄のかかった顔に笑を貼り付け、また意味の分からない事を発した。私という存在に心当たりがあるらしい。だがどこで判断した?今まで私の全体像は見えていた筈だ。そこまで距離が離れていないし、盲目だったとしても第一声に私を見つけた等と言いはしないだろう。思惑は消化されぬまま、ページはめくられる。
「孝宏君、命令だ。ここは手を引く」
この言葉には巴月だけでなく、私も驚いた。ここまで荒事を仕掛けて置きながら、ヘンテコ男も加勢した今、撤退する意図が読めない。やはり巴月も想定していなかったようで、苛立ちを隠しきれない様子で反論する。
「アンタの冗談はもう聞き飽きました。これだけのことをしていながら撤退なんて」
ふざけてる、そう喉から吠える前にあの男の声が耳に届いた。ギャップ萌えなんて可愛らしいものじゃない。底冷えする冷気をまとわせ、彼に告げた。
「副隊長の命令が聞けないのか?君がそんな愚図でイカレてて使えない奴だとは知らなかったよ、廃棄処分、するか?」
肩に置かれた手がひたりと首に添えられる。彼の目と行動はホンモノだ。そんな脅しに怯みはしなかったものの、指示に従う意思表示として、両手を上げた。
それを確認して、花が咲いたように笑い手を離す。ヒマワリを想起させた。
「そっかぁ!!俺、断られちゃったらどうしようかと!」
白々しい、二人は同時に呟いた。
ひとまず命は助かった、そう考えて良いだろう。しかし、彼、もとい副隊長の考えている事が全く分からない。私を逃がして何の利益があるのか、頭の中を廻る廻る。どれだけ考えても解の出ない問に更に頭を悩ませていると、どうやら彼らは本当に帰るらしい。
「この借りは必ず返す」
「返すも何も、作った覚えも作られた覚えも無いんだけど」
呆れながら返すも、こちらをあまり気にしていないようだ。
「んじゃねぇ菅原ちゃん!今度美味しいお店紹介させてっ!」