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ALUMISに願いを  作者: 鬼桜天夜
第1章 「鎖縛に花開くダイモンジ」
8/19

見かけによらず

さっき警察なら簡単に伸せると言ったけれど、それは本当の事だろう。ただ、それは警察が相手ならの話だ。

もっと言えば、普通の警察官は、だが。


「突発的に人を蹴り飛ばすとは、一体どんな教育を受けているんだ」


「義務教育は修了しているのであしからず」

彼は私の目の前に来ると、同じ動きで胸元からカードのような物を取り出した。墨みたいな黒のカードには、警察手帳と同じで名前が白文字で大きく書かれていたが、ある部分が決定的に違っていた。


巴月 孝宏(はづき たかひろ)...それがあなたの名前ですか」


「AESC、巴月 孝宏だ。菅原 紫殿、私とご同行願おうか」

この言葉にカチンときたのは否定しない。


「ご同行?睡魔に襲われているのなら、お家へ帰ったらどうですか」

寝言は寝て言えと言うやつだ。いや、寝ていても許さないけど。こんなくだらない小細工をしておきながら、自分と一緒に来い?頭沸いてんのかって言わなかっただけマシだと思って欲しい。

それに、AESC?文字からして何かの略称なのは間違い無いのだろうが、イマイチピンと来ない。

だが「A」のアルファベットは分かる気がする。あいつはレグリアスを知っていた。という事は、アルミスも当然既知の事実。アルミス、アの母音はAだ。単純に頭文字だけ取ったのなら、最初はアルミスという事になるが、何か情報を得られるかも。怒りを抑えるのは得意だ。


「まぁまぁそう言わず、落ち着いてください。何も私はここで一戦交えようとは思っていません、抵抗しなければこちらも何もしません」

前言撤回、この人有り得ない。


「あんな馬鹿げた芝居しておいて、しらを切るおつもりで?呆れ果てました。小芝居は大方、私がどこまで気づいているかを見定める為だったんでしょうが、逆効果でしたね。正面突破の方がまだ判りにくかった」


「...」

彼の目の色が、変わった。

自分の目的を言い当てられたからか。いや、それは無い。あくまでこの人物は任務に忠実。つまり、


「元からそういうつもりだったさ」

タイミングで言えば、バッチリだったと言えるだろう。空を切る音が届いたかと思えば、右から爆音が轟いた。思わず両手で風を塞いで目を閉じる。何事かと轟音の主を確かめると、それは少し泥に塗れた栄司だった。


「栄司!?えっ、家にいたんじゃないの!?」

家と栄司を数回往復して見て、驚愕を隠せないでいたが、背中を打ち付けられた栄司がむくっと起きて振り向きざまに言った。


「俺の安否の確認が先だろ...。いや、それがよぉ」

訴えかける目でこちらを見つめ、吹っ飛んできた方向を親指で指した。そこには巴月と同じ、スーツに身を包んだ男性が居た。桔梗色の髪の足下には、もう一つ黒色がカタカタと震えているのが目に入る。震えている方は口にガムテープを貼られ、首根っこを荒々しく掴まれているが、身じろぎするだけだから、手は縛られていると推測出来る。しかしこの状況を見ると、事態は粗方把握出来た。

レグリアスを知る人間と、アルミスである栄司に手傷を負わせる男。この二人はレグリアスとアルミスのペアだと考えるのが妥当だ。だが気になるのは、縛られている男の方だった。

男は思ったより距離を詰めて、走り出せば攻撃出来る範囲で立ち止まった。


「警察を名乗るなら、人の扱い方ぐらい覚えたらどう?今すぐその人を離して」


「そちらは頼み事が出来る立場かな?」


「なに?」

眉間に皺を寄せて聞き返すと、栄司が瞬時に立ち上がりこちらへ向かって来た。


「危ないっっ!!」

彼が言い終える前に、彼は私を突き飛ばした。目の端から飛んで来た物に撃ち抜かれて、鮮血が走る。それが栄司の腕から出た血だと理解するのに、そう時間はかからなかった。


「ばかっ!!」


「平気だ、傷は見た目ほど深くない」

右腕の二の腕を庇いながらそう答える栄司。確かに出血しているが出血量は多くない、言っていることは事実なのだろう。しかし、私が彼に肝を冷やすとは。それほど彼に仲間意識を持っている事の裏返しだと思うと、不思議な気分になる。

地面には銃痕の様な後が残っていた。つまり、狙撃された事を裏付けている。だが不可解だ、ここ周辺には高層建築物の類いは無い。私も視力には自信があるが、辺りを見回しても狙撃出来そうなポイントは見当たらないのが現状だ。どこから撃たれたか分からない以上、確かに迂闊な行動は自分の首を絞める。

一旦栄司は置いといて立ち上がり、なるべく慎重に巴月と名乗る男に問う。


「その男性は誰?見たところ、私の知人では無いけれど」

表情を変えずに言う彼は、人間味が少ない、という言葉が似合う。


「こいつの名前は篠原 祐人(しのほら まさと)空想の主君(レグリアス)だ」


「!?」


「こいつの罪状はちゃっちい強盗だ、守秘義務からあんまり言えないけどな」

この人、いつの間にか敬語抜けてるし意外と粗雑なのね。それはさておき、罪状・・・という事は、彼は罪を犯したという事になる。その手のものは警察が取り扱うのが普通だ。それを何故この人、いや、AESCが?

目を瞑り、思考を加速させる。本来は警察がするべき仕事をAESCが処理する理由。それは普通の事件とは、ある事が違うからだ。じゃ無ければ、そもそもAESCという組織自体が必要無い。

組織自体...?あぁ、成程。


「アルミス、及びレグリアスが絡んだ事件のみを扱うプロフェッショナル、それがAESC。違う?」

巴月をしっかりと目を見据えて啖呵を切る。そんな私に驚きもせず、彼は質問を質問で返した。


「何故アルミスが関わった事件のみなんだ?」


「だってじゃなきゃそんな組織、存在価値が無いもの。人の力で片付けられるなら、軍で十分よ」


「ならおかしいな。()()に声をかけたのは、お前が考える組織としての目的に当てはまるか?」

巴月の言うことは最もだ。私はレグリアスを知っている。しかし事件等には関わっていない。じゃあ、AESCに声をかけられた理由はどう説明する?

レグリアスが関わっている事件。この仮説通りに考えるなら・・・。事件、じけん。


「まさか、清水綺嗣はレグリアス?」

私が目を見開いてきくと、彼もまた驚いた表情をした。


「・・・成程」


「何がよ」

強がってはいるが、中々墓穴を掘ったとほぞを噛む。これじゃあ清水を追っているのを、自ら告白したようなものだ。


「チッ。つくづく腹の立つ奴らだ」

巴月の掠れたぼやきを、私は聞き逃さなかった。その時の表情は、怒りの中にどこか複雑な想いが込められているようで、胸をざわつかせた。


「まぁいい、仕事は全うする。アルマ!!」

今まで黙っていた男は、どうやらアルマという名前らしいが、呼ばれても空をずっと眺めている。


「おいアルマ!」


「ん?何か言ったか?」


「仕事中だろうが、今度は何見てたんだよ」


「カラスが何か咥えていたようだから、目を凝らしていたんだ。孝宏は、何か用事か」


「用事じゃなくて仕事だ。始めろ」

それを言うが否や、顔色一つ変えずにアルマと呼ばれる腕を広げる。この時に危機感が作動しなかったのは、恥ずかしい以外の何物でもなかった。

今しかないと思い、足を踏み込んで地面を蹴り飛ばす。何か仕掛けてくるだろうとはもちろん考えた。だがこの機を逃せば、私の命も篠原という男の手綱もずっと握られたままになってしまう。

目に見えてアルマとの距離が近づく。篠原をアルマから引き剥がすことが先決すべきだ。狙うのはアルマではなく、篠原の奪取。お荷物が一つ増えるのは致し方ない。

左足を前に出して手を前に出そうとした。そう、したのだ。


「っ!退けッッ!!」

栄司のつんざくような声が私の肌を刺激した。反射的に前に出かけた手を引き、踏み込んだ足に逆方向へ力を込める。視界に広がる銀の線を見つめながら。

ありったけの力で後ろへ飛び退くが、周りを浮く銀からは逃れられなかった。

空想の主君(レグリアス)としての力を使うと、アルミスだけでなくレグリアスにも追加効果、簡単に言えばバフが付与される。といっても、超能力が使えたりなどは出来ない。せいぜい五十メートル走九秒台が、六秒台、七秒前半まで足が速くなるとかその程度だ。もちろん、デメリットもある、と言いたいが、反動や負荷などの類は、今のところ目がほんの少し熱くなるだけで、無いと言っても差し支えない。私のように人と接触する事が多いと、目の紋様だとか、突然の運動神経開花で怪しまれてしまう。それが無ければ、素晴らしいドーピングと言えよう。別にズルではない。そもそも相手が人間じゃないんだから、それぐらいのハンデ(ギフト)があっても神様だって容認してくれるはずだ。

つまり、使える手は使うって事!!

急速に、身体に、目に、熱が駆け巡る。体に銀がまとわりつくかという刹那、銀が光を煌めかせて散った。粉雪のようにヒラヒラと舞い降りる銀は、手に取ると冷たくて本当に雪なのかと錯覚させる。


鋼線(ワイヤー)、か」

アルマのワイヤーが武器だとすると、かなり面倒なことになる。


「ギッリギリだったなぁ。立てるか?」


「平気。それよりも、よく私ごと斬らなかったね、褒めて遣わそう」

軽々しい口調で言いながら立ち上がる。


「はいはい勝手に言ってろ。しかし・・・篠原は取り損ね、後ろからは銃口を突き付けられたも同然。状況打破とは到底言い難いぞ?」

刀を担ぎながらいつもの軽薄そうな笑みを浮かべて答える。両者とも戦闘態勢に入っているが、如何せんこちらが不利な事に変わりはない。人質、そして見えない狙撃手。対してこちらはか弱いJKと刀一本。最善策は人質を無視して戦う、今の所それが勝算は高い。でも、それは出来ないのだ。私の信条に反するし、寝覚めが悪くなる。それは除外だ。

巴月は反撃した事など考えの内だと言わんばかりに冷静を保っていた。アルマの方へと振り返る。アルマは武器であろう鋼線で篠原を縛り上げており、時折胃から吐き出た呻き声を漏らしていた。かなり雑に絡めとっているせいか、腕や足が本来曲がらない方向へ曲がっているのが痛々しい。体にくい込んでいるせいで体中血が出ているのが、下の血溜まりを見ればよく分かる。助けたとしても、まともに生活できるかどうか。


「菅原 紫、お前にもう一度聞こう。AESCとご同行願おうか」

静寂が二人の間を通る。見ず知らずの人の命と自分自身の命。天秤にかけるまでもなく、その価値の差は歴然だ。私はそれを、真に理解していなかったのだろう。


「却下。こちらももう一度言わせてもらう。彼を、離して」

強めの言葉を発すると同時に、足元が赤色に塗れた。振り返った先のぼとぼとと落ちる肉片は、もう動いていなかった。ぶつ切りに裁断された篠原が悲鳴をあげることも無く、ただ静かに殺された事が、現実だとは考えたくもない。考えたくはなかった。


私が殺した。


人質である事には変わりなかったが、まさか本当に殺すとは思わなかったのが不覚だったか。あの警察手帳は紛れもない本物だ。あんなものが非正規の組織が用意できるとは考えにくい。警察のお抱えである組織が、非公開とは言え国のルールを破る事は有り得ないと思っていたが。


私の独断で殺した。


また、また、人が死んだ。


「テメェらぁぁぁああ!!!!」

初めて見る彼の激昂した姿。それすら何も考えられなかった。

物凄い速さで私の後ろ、巴月へと駆ける。アルマではなく巴月に飛びかかったということは、怒りだけでなく理性が働いていることの証明だ。




屋上での打ち明け合いの時、こんな質問を投げかけたのだ。

「ねぇ、桐生。気になった事があるんだけど」


「なんだ?」


「アルミスかレグリアス。もしどちらかが死んだ場合って、どっちも死ぬのかな」


「あーそれな。それは確認済みだ、ライラ」


「はい。アルミスだけが死んだ場合、レグリアスには何の影響もございません。ですがそれを利用して遠く離れていても、アルミスはレグリアスと離れた分、力が減少します。ですので、得策とは言えないでしょう。一方、レグリアスが死んだ場合、アルミスも芋づる式で消滅します」


「えっそうなの?」


「申し上げた通りです。離れる、がどの程度なのかは正確には解っていないので申し上げられません。ですが今言った事は全て真実です。本来、これらの基本的情報は現界した時にアルミスが持ち合わせているはずですので、彼はそれらが欠落しているのでしょう」


「おい!今バカにしただろ!」

隣でギャーギャー騒ぐ栄司を物理的に鎮め、この話を胸の内に収めた。




きっとこの話を栄司も覚えていたのだろう。直近の出来事だし、重要なものだと心が覚えていたと考えるのが妥当だ。

でも、それが何?

今更そんな事を覚えていてなんになる。私は結局、幼くて未熟で、何も守れない・・・

私にはもう、振り返る勇気が無かった。


「力があるだけでっっ!!何も出来ない奴を蹂躙する!!!クソみてぇな奴らとMAUの!!一体何が違うっっっ!!」

・・・嗚呼、そうか。

彼には過去というものがない。記憶喪失ではなく、元々無いのだろう。彼と話していて思っただけの、確証がないはなしだけれど。そんな彼が、私の想いに共感したのではなく、自分の決断で命をかけている。後ろまで伸びたアルマの鋼線と斬り合う音が張り付くように聞こえる。背中が、前頭前野が、揺れた。

私は後ろへ走ると、意を決して呼びかける。


「栄司っ!アルマと狙撃手お願い!!」


「・・・はっ!無茶言うなぁ!!」

一瞬驚いた様に振り向いて、いつもみたいにコロッと表情を変え笑い飛ばすように笑った。すると、巴月への進行を止め私の方へ駆け出す。目線も交わさず、私たちは交錯する。

初めて動揺を見せる巴月はお構い無しに突進を続けた。勝てる保証は微塵もない。変な組織に所属するレグリアス。まったく、燃える展開だね。


「交渉決裂か」


「どこをどう見たら交渉なのかなっ!!」

勢いもそのまま腹めがけて飛び蹴りを喰らわせる。思惑は外れ小さな動作でかわされた。着地と同時に踵を返す。巴月はもう戦闘準備をしており、右手、右足を前に構えてストレートを繰り出した。まだ目で追える速さなので顔面スレスレで避けると、次手が本命だったのか唸りを上げた右足が迫ってくる。後ろにかわそうとしても生憎家の塀が私を拒む。塀を飛び越える時間は残されていない。狭まった選択肢から叩き出されたのはガードすることだ。

左脇腹を狙った蹴りが当たる寸前でガードする。私が女の子だということを忘れているのか鍛えていなかったら腕の骨にひびでも入っていた筈だ。流石に男性らしい体格とパワーには押し負け、重心はぶれずとも数メートル吹き飛ばされてしまった。腕の痛みを振り払うように手を一払(ひとはら)いする。


「ボクシングと空手の併せ技」

不意にそう呟いた声が彼に届いたのか、見るからに嫌そうな顔をしてこちらを見た。私達がこの会話をしてる間にも、後ろの火花は勢いを増している。


「なんの事だ?」


「初手のストレート、構えから一瞬ボクシングかと思ったけど、それにしては空を切る重みが違った。そして二手目の回し蹴りも重みがあったが速さがカラテとは違う。ということは、この二つを掛け合わせたと考えるのが妥当でしょ」

つらつらと言ったが、この問いには確かめる意味合いの方が強い。見た感想を伝えた、という表現がいいと思う。


「そういうお前は、どちらでも無さそうだけどな」

肯定も否定もせず巴月は続ける。どうやら当たっているらしい。


「ご明察、私はそのどちらでもない」


「どこの流派だ?」


「答える義理は、ないっ!」

言い終える前に地面を蹴り出していた。殴りかかって行くがまたもかわされ、相手の反撃もかわす。どちらの攻撃も当たらぬまま、文字通りの一進一退の攻防になっているその間も、火花の散る速度が上がっていくのを肌で感じていた。








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