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ALUMISに願いを  作者: 鬼桜天夜
第1章 「鎖縛に花開くダイモンジ」
6/19

仕事仲間

翌日、朝九時。桐生は早乙女さんを連れて、本当に家をノックした。準備はしてあったので、いそいそと制服を着て眠たげに家を出た。制服の桐生の隣には、OLさながらの風体の早乙女さんが、今日も無表情にこちらを見ている。早乙女さんのメイド服以外を見たのは初めてなので、どうにも違和感が拭えなかったのは心に仕舞っておこう。栄司に至っては未だに部屋着のままで、しかも「後から追いつく」と言う始末。仕方が無いので、三人で製薬会社へ向かう事にした。

電車に揺られ乗り換えて約一時間半、電子マネーを使い改札を通って、新設された駅の高架下を歩く。科学力が発展しても、電車は撤去作業にかかる費用や利便性から、現代でも廃止されることは無かった。改札ではカードではなく、手の甲で決済をする人も多い。

一部の人では、体にチップを入れて簡略化を図る人が居るが、個人的な意見だと賛成派ではない、と思う。そもそも多額のお金がかかるし、体に何かを埋め込むのは抵抗がある。拒絶反応が出ていないのは知っている。しかし、どうにも受け入れ難い。そもそもお金がかかる時点で、私とは縁遠い話だ。関係ない思考は、頭から放り出した。





駅からはそこそこの距離があったので、私と桐生は普段通りの会話をした。早乙女さんもと誘ったのだが、遠慮されてしまったのだ。話を振ってみるが、悉くかわされてしまうし、何より私が嫌いな可能性もある。そんな相手に話を振るのは、寧ろ逆効果というもの。なので、気を配りながら桐生と話す事にした。

私達が話した内容は、件の宮里製薬について。といっても、私が保有している情報は皆無に等しいので、それを呆れられながら、彼の話に耳を傾けていた。

宮里製薬は、ここ数年で急激に株を上げた会社で、いわゆる、バイオベンチャー企業、というものらしい。企業して間もない会社だが、メキメキと頭角を現し、遂には大手製薬会社として成長したという訳だ。しかし、良い話には尾ひれがついてしまうもの。ある事ない事書かれ、評判が多少は落ちると思われていたらしい。らしいのだが、そういう訳でもなく、あまりその手の噂が立っていないという。

今までの話を聞いただけでも、ホワイトでクリアな会社なのが十分に伝わった。だが、そんな会社と殺人鬼である清水綺嗣に、何の関連性があるというのか。それが気になって桐生に聞いてみるが、何が面白いのか、ニヤニヤして「秘密」としか言わないのだ。若干の苛立ちはあれど数分もすれば分かるので、その苛立ち(ほとぼり)が冷めるのを待った。





歩いて三十分は経っただろうか、一時間かかった気もするが確かめるのも些か面倒に感じ考えるのを止める。その建物はやっと見えて来た。他のビル群と比較しても、規模が段違いなビルは、目的地の宮里製薬本社だった。ここ最近に作られたからか、見ただけでも綺麗なのが分かる。

社員の人達がまだ仕事をしている時間故か、警備員と営業部署と思しきかっちりとしたスーツを着込んだ人しか居なかった。いや、よく見ると受付に淡いタイトスカートの女性がメモを取り出し、係員の人と話している。記者の人だろうか、随分と熱の篭った顔付きで前のめりになっていて、受付の人に哀れみの視線を送った。

というか、桐生はアポとか取っているのだろうか。流石にここへ来たのに理由はあるだろうけど、ここから先どうするかは、私は何も知らされていない。不安が私の体を駆け巡りながらも、迷いなく進む桐生の後に続く。

自動ドアをくぐり、空調の風が顔を撫でる。清潔感のあるオフィスには、大人の喋り声が聞こえてくる。受付の静かそうな女性と髪を下ろした記者風の女性は、話が終わったのか、記者風の方は落胆している。女性の真横に来ると、女性はこちらに気づき慌てて退いた。

桐生はさも当然かのように、受付嬢の人に言い切った。


「すいません、社長代行の楓慎 揄士郎(ふうま ようしろう)に通させてくれませんか」


「しゃっ・・・!?!?」

私は上ずった声で驚いてしまった。言葉だけでも偉い人物なのが分かるが、よりによってトップスリーには入りそうな社長代行!?目が点になっているのもお構い無しに、彼と受付嬢は続けた。


「事前にアポイントメントは取っていますか?」


「いえ、ですが伝えるだけでも伝えてください。桐生湊斗が来たと」


「えぇと、申し訳有りませんが、事前のお電話が無いとダメという規則がありますので・・・」

受付の女性は、少し困り顔で言う。彼女の言う事は正しい。急な訪問が通るはずはない、うん、そりゃそうよ。


「うーん、これは困った」


「・・・桐生さん、あまり紫さんを不安にさせる事はしない方がよろしいかと」

TPOを弁える為か、早乙女さんはさんを付けていた。それよりも、早乙女さんは、桐生が私を不安にさせていると言った。わざわざ。そう、わざわざ。考えるより口が先に走り出す。


「桐生、君もしかして・・・」

私の考えは的中したのか、桐生は不敵な笑みを浮かべた。私はげんなりした顔をわざと作るが、そんなの気にしていたらこんな性格はしていない。

左から自動ドアが開く音が聞こえ、反射で振り向いた。そこには、背の高い男性がスーツに身を包み歩いて来ている。前髪が目にかかる長さで、見た目は若く顔立ちがかなり整ってる方だと思う。左耳だけ見えるが、ピアスは一つだけなものの、穴は他にも空いているのが伺える。こちらを見ると、桐生と似たような悪い笑みを浮かべ、薄い茶色の髪を揺らして近付いて来た。

自動ドアに近い私の隣まで来て何をするかと凝視していると、受付嬢の方に挨拶をした。意外と言っては失礼だが、礼儀はある人のようだ。見た感じ、チャラさが抜け切らないサラリーマン、といった感じだが。その風貌も相まってか、受付の女性の目がハートになっている気がする、幻覚症状でも出ているのだろうか。挨拶を済ますと、今度はこちらに矛先が向いた。正確に言うと、私ではなく桐生に。


「やぁ桐生君、久しぶりだね。珍しいな、君から訪ねてくるなんて」


「やめてください。いつも俺からしか行かないでしょう、それに先日お会いしましたよ」


「ふふっ、そうだった気がしなくも無いが・・・ところで桐生君、そこで目をまん丸にしているお嬢さんは、君の彼女さんかな?」

穏やかな声で話し合う彼らは、傍から見たらイケメンの歓談に見えるだろう。だがそれは断じて違う、断じてだ。この場にいるから分かる、二人とも目が笑ってない!!

その場の空気とは反対に、私は冷や汗が垂れるか否かという心境だった。

それにしても、桐生とはどういうご関係なのだろうか。親しげに話すあたり、よく会っては居るのだろうけど。まぁ、そこは気にせずとも、後で聞けばいい話か。

私は桐生という人間をよく知っている。あの手の人種の考え方としては、「全ての事柄から弱みを握ろうとする」のだ。全ての事柄、というのは言い過ぎなのやも知れない。だが、話している時は注意しなければいけないのは事実だ。話す仕草、目の位置、そして内容。彼じゃないからその全部は分からないが、やりづらい事この上ない。慣れれば問題無い、とも言いきれないからね。

そして今、そんな人達から話が振られたが、正直言って私に飛び火して欲しくない。というかもうしてるけど。


「違いますよ、桐生とは幼なじみでして。菅原 紫です、よろしくお願いします」

東洋人にしては珍しい黄緑色の目を、茶髪の隙間から覗かせる。どうにも気が抜けない相手だと、ほぼ直感で認識した。桐生とはまた違った気が抜けない人。

私が笑いかけると、それに応じてあちらも爽やかに微笑した。


「そうでしたか、それは失礼しました。菅原さん、僕の名刺をどうぞ、これで僕の事が少しでも伝われば僥倖なのですが・・・」

名刺!?私は思わず、顔に出す寸前という所でとどまった。今やこの現代において、名刺はほぼ廃れていると言ってもいい。使っている人が年々少なくなり、確かデザイン会社も、もう数える程しか無いはず。

胸元からスムーズに名刺を取りだした。


「ありがとうございます」

私は、半ば自動的に名刺を受け取っていた。白の背景に彼の瞳と同じ黄緑色のラインが描かれている、人の美的意識をくすぐる様な名刺だ。描き手の方は余程のセンスの持ち主だろう。


「宮里製薬会社、社長代行、楓慎 揄士郎・・・」

紙面に書かれた内容を口に出して読む。

ん?社長代行・・・あれ?社長代行って。


「貴方が社長代行!?」

名刺からばっという効果音が付きそうな速さで顔を上げ、テンプレの様な反応で聞いた。見た目だけで判断するが、二十代半ばかもっと若く見える彼が、社長代行だなんてにわかには信じられない。周りの人が数人こちらを振り向いた気がするが、そんなのは気にしていられない。

私の反応が面白かったのか、はたまた嬉しかったのか口元に手を当て目を細めた。


「嬉しい反応をしてくれますね。若く見えますか?」


「はい!あっ、ごめんなさい。無神経に・・・」

言葉を発してすぐさま気が付いた。私と楓慎さんが同じ考えとは限らないのに、考えず言葉にしてしまった。嬉しいとは言ったものの、社交辞令の可能性もある。

だが、そんな考えとは反対に、彼は言った。


「まさか。人の殆どが若く見られたいものですし、僕はそう言われて嬉しいと感じましたよ。だから、そんな風に顔を落とさないで」


「ありがとうございます。えっと、桐生、楓慎さんに用があるんだよね?」

これ以上話を続けても他の人の邪魔になってしまうので、桐生に次を促してみる。


「楓慎さん、この後少し話し込んでも?」


「話し込む時点で少し、とは言わないだろう?だが構わないよ、その為に会社に出向いたからね」

その為に?

ほんの一時逡巡し、一つの仮説を立てて片隅にしまった。


「案内しよう。僕が建てた宮里製薬という会社を」




宮里製薬の話は延々と続いた、気がした。実際、三十分も経っていないが、小難しい話が多くて私の脳が処理を止めた。だから私が気になったのは、楓慎さんがこの会社で何を行ったかだ。

社長代行、と肩書きはあれど、どうやらただそれだけらしい。彼が言うには、社長代行と銘打っているものの、会社へ来る事も全然無いし、仕事という仕事をしていないらしいのだ。やる事と言ったら、せいぜい営業に口出しをする程度。給料も貰っていないし、メリットなどあって無いようなもの。

楓慎さんはこう言うけれど、なら何故社長代行という地位に着いているのだろうか。

その答えは、すぐに分かった。


「宮里製薬を起業したの、僕なんですよね」


「・・・えっ」

これについては謝らせて欲しい。えぇっ!?とかそうなんですか!?とか、大きい反応(リアクション)を楽しみにしていたのだろう。だが私としては、規模が規模だったし、直ぐに呑み込める筈が無かったのだ。


「んっふふふふっ」

桐生が隣で必死に笑いを堪えているが、今回ばかりは甘んじて受け入れよう。ワンテンポ遅れて反応を示す。


「宮里製薬を、楓慎さんが?会社名が宮里なのは?」


「僕は起業家の中でも特殊でしてね。起業した会社は別の信頼出来る方、今回は宮里さんに譲って、その利益を噛じるだけなんですよ」


「・・・そうなんですか」

そんな事をして、一体何の益があるのだろうか。単純な疑問が、私の頭に浮かぶ。

起業というものをそこまで理解していないが、要は自分で事業を立ち上げ、社長として稼ぐ事だろう。一番のメリットは、恐らく新しいことにチャレンジできる。そして社長という地位に着いているのだから、会社の方針を決められる事。それらが真っ先に上げられるが、少なくともこの二つを自ら手放しているのだ。

白い床を茶色いローファーで歩く。その足が止まり、目の前には木製の如何にもなドア。


「さぁ、ここが応接室です。粗茶ですが、菓子でおもてなしさせて頂きますよ」

そういうと、またもスムーズにドアを開けエスコートした。ドアが音を立てることなく開いた事に気が行くのは、きっと世界でも少数なんだろうな。家帰ったら油買お。


「おかけ下さい」

慣例通りに声をかけると、奥へと消えていった。指されたソファを見やると、ブラウンの横長革ソファの向かい側には、同じ材質の小さなイスが二つ。間には

マナー的には入口に近い方に座るのだろうから、小さいイスに座ろうと動き、一歩出たところで気が付いた。こちらは三人だが、席は二つ。そう考えたところで、早乙女さんが私に声を掛けた。


「こういう場合は訊ねるのが基本なのでしょうが、今回は長ソファに座って大丈夫でしょう。相手が楓慎様というのもありますが、形式を気にする訪問でもありませんしね」

早乙女さんからは私の顔は見えない位置ににある。


「そんなに分かり易いですか?」

ぎこちなく振り返ると、半笑いの私にこう言った。


「はい、とても」

姿勢正しくにこやかに笑う彼女は、普段、というかここまでの彼女からは想像が付かなかった。失礼な話、笑うのかと驚愕したくらいだ。きっと、ただ堅物なだけなのだろう。


「恥ずかしいなぁ」

少し口角を上げると、先陣を切って奥に座る。横で見ていた桐生が、続いて真ん中に座って、入口近くに早乙女さんが座った。

腰が落ち着けたので、改めて周りを眺めてみる。廊下の雰囲気を崩さず、そして柔和に迎え入れられる造りになっている。白はやはり清潔感があるが、こうむず痒い気持ちもあるのも事実だ。単に自身が慣れていないのもあるだろう。

壁には一枚の高価そうな絵が飾られていたり、窓際には明るい差し色として花が添えられていた。ここの管理者は室内の様々な事に気を使っているらしい、彼にも見習って欲しい。切実に、私はそう思った。

何気なく当たりを見回していたら、後ろの奥から楓慎さんが、モダンな木製茶托に、青の花柄が彫られた可愛らしい湯のみとお茶請けを持って現れた。


「どうぞ」

「ありがとうございます」と、一言言って、目の前に出されたお茶を見つめる。緑色の中で茶柱が遊々と泳いでいた。高そうなお茶だが、これ本当に飲んでいいのだろうか、それとも飲まないと失礼なのか。出されたのだから有難く飲ませてもらうが、これを粗茶と呼ぶ楓慎さんって一体・・・

湯呑みを手に取り、恐る恐る一口飲んだ。うん、想像通り美味しい。ここまで来ると、身構えて味を気にしていられなくなってしまう。精神が味覚に影響を及ぼしているとも言えるのか。恐ろしい。


「あの、楓慎さん。さっきの話で、聞きたい事が一つあるんですけど、聞いても良いですか?」

彼は向かいのイスに腰を掛けて、体をゆったりさせた。


「えぇ、僕に話せる事なら」

微笑みながら、私の目をしっかりと見据えている。


「率直に思ったのですが、起業の最も大きいメリットって、社長として会社を運営することだと思うんです。だから、何で社長を譲ったのかなぁと」


「ふふっ、それはですね。理屈では語れません。それだけです」


「理屈では語れない、ですか」

楓慎さんの言いたいことが、何となくだが、理解できる気がする。利益よりも、損得よりも、優先するべきものがあるという事だ。自分にしか分からない、プライドに近しい何か。そういうものを持っている人は少ない、だからきっと、詳しく説明しないのだろう。それに、彼の中にそれは、深く根付いているはず。


私も、そうだから。


だから私も、敢えて深く追求しなかった。桐生の様に、読み合いで分かる訳でもないし。


「ここからは有料コンテンツですので」


「お金払えば良いって問題でも無いでしょうに」

桐生が唐突に横から入り込んだ。肘をついてニヤニヤとしている。


「人それぞれに人生がある、そういう事ですよね」

努めて穏やかに話すと、一瞬面食らった様な顔をしたが、直ぐに先程の調子に戻った。


「そういう事です。それで桐生君、当初の目的について、話し合いをしに来たのでは無いのですか?」


「自分から話を振るとは。では、単刀直入に言わせてもらいます。楓慎さん、俺達に協力して下さい」

実に簡潔に、然して大胆に言い放った。ギョッとしてしまったが、楓慎さんはこうなるのが分かっていたのか、驚きもせず、表情を変えなかった。


「また大胆ですね、まぁ、今までが遠回りをしてしまっただけですが。ですが桐生君、話を進めるのも構いませんが、菅原さんの顔を見る限り、ろくな説明をしていないでしょう」

といって、私を一瞥した。楓慎さんが言った事は事実で、そもそも、何故楓慎さんは私達の目的を知っているのか。

そこら辺、ハッキリさせないと。


「桐生、楓慎さんはどこまで私達の事を知ってるの?」


「あれ、言ってないっけ」


「言ってない」


「言っていませんよ」


「僕も聞いてないですね」


「うーんと、まず楓慎さんは空想の主君(レグリアス)だってのは話したよな」






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