灯台の下には影がある Part.3
どこからか、空を斬る音が近付いてくる。それが手放した刀であろう事はすぐに把握したが、周りを見回しても見つからない。
だが、着実に近付く風切り音。音源に気が付いた時には、時すでに遅かった。天から降ってくる刀身が真上にある事を瞬間的に確認し、左に避けようとする。しかし見つけるのが遅かったからか、頭は辛うじて躱すも、スカートに真っ直ぐ突き刺さった。ぐわんと速度を落とさなくてはならなくなり、体を地面に打ち付ける。
俺の体の横には、自分で投げた刀が重力も相まって深く刺さっていた。俺自身も危うく体に穴が空く所だったが、そんなヘマをすることは無かった事に、ひとまず安心した。
「人外とは言え、流石に女に手を出す程落ちぶれてはいない。まぁ、服切っちまった事は謝るけどさ」
軽く言うと、右の手の平に刺さったナイフを思いっきり上に抜く。血塗れたナイフを顔の上に持ち上げる。数秒眺めた後ナイフを投げ捨てると、ナイフは突き刺さり光を帯びて消えた。
布を引き裂く音が聞こえるので、その方向を見ると、初めて表情を変えたあいつが既に立っていた。
「お前のそんな顔、ここ数分で初めて見たな」
「そこまでの実力を持つという事ですよ。ただ、少々危ない橋を渡っていると思いますが」
「ははっ!確かにな。だがまぁ仕方ないだろ、対人戦と戦り合うなんて初めてだったんだ。そ・う・な・る・と、お前は手馴れていたな?」
上体を起こし、体を楽な姿勢にしてから聞く。
「・・・気の所為でしょう。それより、速く行きますよ」
「はぁ?どこに」
至極不思議そうに尋ねると、彼女は前の無表情に戻しこう告げた。
「高校の屋上、我が主の居る場所です」
屋上のドアを開けると、突風が顔面を直撃し、目を瞑る。真っ先に目に入ったのは、桐生よりも、大きな星空だった。高い所から見る夜景はやはり格別な物で、暗さ加減も良いので星がはっきりと見える。顔が自然に上に向き、ボーッと眺めていると、押し殺した笑い声が聞こえた。むっとした顔で睨みつけてやるが、まだ彼は笑っていた。
「くくっ・・・そんな顔するなって。これでも申し訳無いと思ってるんだよ?」
黒髪をなびかせ、片手で手すりに寄りかかって笑うのは、私の幼なじみ。どこからか届く光の影に、彼は居た。間違いなく、桐生湊斗本人だ。
「そんな人はそもそもこんな所に呼び出したりしないの」
扉が音を立てて閉じる。ゆっくり、しかし確かな足取りで近付く。隣まで来ると、私は柵に寄りかからず、彼に確かめる。
「桐生でしょ、校庭に居たあのアルミスのレグリアスって」
「・・・そうだよ、驚いた?」
「いや、あの場にアルミスが居た時点で、何となく」
私は彼を、彼は校庭を見下ろしながら答える。ここからなら、あの二人が見えるはずだけれど。そう思っていると、後ろから噂をしていた二人が来た。
「おっ!マジで居るじゃん!」
「我が主、彼をお連れしました」
スカートの裾を掴んで膝を曲げると、桐生の後ろへ移動した。瞬間移動かと見紛う速さにびっくりしている私とは対照的に、栄司は「速ぇー!」と笑っていた。
「俺の我が儘に付き合わせて悪いね、菅原のアルミス」
「マスター」
「構わないさ、誰だろうが一緒だ」
私が彼の言葉の意味を考えていると、栄司は馬鹿正直に答えた。
「よく分からねぇが、別に良いってことよ。つぅか!俺には美虚 栄司というちょーイカした名前があるんだが!」
栄司は隣に歩いて来ると、不満を垂れながら言う。
「そうか。なら、これからよろしく頼むよ、美虚 栄司」
続いて、後ろに居た彼女が一歩前に出て口を開く。
「早乙女 ライラと言います。よろしくお願いします、菅原 紫様」
「私の名前・・・桐生から?」
「はい、マスターから、貴方様の事はかねがね聞いております」
「ライラ、下がれ」
まだ十六年しか経っていない人生で、最も接した人間である彼だが、あんなに冷たく、冷淡な声は初めて聞いた。何だろう、私が秘密にして欲しいって言った中学時代の話でも話してしまったのだろうか。まぁ、恥ずかしいだけだから、別にいいけど。
「かしこまりました」
早乙女さんはあまり気にしていないのか、すぐに下がった。早乙女さんの事で一つ気がかりなのがあった。私はその気がかりを、桐生に聞いてみた。私達には、考えもしないものだったから。
「桐生のアルミス・・・早乙女さんが桐生の事を、その、マスターって呼ぶのは、えっと・・・そういうご趣味?」
後ろの早乙女さんが、体をビシッと硬直させたのが片隅に見えた。
「そんな訳ないだろ」
「あはっ、んふふっっ!!くくっ」
栄司が大笑いしかけ、未だに押し殺しながら笑う。方や桐生はというと、即ツッコミをした後も、眉をしかめたままだ。そして深いため息をついたら、
「・・・ライラ」
「はい。紫様、私が我が主と呼ぶのは、私自身の意思です」
「あっそうなんだ。ごめん、ホント出来心だったんだよ」
目の前で手を合わせ、ごめんのポーズを取り苦笑いをした。すると許したのか、単純に許す云々の問題に至っていないのか、彼はもう一度溜息をつき、話を始めた。
「いいよ別に。ていうか菅原、こんな雑談をしにこんな所まで来たのか?」
腰に手を当て嫌ぁな笑みを浮かべると、私とわざと目を合わせて来る。そうだ、私がここへ来たのは、彼から話を聞く為だ。それも、きっととても大きな話。非日常の最先端、そこに足を踏み入れる事になるのだろう。不安要素しかない現状、恐るるべき事件。
だからこそ、私には挑む理由と権利がある。
私はとっくに決めていた意を伝えるべく、彼に話を促す。
「まさか。私はそんな事に足を運ぶほど安くないの。それで、君の作戦とやらを聞かせてよ」
一拍置いて、彼が言葉を紡ぎ出した。
「清水 綺嗣。五年前、警察の捜査網をくぐり抜け、日本の各地で大量殺戮を行った快楽殺人犯。今日に至るまで、のうのうとどこかで生きている脱獄死刑囚、という訳だ」
「死刑執行が確定されてから五年?そんなに期間が経ってからなの?」
「いや、死刑執行が確定されてからではなく、死刑執行を確定するまでの期間が九割以上なんだよ」
「大量殺人をした極悪人なのにか?」
栄司が割って入り、桐生に訊ねる。
「そもそも世界単位で見ると、死刑自体が珍しい。それに、死刑をすると取り返しがつかなくなるからね。慎重にやらざるを得ないんだ」
「ふーん、でもそれって通常の場合だろ?大量殺戮って言うぐらいだから、もっと短いもんかと」
「あぁ、ここまで長引いたのは、彼の殺した正確な人数が不明だったのが理由だ」
警察が調べればすぐに分かりそうなものなのに、と考えていると、その考えが読まれたのか、彼が話し始めた。
「清水綺嗣の手口は、人目につかない所で惨殺。だから警察がより知らぬ遺体があってもおかしくない、というのが警察の見解だ」
桐生の話は筋が通っている。だが、もしそれが本当なら、彼は。彼は。
「・・・・・・じゃあ、岡田は?高校の近くなんて、隠れられる場所なんてないじゃない」
「そこなんだよな。岡田の例は、数ある殺人の唯一の例外。だから、清水にとっても例外である何かが発生したはずだ」
「・・・そう」
納得は出来ないが、それは私が介入しちゃいけない問題なのだろう。もう彼は死んだ。その真偽は、清水綺嗣と岡田しか知らない。
「・・・ここからは憶測だが、恐らく、ふっかけたのは岡田の方だろうな」
「えっ、清水が拉致したんじゃないってこと?」
「言っただろ。あくまで情報を精査して出した結論だと。憶測の域を出ない話しはこれで止めだ」
「・・・そうだね。これからの話をしましょう」
栄司は手すりに座り足をぷらぷらして、早乙女さんは相変わらず後ろで待機している。皆何を考えているのかは分からないが、進むしかない、そう、進むしかないのだ。
後ろに戻る事も出来た、でもそうしなかった。したくなかった、というのが正しいのかもしれない。我が儘、そう言われても文句の言いようがないな。
「よく言った。なら、改めて俺から言わせてくれ。俺と一緒に、清水綺嗣を見つけ出し、捕まえてくれないか」
ここまで情報を開示しておきながら、改めて言うあたり、やっぱり性格が悪い。逃げ道を埋められたが、もとより協力するつもりだったんだから、今更嫌がりもしなかった。
「えぇ、いいよ、やってあげる。幼なじみの好と、私達の逆襲も兼ねて」
「なぁ〜話まとまったかー?」
心底退屈なのだと声だけでも分かる。流石に込み入った話は彼には退屈だったらしく、異常な体幹で柵に座ったまま、体を水平に倒してこちらを見た。
「うん、予定通り桐生に乗っかるよ」
「そうか」
興味無さげにこちらを見ているが、聞く気だけはあるようなのか、体勢を維持している。
「それで、これからの作戦は?」
やっと話が進み明るい声で聞いて見るが、桐生の顔はそこまででも無いようだ。
「菅原」
突然呼ばれたので、素っ頓狂な声が出てしまった。
「ぅん?」
「お前、社会科見学に行ったことあるか?」
彼の妙に清々しい顔が、私の不安を駆り立てる。
「そりゃぁあるわよ。確か、ゴミ処理場に行ったっけ」
「そうだよな。でも、サラリーマンが居るような会社に入った事は無いよな?」
「・・・・・・ねぇ、まさか」
「という事で、丁度良く明日の金曜は休校だから、行くぞ。日本が誇る大手製薬会社"宮里製薬"に」