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ALUMISに願いを  作者: 鬼桜天夜
第1章 「鎖縛に花開くダイモンジ」
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灯台の下には影がある Part.2

シャワーが全身に流れていき、上からだんだんと温まっていく。

湯船には浸からない、というか、お湯を溜めるだけでお金がかなりかかってしまうので、我が家では湯船に入ることは滅多にない。それを言ったら、彼は今までで一番拗ねていたから、初めて会った日は風呂にお湯を溜めてあげたっけ。いつかお小遣いでもあげて、一人でスーパー銭湯にでも行ってもらおう。当分はきっとダメだけど、何やらかすか分かんないし。

でも、今日はその滅多にない日だ。なんとなく、この思いを風呂で払拭したかったから。

小さなお風呂に足からゆっくりと入る。体育座りをしないと体が収まりきらないが、気にならない程度なのでもーまんたいだ。髪が水につかない様に緩めのお団子を作る。上げた腕を見ると、湯気が腕からも立ち昇っていた。

せっかく湯船があるのだから、今の内に色々整理しよう。

桐生が言うには、岡田を殺した殺人犯に対して、何かあるって事だけど・・・。うん、よく考えてみたらおかしな話だな。一学生に殺人犯が追えるのか?それにあの口振りだと、仕返しもする、みたいなニュアンスも持てるぐらいだ。でも、桐生という人間は策がないなら絶対に提案しない。

さて、どうしたものか。私は岡田の仇討ちがしたい訳じゃない。そんなもの、()()()()()から。でも、腹が立っているのも事実だ。あの犯人の自己中に多くの人が振り回されている、それは許し難い。

・・・受けよう。誰かを殺したり迷惑かけるなら逆にぶん殴ってやるけど、そうじゃないなら桐生の提案を受けてみよう。考えもまとまったし、上がろうと思い座り直すと、ドアが勢い良く開いた。


「早く出ろよ!!俺も入りたいんだけど!風呂!」

咄嗟に胸元を隠したが、私の思いなど興味が無いらしかった。彼は怒りと呆れが混じった顔で、身をこちらへ向けながら顔だけひょっこりと出している。体温が急激に上がる、お湯に触れてない顔や耳が特に。いやそんな事どうでもいいんだよ!!


「このっっ!!破廉恥(はれんち)唐変木無神経男──────!!!!!」

近くのタオルを手に取り、腕の筋肉をフル活用してぶん投げてやった。彼の驚いた声と同時に、顔面にタオルがクリーンヒットして後ろに倒れた。


「痛っっってぇぇ──────!?!?」




口を尖らせながら、帰り際に桐生から貰ったアイスを木製スプーンで掬い、口に運ぶ。バニラ味のほんのりした甘さと冷菓の冷たさが体に伝わっていく。市販のアイスと言えど、侮れない美味しさだ。アイスなんていつぶりだろうか、少し感慨深くなってしまったのは秘密だ。

だが、それと一緒に罪の意識も芽生えた。誰かに施してもらってばかりの自分のダメさ加減に嫌気すらさす。顔がどんどん険しくなっていったが、そんなものは気にならなかった。舌に残っていた甘さは、もう無くなっていた。

アイスをもう一回食べる。左から不意に足音がしたので、そちらを見る。浴室の方から裸足でこちらに向かってくる、髪を濡らした男性が出てきた。金髪から水滴が流れる様子は、さながら、水も滴るいい男、と言ったところか。癪だけど、すんごい癪だけど。むすっとした顔を向けて、彼に言葉を投げかけた。


「私に言うべき事があるんじゃないんですか」


「だぁからごめんって。お前風呂長いし、風呂に初めて入った時なんて一時間は余裕で入ってるし」

彼は呆れ顔でこちらを見ていると、どうやら食べていたアイスに目をつけたらしい。まぁ、あの件は私に非があるし、無効にしてやるか。いや、今回とは何の関係も無いけども。


「アイス・・・そうか。あの、なんだ、幼馴染だっけか?そいつに貰ったのか」


「桐生ね、食べる?」


「食う」


「冷凍庫、えっと、上から二段目の所にあ」

私は思わず喋るのをやめてしまった。

私の右手に、彼の右手が重なっている。口を開けたまま、視線が動かせない。


「ん、美味いな。これ市販だろ?つか体冷えるから一口だけでいいわ」

や、やりやがった・・・!!さっき少女漫画的展開があったからいいものの、私に耐性が付いていなかったら顔面に手が出ていた!

冷蔵庫の二段目だと言おうとしたら、アイスを食べようとして掬った手から、ひょいっと掴んで食べたのだ。

怒りを通り越して、今の私には呆気に取られた、という感想しか無かった。唖然としたまま、彼に無意味だろうが聞いてみる。


「それする必要あった・・・?」


「湯冷めするから一口で良いんだよ。お前もあんま身体冷やすなよ、これからあのきりゅー?とか言う奴に会いに行くんだから」


「・・・やっぱり君おバカさんだよね」


「ディスられた意味が分からないんだが」



六月の背中が見え始める今日この頃は、深夜になっても湿気を感じない。昔から気象変動についての論議がされて来ているが、改善策を一向に出せないのは、持ち合わせている富を失いたくないという欲望からか、はたまた意地の張り合いか。どちらにしろ、それ以外だとしても、もう止まらないのだろう。そろそろ梅雨らしく、暖かくなって欲しいものだ。

高校の近くは都会というには家が多く、田舎というには人が多過ぎる。付近の酷いところだと、MAUによって荒らされたままの場所もある。

話が脱線してしまった。まぁその話はともかく、この付近は現代的で前時代的な雰囲気が混ざりあっている場所だ。比率で言うと、少し現代に傾いてるかも。


「なんで公共交通機関を使ったんだよ。お前を担いで屋根を翔んでいけば済む話なのに」

隣で分かりやすく嫌そうな態度をして歩く彼に、羞恥心を含ませて答えた。


「お姫様抱っこでもおんぶでも無く、米俵を担ぐみたいに運ばれたら不満も出るわよ!」

家を出てすぐ私から栄司に頼んだのだが、何をトチ狂ったのか、かがみ込んで了承も無く担いだのだ。私が栄司の後ろを見る形になるので、このまま翔ばれたら前が見えないのは初めての私には無理なので、瞬間的に彼の背中を叩いた。反射的だったので加減が出来てなかったのか、今日二度目の痛ってぇ!?が零れた。

そんな過去もあり、結局終電に乗って通学路を徒歩で来たのだ。本音を言うと、これでお金を使いたく無かったが、あいつのお昼を減らせばいいだけの話だ。


「別の運び方だったら良かったのかよ?」


「良くないっ」

自分が何をしているのか、きっと彼は分かっていないのだろう。私が遠回しに恥ずかしい気持ちにさせられているのも。

そんな考えが頭によぎったが、一旦置いておこう。誰も居ない街路を曲がると、数十メートル先には私が二年間、そして今も通っている高校があった。深夜だからと言って、車道の真ん中を歩くほどテンションは上がっていないので、そのまま右端の道路を進む。

右には住宅、左には車道と木。何もおかしな事は無いはずなのに、何故だか酷く違和感を感じる。

だが、すぐに違和感の正体が何か分かった。高校の敷居を跨ごうとしたその時、後ろに居た栄司が腰に強引に腕を回し、宙に飛んだ。空中でくるりと回転し、車道に高校を見る形で着地した。

米俵担ぎパート2と言ったところか、今度は横に担がれた。本来なら腹パン必須だが、今回は助けられたこともあり大人しくしていると、栄司が口を開く。


「ナイフ」

そう言いながら、地面に視線を落とした。ゆっくりそれに近づき、それを拾い上げてくるくる回し始める。

顔を何とか上にして拾い上げたものを見るが、やはり彼の言った通りナイフだった。

果物ナイフよりは刀身が細く長い両刃のナイフだが、刺さった跡が思ったよりも深い。もう一度刺さった時にできた溝を見つめる。そもそも、ナイフがコンクリートに突き刺さる程の力で投げられた時点で、何かがおかしい。単純な腕力もそうだけど、ナイフの刃が刺さる角度で投げられ無いといけない。そんなの、素人にはとても出来ない芸当だ。


「ねぇ、いつまで担いでるの?」


「顔に傷作りたく無いなら大人しくしてろ」

いつになく真剣な声で言ってくるので、素直に従う。

風の音は無い。いつも見慣れてる高校が、今は魔城とも思える程に、異様に見える。闇には、ただ闇が広がって、何もかもを飲み込み始めた。ゆっくり、ゆっくりと・・・


「栄司!!」


「分かってら!!」

私の掛け声よりも速く栄司が右に避ける。次手を想定して大きくステップしたのだろうが、担がれてる側としては横殴りの風は喜ばしくない。思わず目を瞑ったので視ていないが、音だけだと地面に刺さった音が三回は聞こえた。

建物と夜闇の影から出てきた人は、右手をこちらへ伸ばしながら呟いた。


「真正面からは流石に躱しますか。反射速度だけで言えば私以上、面倒ですね、実に」

無機質に独り言ち、その手を降ろした。

第一印象は、驚きの一色だった。学校には似つかわしくない、というより有り得ない格好をした私と同年代ぐらいの女性。

スチームパンク風のメイド服に身を包み、物静かにこちらを見据えている。丁寧に切り揃えられた黒髪、前髪もアシメで揃えられている。底無しの黒い瞳にどこか冷徹なものを感じ、相手に悟らせぬようにしたが、身震いしてしまう。

すると、ぎゅっと私を締める腕の力が増した。まだ体が硬直してしまっているので顔は見れなかったが、彼が気を使ったのだろうか。


「・・・お前、電脳人間(アルミス)だろ」

薄々感じていた違和感を、栄司が口にする。

彼がゆっくり私を降ろすと、警戒したまま私に指示を出した。


「その質問に答える権限を、私は持ち合わせていません。ですので、私が課せられた命令(オーダー)を遂行させていただきます」


「はっ!一方通行かよ、血の気が多い女は」


「貴方の意見は聞いていません」

栄司が言い終える前に、メイド服の女性がこちらへ斬りかかった。

左手に刀が握られ、素早く右手で抜き放ち、ナイフと火花を散らす。


「お前は桐生を探せ!!この校内に居るんだろ!!」

私が一瞬の迷いを見せる間も、数回金属音が鼓膜に響いた。彼の為にも、私は背を向けて走り出す。


「なるべく早く戻る!!」

後ろから聞こえる残響が、さらに苛烈を増していた。




心臓の鼓動と足音だけが聞こえる。

あれから意気揚々、とは行かないが、廊下をあちこち駆けている、が。一向に彼が見つからない。彼の教室、聴覚室、引いては体育館にも走ったのに、どこにも居ない。

焦りもあるが、何より桐生の安否だ。あのアルミスが前から居たのなら、桐生が先にやられている可能性は高い。

でもなんで?疑問が浮かび、徐々に大きさを増す。走っていた足が、その動きを止めた。

考えられる可能性は二つ。一つは、桐生の策とやらが、誰かから狙われるような事だという蓋然性。もう一つは・・・

いや、いや。これは考えるだけ無駄だ。答えは決まりきってるし、張本人に確かめればいい話。

止めていた足をもう一度動かして、最後の目星がついている場所へと向かう。焦りは心から抜けている。階段をなるべく駆け足で登る。二階、三階・・・四階。

四階は、普段は不良か女生徒のグループの溜まり場になっていて、私もあまり来たことが無い。もう残すはここだけ、意を決して手をかける。

チラついたのは、栄司の顔だった。何も無いと良いのだけれど。




突風を受けながら横に走る。その間も、あいつは三本の刃物をこちらへ投げ続ける。走る速度を緩めず刀で弾き続けるが、正直に言うとイライラしていた。あいつの戦法は中距離を保ちながらチマチマと動きを封じる戦い方。臨機応変がモットーの俺だが、これには腹が立つのも仕方ないと思う。

そんな事を考えてる間も、あいつは手を緩める事は無かった。しかもどの攻撃も、俺の二手三手を誘導する将棋に近い。心理戦とか好きじゃねぇんだよなぁ。

急ブレーキをかけ、片足のみで地面を蹴る。地面スレスレを滑空して相手に突っ込むが、左に躱された。空中で回転して着地すると、後ろに回っていたあいつが、後ろに二歩跳び、左手を払う。


「チッ」

無意識に舌打ちをしながら、体をよじり下から斬り上げてナイフを弾く。勢いを殺さず、流れの動作で残りを左から右に斬り払う。

校舎を背に、もう一度構え直す。苛立ちはあれど、まだ冷静さは保っていた。だが、これ以上の長期戦はこっちが不利になるだけだな。

だが、それはあっちも同じはずだ。さっきも言ったが、あいつは読み合いが本領発揮の場、言うなれば得意分野だ。それを逆手に取れれば、勝機は幾らでもある・・・はず。いやぁ、断言出来ねぇのが辛い!

俺の口元には笑みが張り付いていた。

それに、こっからは本当に勘だが、まだ何か隠し球を持っている気がする。そんな、気がした。


「お互い、考える事は一緒の様ですね」


「以心伝心ってやつか?きゃー照れるー」

思っても無さそうに彼は言う。


「冗談を言うのは構いませんが、戦況は貴方の方が不利とお見受けします。大丈夫ですか?刀剣使い様」

淡々と事実を述べる彼女に、鼻で笑い飛ばした。こいつの言っていることは正しいが、ただ正しいだけだ。

なら、俺はやれる。


「言ってくれる」

口元の笑みを消し、相手の視線を真っ向から受け止めた。剣先を相手に向けて、両手の握る力を強める。刀が制止する。前触れもなく、彼らの間に夜風が身を躍らせた。両者の髪を撫でると、さすらい人の様にどこかへ消えた。それは皮切りの合図ではないのなら、何を指し示すのだろうか。

彼女は何かを感じ取ったのか、表情を変えずその手に愛用のナイフを手にした。月明かりに照らされ、銀色の光を見せつける。自分の目の前にナイフを持っていくと、不意に宣言した。隙間から、黒い瞳がこちらを見据えている。


「貴方を殺しはしません。しかし、命令(オーダー)遂行の為、行動不能の状態にはなって頂きます」


「忠告に感謝はしておく。だが、足元をすくわれないよう、注意しておけよ」

その言葉には、覇気が籠っていた。

少しの沈黙の後、二人は一斉に地面を蹴り出した。憂いもなく、ただ殺し合うこの姿は、闘争本能を剥き出した獣と、何が違うのだろうか。踏み切ったタイミングは一緒だったが、敏捷性では彼女の方が速く、先手を取ったのは彼女だった。

俺は中段の構えを取っていたが、斬りかかった時には、左下に剣を向けていた。前の守りが薄くなるが、そんな事に構っては居られない。どちらも自分の間合いに入ったその時、突然、景色がスローモーションになって崩れて行く。何故だ、そう考える前にその理由が俺の目に映った。

近接戦闘では俺に分があるからか、足を払い体勢を崩そうとしたらしい。そして、見事術中に嵌ったと。視界がスローモーションの理由は大体把握したが、どう逆転しようか。回転したとしても中距離に持ち込まれて反撃が難しくなる、だが、やられたままというのも癪だ。

彼女は表情を変えず抑え込もうとしている。咄嗟に左手で地面に手を付き避けようとするが、下が不利なのは当たり前。栄司の右手をナイフを使い、大地と繋ぎ合わせた。


「ぐぅっっ!!」

痛みで喉から声が漏れてしまう。


「終わりです」

左手も刺そうと思った刹那、疑問が浮かび、手を止める。恐らく、違和感に気が付いたのだろう。そう、あいつはを俺の()()を刺したのだ。なら、刺す為に手から刀を弾かなくていはいけない。だが、俺は持っているはずの()()()()()()()()。ならどこに・・・?






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