道標はネオンの中に Part.2
「みこ、えいじ?」
「そーそー!美虚 栄司、それが俺の名前。お前は?」
「菅原 紫・・・」
「ほんほん、なら紫だな。長い付き合いになるが、よろしく」
ん、と前から出していた手を更にこちらへ近づけた。敵意が無いのが分かったので、私は控えめに手を前に出す。
そんな私の考えなど露知らず、相手は手をガッと掴んでブンブンと振った。その間も、彼は楽しそうに見えた。
「ひとまず落ち着いて話せるところに行こうぜ。MAUは一体だけみたいだしな。いやー、お前俺と違って運良いな!」
真に正気を取り戻したのはこのタイミングだっただろうか。流石に、名前しか知らない人を家に上げるのはダメだ、というなけなしの理性が働いたので、私はようやくまともに口が開いた。
「いや・・・いやいやいや!それより!貴方、誰!!」
「はぁ?自己紹介したし、オウム返しで聞いてきたじゃねぇか」
「違くてっ!その・・・」
「ん??・・・あぁ、あと俺電脳人間だから」
「アルミス・・・?」
「あぁ?分かんねぇか・・・一から説明しなきゃなんないのか。なら、尚更お前の家行こうぜ」
うぅ・・・堂々巡りだ。
このままだと埒が明かない、それに、警察とかがそろそろ来てもいい頃合いなはず。こんな面倒な状況を見られても、説明出来ない!
理性を一旦抑え、衝動に忠実になって、青年の手を今度はこちらが引っ張った。
「おおっ?」
やはり彼は、楽しげだった。
アパートはもう古く、現代の産物とは到底思えないものだった。塗装は剥がれ、色合いも渋め。六部屋の質素な建物を、私はそこそこ気に入っている。だけど、そんなボロアパートが売れる筈もなく、私しか住人は居ないけれど。
「お前の家、ボロくね?面白いけどさ」
あははははっ、と本当に面白そうに笑う。それが少し癇に障ったが、事実だと自分に言い聞かせ、自宅に連れ込む。連れ込む、という言葉は嫌だったが、事実なので仕方がない。
家には誰も居ないが、ただいま、と一言いって入る。ボロいのは中も同じで、玄関に電気はない。慰めか、お勝手には電気があるが、付けるのは料理をする時だけだ。電気代を気にしているとは、口が裂けても言えなかった。
「適当にかけて、今お茶出す」
「探検してもいいか?」
「物を動かさないなら」
「了解」
本当に探検するつもりらしく、廊下を真っ直ぐ歩いて、居間をウロウロしだした。取り敢えずそこに居るようなので、宣言通り、お茶を出す準備をする。やかんで沸かす手法を取っているのは、きっと私の家くらいだ。
蛇口からやかんに水を注ぎ、今どきには珍しいガスコンロで火をつけた。待ち時間も有効に使うべく、急須に茶葉を入れる。ふとリビングを見たら、驚いた事に彼はもう居なかった。焦りによって冷や汗が垂れるのを感じ、居間以外の扉を思いっきり開け放つ。
二回目に開けた扉に、彼は居た。そこは、私の部屋だ。私が思いっきり開けたので、肩をビクッとさせてこちらを振り向いた。それについては申し訳ない。
「お茶出来たのか?それにしては血相変えてんな」
「君が急に居なくなったからよ。怪しい人が家に居て、神経質にならない方がおかしいと思う」
「命の恩人を怪しい人呼ばわりかよ、心外だぜ」
「・・・とにかく、今出すから大人しくしてて」
「それで、もう一度聞くけど、貴方だれ」
人前なので、佇まいを正す為正座をする一方、目の前の男は、そんな事は気にする素振りもないようだ。あぐらをかいてキョロキョロしていた。この人を見ていると、自分が馬鹿らしくなってくる。
「堂々巡りが嫌だって言ったの、お前じゃなかったけ」
「そうじゃなくて。えっと、ある・・・何とかって言ってたよね?それって何?」
「電脳人間の事か?」
「そう!そのアルミスって一体何なの?国がそんな報道した所なんて一回も見てないし・・・」
「俺が知ってる範囲で良いんなら」
「自分の事なのに、そんな曖昧なの?」
小首を傾げて尋ねる。
「それも追って話すって。まずは、そうだな。アルミスってのは、よく分からん!」
「・・・・・・・・・はい?」
私は更に首を傾げた。
「実は、記憶が無くてな。その状態のまま、お前とあったからなぁ」
記憶が無い、と話した時、彼はこの数分で、初めて険しい顔つきになった。心情と同じように、頭と目線が下へ向いている。
「だから、俺から伝えられるのは客観的事実だけだ。それでも、良いか?」
「・・・うん。教えて、私に、何が起きてるのか」
「まず、アルミスを簡単に説明すると、"凄い強い人間モドキ"だな」
「人間じゃ無いってこと?」
「そう。んで、容姿や得物も様々で、例えば、俺のこの服も俺がかっこいいと思ったからこの姿だし、武器の刀も自分で選んだものだ」
「選んだ?」
「それが、現て来るまではよく分からないところに居て、そこで色んな情報を得られるんだが、それを元に自分を形作ったんだよ」
「・・・貴方の説明が下手でアバウトすぎるけど、要は、自分からその姿になったってことね。そして、アルミスには戦う力が備わっていると。でも何で?記憶が無いのに、なんでそうしようってなるの?」
「分からねぇ、ただ・・・」
「ただ?」
「MAUを滅する、それだけが、俺の心に残ってるんだ。それに、そうするしか無かったって言うのもあるけどな」
お茶を一口流し込む。まだ少し熱い。
「・・・じゃあ、私のことをレグリアスと言ったのは?」
「アルミスには、対になるパートナーが必ず居る。そいつを、空想の主君と呼ぶんだよ」
「なるほどね・・・なんとなく・・・把握出来た」
「そんな顔には見えないけどな」
彼が嫌な顔で笑う。
「でも、そうなると貴方の目的は、MAUの殲滅だよね」
「そうなるな。でもなぁ、お前見た所学生だろ?自由に動ける身の上じゃ無さそうだし、どうしたもんかな」
数秒黙り込むと、今度は私から提案した。
「まぁ、今考えても出る結論は限られてるからね。今日は美虚さんも自分の家に帰ったらどう?」
「何言ってんだよ。俺もここに住むんだけど」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ん?」
「いや、ん?じゃねぇよ。俺も、ここに、住む。お前日本人だよな?」
「日本人だから日本語が分かるって言うのは偏見だけど、私日本語分かるよ。違くて!私の家に住むって本気で言ってる??」
「こんな美青年を外に放り出すのか?酷い奴だなお前」
仰々しく彼が言った。
「いや、倫理的にどうかと思う」
「人外に倫理を説くのか?そりゃけったいなこって」
「・・・狭いけど」
「閉所恐怖症じゃないから大丈夫」
「・・・・・・男女がひとつ屋根の下」
「誰にも教えなきゃ良いだろ」
「・・・仕方ない、分かったよ。うん、仕方ない」
そう、これは仕方の無いこと。そうよ、これは慈善行為に等しいんだから。
「なら、その服どうにかしないと。部屋着だけでも買いに行ってくるから、絶対に家から出ないで」
「イカしてるやつな」
意外とそういう所を、彼は気にするアルミスらしい。
それがついつい面白くって、口元が緩んでしまった。
「流行は抑えておいてあげる」
第1章 あらすじ
運命的とも言える出会いを果たしたアルミス、美虚 栄司に菅原 紫は四苦八苦しながらも同居生活を送っていた。
そんな中、巷を騒がす脱獄死刑囚、清水綺嗣に友達を殺される。どうすることもできない怒りを抱えていると、幼なじみ、桐生湊斗にある提案を持ちかけられる。
様々な思惑が渦巻くこの事件に、一体何が潜んでいるのか──────
今、止まっていた歯車が、動き出す。