争奪戦 hall.銀座
新宿へ行ったあの日、とりあえず解散ということで現地解散して追って連絡をすると伝えられた。あっちの事情は詳しくないので、専門家に任せることにしようとひとまず無視を決め込んだ。それから、三日があっという間に過ぎ、私は学生の本分を規約正しく全うしていたわけだが。
「お、やっと来たな」
入り口のベルが鳴り、訪問客を知らせる。その女の子はつくやいなや周りを見渡し、私を見つけると頬を緩ませた。こちらも微笑み返して手を振ると、相手もまた小さく返す。
人の良さそうな店員さんが話しかけるが、彼女は私の方を示して話を進める。そこまで長くなるわけでもなく、店員さんはお辞儀をして厨房へ消えていった。
前より髪が少し伸びたのか、綺麗に結われた三つ編みを揺らしながら私の机にまで来ると、申し訳なさげに声をかけた。汗ばんだ顔を見るに、お昼を過ぎているはずだが、外は灼熱らしい。
「ごめんごめん。遅れた」
「どうしたの?遅延でもした?」
私がそう聞くと、顔を顰めて言う。
「紫の説明が大雑把すぎて、このカフェがどこにあんのか全然分からなかっただけでぇす」
「あぁ、そういうこと。申し訳ない」
「ふっ、ジュース一杯」
「言うと思った、ほんっと現金だよね」
そう言いながらメニュー表を彼女に渡す。
「席座っても?」
「それ確認するためにわざわざ立ってたの?てっきりお手洗いかと思ってた」
「親しき仲にも礼儀ありじゃん。んじゃ失礼」
「どうぞ。何飲む?」
「んー。コーラ!」
「やっぱりか、おけ。にしても、その顔だと、外暑い?」
「暑いなんてものじゃない!ありゃ南極のクマが来たら死ぬね」
「どういう例えよ」
なんでもなくて、つまらない会話だけど、そこが面白くて笑ってしまう。
「それで?そっちは部活、どうなの?忙しいのは良くわかるけど」
「ずばり、キャプテンって思ってた以上に大変だなぁってのと、休みなさすぎイチャつかせろ!」
「直球だねぇ」
目の前でうなだれてる彼女の名前は橘 早絵。幼馴染ではないが、中学生のときから懇意にしてい数少ない高校より前の友達だ。地元だとそこそこ強いバスケ部のある高校に推薦で入り、今じゃ部長を務めている。友達としては心配じゃないといえば嘘になるが、それも乗り越えるのだろう。そう安心させる実績が彼女にはある。というか、イチャつかせろ!とか言ってるけど、今彼氏いなかったんじゃ。
「私の悩みなんてそんなもんだけど、問題はそっちでしょ」
「えっ、私?」
「顔がやつれてる。湊斗君ならすぐ気づいてそうなのに、夏休みだから会ってないの?」
スマホを取り出して、自分の顔を覗き込む。げ、と言いたくなってしまうほど、見ていられない状態だった。隈もうっすらと浮かんで、顏の血色も夏とは思えないほど悪い。水泳で体が冷え切ったわけでもないのに、この有様。心当たりはもちろんある。でも、自分にここまで影響があるとは思っていなかった。栄司はなんで教えてくれなかったのだろうか。
「…なになに。私にも言いづらいやつ?」
気を遣ってくれているのだろう、軽い調子で聞いてくれている。ごめん、そう心の中で謝って、話を続ける。
「んー、と。あんまり真に受けないでほしいんだけど」
そう言い訳して、私は最近のことを一部隠して話す。祖父の知り合いに会って、その日から祖父の夢を見ること。最後には必ず、炎に包まれて目が覚めること。その度に。
「どうしようもなく、自分が嫌になる」
あの日に私が現場にいたら、まだ結末は変わっていたかもしれない。そうたられば想像する度に、悔しくて悔しくてたまらない気持ちになる。
「…まだ引きずってるの、は野暮か」
「あはは。確かに、私ってば未練タラタラすぎかな?」
「…なんかその話してたら、中学の奴らムカついてきた」
「もう、早絵ってば。その件は中学で終わらせたでしょ。私ももうなんとも思ってないし」
「本人が言うならいいけどさ。でもやっぱムカつく」
「もう…ありがとね」
むすっとした顔は変わらなかったけど、諦めたのか大きく伸びをしてメニュー表を取る。
「ムカついたらお腹すいた!パンケーキのおっきいやつ食べる!」
「私も、パフェとか久しぶりに頼んじゃおうかな」
住宅地から少し離れた場所に、件の和風建築は厳かに建っていた。
俺も来るのは久々なので、つい襟を正してしまう。
「日頃より、幹部の皆様におかれましては、ますますご清栄のこととお慶び申し上げます。つきましては、詳細は下記に掲載されていますが、緊急幹部会を開きます。幹部 二階堂 修二 様。本部までご出席ください」
という文面の書簡が事務所に届き、今に至る。
どう考えても紫の件、いや、遺産の件か。あいつらにとっては単なる遺産を巡った跡目争いなのかもしれないが、俺は違う。俺はなんとしてでも、あの遺産を手に入れなきゃならない。
自分の中にある妙な決意を胸に、いざ、本部へと入る。が!
「おい、何でお前も居る」
「ひっどーい。俺だっていちおう舎弟頭やってますし?ちゃんと召集かけられてんだよ」
「…そういえばそうだったな」
「えホントに忘れてたの?」
「んなわけあるか」
味方が一人いると甘えたいところだが、こいつは仲間でも、協力関係にある内通者でもない。ただこっちに手を出さないだけの敵だ。しかも口約束で交わされただけの諸い鎖。次に仕掛ける相手に宇佐の力は借りれない。この場は俺一人で切り抜かなければ。
昨日の晴天は今日も変わらず。しかし一向に風は強くなり続けていた。強風に吹かれながら、二階堂は歩き始めた。
大広間を抜け、長ったらしい廊下を歩き、中枢に辿り着くと、そこに会合の場所がある。宇佐の方を窺うが、手で扉を促してくる始末。俺に開けるよう仕向けて何をしたいのやら。
考えるだけ無駄だと思い、襖をわざと真ん中で開けてやる。後ろで「ヒュー」とか言ってるが、無視を決め込む。
俺が座るのは上手の方。正直座る場所なぞどうでもいいが、この場でそれを無視するわけにもいかない。守るべき掟はもっと他にあるだろうに。
宇佐は上機嫌で向かい側に胡座をかいて、どかっと座る。なんとなしに視線を向けて後悔した。面倒なのでウィンクしてきたのを無視する。
「おうおう若旦那ァ!久しぶりにお会いしやしたなァ!!」
ここは防音性はそれなりにあるはずだが、それでも外の連中に源治組長の声が響いてくると言わしめるんだから、苛立ちより感服が勝る。
「そちらも変わりないようで」
「んんー?どうも片膝張ってらっしゃるのォ!旦那にとって、今日の会合はそこまで重要っちゅーことですかい!!」
「この部屋へ入るとき、緊張しない日は無い。それは今日とて同じことだ」
「はっはっ!!そりゃごもっともですわ!!」
無駄話もほどほどに、会合時刻まで黙っていようとするが、ことはうまく運ばないらしい。剣呑な空気が漂い始める。違法者、それも曲者ぞろいとくればそう簡単にはいかないか。
「私語は慎んでもらおうか。ここは神聖な場所だぞ」
癖のある直系幹部の中でも、古参でありながら規律を重んじる珍しいタイプの人だ。名を金谷 謙吾。
「神聖て、仰々しすぎるでしょ。もっとお気楽にいきましょうよ。それに、俺としてはこれぐらい賑やかな方がやりやすいですけど」
グレーの少し長い髪を揺らして、若い男が口を挟む。他の者より一世代若そうな男は、俺たちと同じ威豪会幹部、長谷川組組長、長谷川 蓮。幹部で最も若く新進気鋭な男だ。金谷と長谷川は元より油と水だが、今日はいつにも増して剣呑な空気感を感じる。
「前から常々思っていた。貴様のような軽薄な奴がこの威豪会の幹部になど、相応しくないと!」
「なんすか急に、らしくもない。何をそんなに焦ってるんです?金谷さん」
「よせ。長谷川。ここまで焚き付けたのは俺の責任もある。金谷さん、アンタの配慮もせず、騒ぎ立てて悪かった」
「…ふん」
「若頭様にそこまで言わせちゃ、俺の方が立場ないじゃないっすか。それに、俺はただ聞いただけですしねー」
足を組み直して、また金谷を挑発しようとする。顔に出にくいだけで、長谷川も熱に乗せられてるらしい。案の定、金谷もその熱に浮かされた。
「貴様っっ…!!」
もう我慢ならないといった様子で目をかっ開き、腰を浮かしていた。もう後一押ししてしまったら、乱闘騒ぎになるだろう。
これはまずいと判断したのか、俺以外にも傍観を決め込んでいた数人の幹部達が仲裁に入ろうとする。しかし、この場にはふさわしくない穏やかな声が、張り詰めた糸を裁ち切った。
「止しなさい」
振り返らずともわかる。優しい声でありながら、芯の通った女性の声。
「会長代理」
誰かが独り言を呟く。
「あの人は、このような光景を望んではおりません。長谷川、そして金谷、自制なさい」
女がこの世界で未だに下に見られているのは言わずもがなだが、緊急事態ということもあって、前会長 二階堂 修吾の妻、二階堂 ふみ恵が陣頭に立っている。つまり、俺の祖母だ。前会長が慕われていたから、ふみ恵が会長代理として何とかやれていると思われそうだが、現実はそうならなかった。夫の死を乗り越え、大和撫子ではなく、凛々しい女性へと変貌して俺の前に現れた。
そうなった覚悟を、金谷、長谷川は知っている。
二人ともバツが悪そうに黙り込むと、互いに顔を背けた。
両者を見てもう言い争う意思がないと判断したのか、薄桃色の羽織を揺らめかせて中央を歩く。さすがの気品か、威豪会の象徴である優しいピンク色が良く映えている。
皆がその所作を目で追い、座るまでの数秒で空気が沈んでいき、椅子につく頃にはあの喧騒はもう鳴りを潜めていた。
「遅れて申し訳ありません。改めて、緊急幹部会を始めましょう」
家に響くのは、日曜のお昼によくある散歩番組の雑音とセミの合唱という名の雑音。音、音、音。
「だー!もううるさいっ!」
「大声出してるお前が一番うるさいんだよなぁ」
そう言いながら、足を組んで更に手には湊斗ママからもらったコンビニアイスを優雅に食べている。
「まあ頑張れよ、若人。その間に俺は優雅にアイス食ってるから」
うざっ、とあっかんべーをして、もう一度宿題に取り掛かる。
「高二で受験ないからって、先生も容赦なく宿題出してくるんだから。ここ数日、ノートとワークとしか見つめあってない気がする」
「目ん玉ないだろ」
雑談しながらも手はしっかり働いて問題をすらすらと書く。そろそろ夕飯の支度もしなきゃとため息をつきかけたその時、栄司の足元から着信音が鳴り出す。
「ごめん栄司、電話だれからか確認してもらえる?」
「しゃーねぇな、電話して休憩したらさっさとおわ、ら…」
「ん?だれ?」
「タイミング最高か。二階堂からだよ」
「はいもしもしっっ」
「うおっ!?」
聞くや否や身を乗り出してスマホを奪い取った。嬉々とした表情で、さっきまでの辛そうな顔はどこへやら。
《二階堂だ。今大丈夫か?》
「めっっちゃ大丈夫!」
《ふっ、なんだそりゃ》
急に電話なんてかけてきたからちょっと不安に思ってたけど、笑えるくらいには鬼気迫ってないらしい。
《近々緊急招集がかかるかもしれない、そこまでは話したよな?》
「うん。それが終わってから次の方針を決めるんだよね」
《それなんだが…少し厄介なことになった》
「はぁぁぁ!?!?私を捕まえた人に百万!?」
「うわぁ、いよいよドラマめいてきたな」
《威豪会も本格的に動き始めたってことだな》
「賞金首かっての…!」
昨日行われたという幹部会では、私の処遇、もとい遺産をどうするかを話し合ったそうだ。結論、当人捕まえて契約書書かせよう。うん、こういうところはヤクザなんだなって思ったよね。
《悪いな、止められなくて》
「変に反対しても今後が動きづらくなるからでしょ?大丈夫。マンガのヒロインだって思ったら、テンション上がってきた」
《お前がいいならいいが、すまない》
見栄を張ったはいいものの、状況は芳しくない。私が不用意に動けなくなった今、出せる手札は限られてくる。
「そんで?結局、これからどうすんだよ。紫に懸賞金がかかったわけだけど、前話してた計画で行くのかよ」
《美虚の言う通り、菅原が動きづらくなったのは痛いが、想定していなかった結果じゃない。このまま計画を進めようと思う》
うだうだ足踏みするより、今の状況を少しでも好転させる。そんな強い意志を孕んだ声だ。この意見には私も同意だし、またいつあの手の奴らが来ないともわからない。栄司に確認してみるが、気持ちを固めたようで、力強く頷いた。
「了解。こっちでなにかしておくことはある?」
《そうだな…。お前、金に余裕はないよな?》
「ない」
《即答か。なら、ある程度お前の銀行に金を送っとくから、礼装を一式買っておいてくれ。一応言っておくが、アドバイスはできないぞ。流行りはよくわからん》
「礼装?ドレスってこと?なんで?」
《次に行くとこに必要なんだよ。じゃあな。だっせーの買うんじゃないぞ》
「説明足らないんですけど!!…切られたし」
「また面白いことになってきたじゃん」
食べきって残った棒をぶらぶらさせながら、実に愉快そうに笑う。睨みつけても効果なし。いや、本当にどうしたものか。
「笑い事じゃないし…どうしたもんかなぁ…」
もうぶっちゃけ何も考えずにとりあえずふて寝しようと思っていたが、こういう時に、日ごろの行いが出るもの。ピンポン音が聞こえたので、誰か見るだけ見ようと重い腰を上げる。
「はーい!今行きます!」
穴から覗くと、湊斗がコンビニの袋をちらつかせて笑っていた。ドアを少し開けて顔を出す。少し日焼けしていて、建康良児そのものだ。
そして私は思いついた。やはり持つべきものは優秀な友達だと!
「こんちは。数学の宿題でわからないとこが二問あってさ…って、青ざめてるけどなんかあった?」
「我らが救世主!!!!」
やまびこでも響きそうな静けさに、私の声が反響する。
「…はい?」




