あの日誓った貴方との約束 Part.4
太い幹に足が着いた瞬間さっきよりも踏み込み、もう一度斬り込む。流石と言うべきか、そこそこ本気で動いていたがしっかりついてきていた。この特攻も、デジャブではなくもちろん理由あっての行動だ。
「学習能力が無いわね!!」
初めて見せた感情の片鱗を突き刺そうと四方八方にくすんだ紫色の穴が開く。刀を握る手が強く、軋む音を放つ。俺が長期戦に弱いのは戦ってれば自ずと見破られる。
これがラストチャンス。
ここで決めれないなら、拘束武器を持つあちらに絡め取られてお陀仏。未知と呼称したあの能力に対処する方法はまだ分からない。だからこそ、俺らしさを。
さぁ気合を入れろ栄司!!!
「うぉぉっらァァ!!」
閃光。
銀色は小さな火を纏い前を斬り開いてく。一回転して全方位を捌くが技量が物量を凌駕することは無く、左腹部、右足をそれぞれ抉る。激痛が電流となって走った。推進力もそのままに、まさに流星の如く刀は止まらない。鎖の包囲網をくぐり抜け、身体ひとつ飛び出した。揺れる視界には激情から愕然へ。表情の切り替わったシャルロットが映るが、それに牙を見せて返す。
視界に映るシャルロットが未知の穴を背後に開いている。人間がギリギリ入れるほどの大きさにまで広げられるのは想定外だった。逃げられる、直感で理解した。今までは俺が逃げる隙を与えなかったからあの穴を開く時間が無かったのか。この場面で使うということは、あの穴はワープ的な能力を持っていると考えるのが妥当だな。ここで逃げられて紫のとこに行かれたら、絶対に間に合わない。もう蹴れる足場は見当たらず、加速は不可能。
──────諦めるか?
仕方が無い、もう自分はやれるだけやったと、この手を止めるのか。
──────お前にはなんの得もない。
アイツが死んだら俺が死ぬ。だが、それで良いだろう?
良くねぇよ。なんっっにも良くねぇ。
ブレる視界を矯正して、もう一度シャルロットを見る。死ぬのは怖くない。まだ、その感情は俺には無いものだ。なら何故アイツの為に、鞭打ってまでこの躯を行使するか。簡単だ。
紫は俺を信用してくれている、俺はその信用に酬いる。理由はそれだけで十分だ。
俺は、それだけで戦える!!
突如、視界が早まった。まだ数メートルはあった距離が、一メートルも無いぐらいに近づいている。何が何だかわからず、頭は追いつかない。瞬間移動か、はたまた時間操作か。あの穴と同じ特殊能力のようなものなのか。それすら、俺には分からない。だが、この予期していなかったチャンスを掴もうと、握る手の感覚を取り戻す。
「なっ!?」
相手の口から漏れる声。絶対にありえなかった未来。それを掴む為だったら、なんだってしてやる!!
「うぉぉぉぉぁぁぁ!!!」
咆哮と共に一振の刀が落ちていく。逃げ切るのが先か俺の刃が届くのが先か。その答えは、すぐに表れた。
目の前を鮮血が飛ぶ。
身体を確かな感触で袈裟斬りに斬り、その勢いのまま地面に激突してしまう。受け身もろくに取れてい無かったせいか、鈍い骨の音が聞こえた。頭痛も酷い中何とか立ち上がろうとするが、右足からなぜか崩れ落ちる。
あぁ、そうか。そういえば腹と足に風穴が空いていたんだっけ。右足からドクドクと止まらない血を見てようやく気づく。膝を着いたまま顔だけシャルロットの方へ向けて相手を確認するが、どうやら相手も満身創痍らしく、中々立ち上がれない。
右足は添える程度に抑え、刀を杖代わりにして立ち上がる。砂利を足で引きずる音が聞こえたのか、動きを止めて動かなくなった。
息を切らしながらも、何とかシャルロットの真横に立つ。正直もう一歩も動けないが、隙を見せたら殺られるのはこちらだ。やるなら、徹底的に。持っていた刀を無造作に振り上げる。その顔は、血に塗れてこちらを見ることは出来ない。
「・・・貴方、特殊能力が使えたのね。してやられたわ、ホントの本当に切り札として持ってくるんだもの」
「んなもん持ってない」
「なら、最後の一撃はどう説明するつもり?まさか背中にジェットパックが付いてます。なんて言わないでしょう」
死の淵に立って漸くジョークというものを学んだか。それにしても、何だ?特殊能力っていうのは、あの穴を創り出したりする事なのだろうが、良いのか悪いのか、俺はあんなもの出来やしない。
インカムといい、特殊能力といい、知らないって怖いなぁ。
そうぼんやり考えながら、俺は右手を振った。
「君って、サディスティックって言われたことない?」
唐突に何だこの人は。
「行動理念は単純だ。けれど、そのアプローチが如何せん常人には理解し難い」
妙な間が空く。木々もその空気を察し、揺れを控えた。
「そんなに俺って分かりやすいですか?」
その問いに、最大限の笑みを持ってして返す。
「こと、そこだけは、ね」
俺自慢のポーカーフェイスも、そっち方面は型なしか。自嘲の笑いと一緒にため息が出る。
あの後待機していたライラと合流して、無事に鎮圧。山を登る途中で包囲網を切り抜けた楓慎さんとたまたま会った、という訳だ。何故そのまま助太刀に行かないのか、それは、紫の意見を尊重した結論故にこうなっている。俺はすぐにでも行きたいが、それを彼女は望んでいない。なら、手出しは無粋というものだ。
木に寄りかかりながら、上に位置する廃ビルを見上げる。
「あぁ、それにしても。桐生君、特殊能力のこと、彼女に言ってないね?」
顔は伏せられその表情は窺えない。見透かそうとする意図を隠そうともしないか。
「伝える必要が無いと、判断したので」
あくまで冷徹に答える。
「特殊能力。アルミスが或る一定水準を満たすと目覚める、人ならざるもうひとつの力。イアン・シムル、そして君のアルミスも目覚めているとなると、彼も目覚めていてもおかしくないが、態度を見るにまだなのだろう?あの力を持っているといないでは、戦局的有利は天と地ほどの差がある」
「それを覆してこそ、ですよ」
「うわぁ、やっぱり君って、サディスティック」
バチン!と辺りに分相応な音が響き渡る。そこには、男の胸ぐらをつかみ馬乗りになった少女と、汚らしい装いの男が左頬を赤く腫らしていた。
「っっぃたぁ・・・!いや、結構ガチでビンタしたねぇっ」
「当たり前でしょ。暴力が唯一の憂さ晴らしで解決策なんだから、この一発に全て込めなきゃやってられない」
「は?この一発?まさかとは思うけど、お前、これで復讐は終わりだって言う気?」
この男が酷く動揺するさまは、私を気分よくさせるには十分だった。これだけでもぶっ叩いてやった甲斐があったというものだ。
「言ったでしょう。これは復讐ではなく、私の自己満足以外の何物でもない。なら、私の気が済んだなら私の目的は達成されたことになる。後処理なんて他の人に押し付ければいいしね」
面倒だと言わんばかりに、紫は踵を返して階段だったものに近づく。袖の埃を叩いて何事も無かった様に帰る背中を唖然と見つめていた清水だったが、小さく、か細い声で引き停める。
「きっと、後悔する。あの時、手を下しておけば良かったって」
振り返ると、そこに居たのは連続殺人鬼として恐れられる狂気の男ではなく、己の罪を独白する青年だった。
「そうね、私はきっと後悔する」
彼の言うことも間違いじゃあない。数多くある選択肢の中で、誤ちを選んだことの方が多いだろう。でも、それは何を選んだって、同じ事だ。だったら、自分のしたいようにしたい。選ばされたものだったとしても、それが最良だったと信じたい。
「でも、最初からこれは間違ってる、なんて思って動いてないよ。私の考えうる最良が、これだったの」
そう、最善だなんて甘ったれた事は言わない。言ってはいけない。
「私のいつかの話をする前に、自分の今を考えた方がいいわよ」
手筈通りに事が進んでいるのなら、ここにいるのは自分の身が危ない。私は後ろを一度も振り返らずに、塵になりつつある階段を駆け下りる。
世界が崩れ落ちる。
もう、変えられないと思ってた。僕に出来るはずが無いとたかを括り、諦めた。でも彼女なら、あの子ならできるのかも、そう思わせる覚悟がある。貴方のように。
「僕、もう一度頑張ってみますよ。今この場にいるのは、貴方のお陰ですからね。それに、貴方に約束、しましたもんね」
小さな穴から覗く空は、相変わらずの曇天で雨がとめどなく降り注いでいた。
「何一人で笑ってるのよ。気色悪い」
重い瞼を必死に開けて、長年の相棒を見る。貌と怪我の具合から予想するに、流石に負けたか。震える足でわざわざ僕の所に戻ってくる辺り、ホント生真面目だよな。彼女の罵倒に目を伏せて話を促す。
「資質だけで言えば全アルミスの中でトップランクよ、彼。あれが完成するのは想像したくないわ」
驚きで痛みも忘れてシャルロットを見つめ返した。自慢にしか聞こえないだろうが、シャルロットはアルミスの中でも特殊能力で言えば、最高ランクのものを持つ。だからシャルロットにここまでで言わせるというのは、凄いというより恐ろしいものなのだ。
「へぇ、お前にそこまで言わせるのかぁ。ていうか、よく生きて戻ってこれたな?そんなボロボロの状態で生還出来るとは思えないんだが」
この問いに片腕を掴んで言いにくそうに、目をそらす。
「・・・たのよ」
「なんて?」
「見逃したのよっ!!あのアルミスっ私に最後のトドメを刺さずにどっか行ったのよっっ!!」
それが屈辱的だと言わんばかりに顔を紅潮させ叫んだ。僕達は、真っ向勝負をしたらそこら辺のレグリアス達にも普通に遅れを取るだろう。ヒットアンドアウェイで凌いできたのは言うまでもない。だからこの結末も想像出来たのだが・・・。どうやら、彼に負けたのが僕の想像以上に悔しかったようだ。
「お前がそこまで激昂するとはな」
「それも・・・そうね。はぁ、流石に疲れたわ」
アルミスは僕の隣まで来ると、倒れるように座り込む。血の匂いが自分の鼻についた。
「これからどうする気?もう私達で打てる手は無いんじゃないかしら」
「さぁな〜。僕もここまでで良いかなって思ってたんだけど、ちょっと想定外の事態が起きた。引退宣言はもう少し引き延ばそう」
その言葉に心底嫌そうな表情をすると、遂に諦めたのか目を閉じて眠る体勢を取った。
「死ぬ可能性は?」
「ないね」
「なら、それを信じて寝るとしましょう」
「いや寝るのとなんも関係ないし」
僕のぼやきに言葉は返ってこなかった。横を見る。寝顔を恥ずかしげもなく晒している少女が横たわっていた。額から垂れる仮初の血を指で拭き取り、同じように瞼が下がっていく。そろそろ僕も限界か。
「ここまで長かったなぁ、ホント。その割に、報酬が見合ってない気がするけど」
含み笑いのその後には、静寂を掻き消す足音が鳴り響いた。
人が一番大切にしているものとはなにか。個人の問題だから絶対にこうであると、一概に言えるものでは無い。彼にとっての一番と、私にとっての一番。それがあの場では対立してしまっただけ。思想がピタリと合えば、もしかしたのかもしれない。まぁこんな胸の内でたらればの話をしても、実るはずもないわけで、一旦やめにする。
スマホを弄っていた私の傍に居た彼が、不意に口を開いた。
「あいつらちゃんと生きてんのか?」
寝っ転がってテレビを見る、アルミスの栄司はあの日の無数の傷跡が完全に癒えていた。
「さぁねぇ。あのレグリアスの一件も考えると、半々ぐらいだと思うけど」
三日前のあの日の事は、AESCの人達の手によって世に出されることは無かったのだ。情報操作の権限といい、やっぱり政府と繋がりがあったか。そう納得の出来る鮮やかな隠蔽工作だった。
そのおかげというべきか、事件の一切が世に出ること無く、ひっそりと終わりを告げた。そして、その翌日には学校が再開した。といっても、急に授業が始まる訳ではなく、事情説明と今後についてのながぁいお話で終わったのだが。
岡田の葬式には参列したが、私以外にも私の高校の制服を着た学生が多く見かけた。
人望の高さが伺える涙ばかりだ。焼香台の前に立つ。この何とも言えぬ感覚は、やっぱり好きじゃない。何度も経験してきたが、どうしても昔を思い出してしまう。ここにいる故人は彼らではないというのに。
最後の一礼を済ませ、踵を返して出て行く。前からは湊斗がちょうど歩いて来ていた。まったく、演技が上手いなぁ。悲壮感漂わせて歩く姿に私は感服して、岡田の元を後にする。
私の意識はハッキリとしている。足取りも千鳥足にならず、地に足つけて歩いている。あぁ、それがなんとも憎い。
考え事をしていたせいか、いつの間にか門の手前まで来ていたようだ。道行く人が喪服でいる中、ただでさえ私服なのに金髪は悪目立ちしすぎている。彼には私の顔はどう写っているのだろうか。まともな顔をしているといいのだけど。
「お前は、泣かないんだな」
視線を巡らせながら言う。
「流す涙なんてないもの」
あぁ、また。
「あの子・・・自分の祖父が死んだのに、涙ひとつも流さないなんて・・・」
ひそひそ声が耳に届く。幼い私には、その言葉の意味が全部は分からなかった。でも、これだけは言えた。私のやっていることは、間違ってないって。
「ないちゃ、ダメだもん。おじいちゃんとのやくそく、まもらなきゃ」
「・・・そうか」
また、嘘をつくのか。
その時の栄司の顔は見えなかった。
「栄司さ、なんであの時、私が泣いてない事を聞いてこなかったの?」
この質問に、意味は無い。答えに意味が無い、そういった方が正しい。どんな答えであろうとそれで私は救われた。それでいいのに、聞いてみたくなってしまった。何故かと聞かれたら言葉に詰まってしまうけれど。
開かれていく口が、いやにスローに見える。
「だってお前、今までで一番辛そうな顔してしたし」
驚きの言葉すら出てこない。それと同時に、酷く安心した。良かった、まだ私は普通でいられていると。
「そんな顔してた?」
目を細めて聞く。
「少なくとも、今みたいな穏やかーな表情はしてねぇな。てゆうか、なんでここで笑うんだよ」
「ふふっ、なんでだろうね」
「気色悪ぃ〜」
本当に意味がわかっていなさそうな顔を見ると、余計に笑いが込み上げてくる。
きっと、これから先も困難しかないのだろう。それは栄司と一緒にいる時点で諦めているが。レグリアス、アルミス、AESC、そしてMAU。何一つとしてしっぽも影も掴めていない。湊斗と早乙女さん達だって、一回もそんな素振りも見られなかった。どれだけ私の知らない真実があるのだろうかと思うと、頭を抱えたくなる。
でも、例えそれでも、足を前に進めねばならない。もう私の足には茨が絡みついているけれど、それが食い込もうがなりふり構わず進んでみせる。私にはその責任とそれを遂行する意思があるのだから。
スマホから顔を上げて外を見上げる。窓から吹き抜ける生暖かい風は、何かの訪れを感じさせて。オレンジ色から、黒と青を混ぜた様な空へと移り変わる空が見える。時代が代わる象徴のようで。
「なぁ〜、今日の夕飯何?てかお前大丈夫?」
そんなことを考えていたせいか、まだ訝しげな目を向ける栄司にやっと気づいた。紫の整った瞳と視線がかち合う。目の中に私の顔が写っている。生気の抜けた、というとオーバーな表現かもしれないが、ぼーっとしたあほ面がそこにあった。
「大丈夫じゃないって言ったら?」
乾いた笑いを向ける。私の感情とは反対に彼は快活に笑った。
「仕方ないから俺も夕飯手伝ってやる。カレーな」
間髪入れずカレーがいいと言うと、私が何も言う間もなく手を洗い出した。
そこで初めて気がつく。リビングの空気、色彩、五感で感じた全てから導き出される結論。心のさざ波が凪いでいくのを感じる。
「しょうがないっなぁ!」
軽くなった腰を上げて彼の隣に立つ。
彼は隣を見る。それ以上、彼は何も言わなかった。
彼女は冷たい水で手を洗いタオルで拭き終わると準備を始める。そこには、ただ当たり前の空気が流れた。
第一章 [完]
皆様、暑さに負けず元気にお過ごしでしょうか?鬼桜天夜です。長く長くなってしまいましたが、第一章やっと完結です。
自分が思っていた以上ややこしく、複雑になってしまったのが悔しかったですね。大筋は一貫して、清水を追うというものでしたが、その裏で暗躍する多くの人達。この第一章はきっかけである。そういう意味で謎が沢山残っています。
紫と栄司の関係性の変化、湊斗とライラの主従、揄士郎とイアン・シムルの仲の良い上司と部下。それらを書き出していくのは楽しかったですし、バディものならではのタッグバトルは新鮮でした。戦闘シーンも二人いるからこそ魅せられる良さをもっと出していきたいです。
第二章は、個人的に凄い楽しみにしていたものです。登場人物が気に入っているというのもありますが、分かりやすいストーリーになるので、自分が書きやすいのもあります。
改めて、いつも読んでくださっている方々、ありがとうございます。これからもご愛読の方、よろしくお願いします。
第二章 あらすじ
期末テストも平穏に終わり夏休みに突入する七月末、元通りの生活を取り戻しつつあったレグリアス 菅原 紫、アルミス 美虚 栄司らだが、そんな二人の前に謎の訪問者が現れた。二人は自分達はヤクザだと名乗り、紫を連れ去ろうとする。そんな一触即発の空気を切り裂くように、ある男が乱入した。彼はどうやら、紫の祖父を知っているようで・・・?
人知れず闇が渦巻く東京の影で繰り広げられる戦いに、紫たちは巻き込まれていく。




