あの日誓った貴方との約束 Part.3
刃物、それも長物で倒された林を難なく抜け、決戦の場である廃ビルに足を踏み入れる。足音が思った以上に反響したので、私も栄司も肩をビクつかせ一時停止してしまう。恐る恐る、それでいてひそひそ声で喋りかけた。
「今の、大丈夫、だよね?」
「た、多分な」
流石に今の音は大きいと思ったのか、両者揃って辺りを余計に見回す。こんな所で立ち止まってたらそれこそ奇襲の意味がない。
「栄司、やっぱりここは一気に行こう。今のでバレた可能性の方が高い」
と言いつつも、私はもっと早くに自分たちの位置が割れていると考えていた。どうしてもMAUが襲撃してきたタイミングが腑に落ちない。私と楓慎さんを分断させる意図を感じて仕方がないのだ。そんな理由もあり、急かすように説く。
一度私から目を逸らして、視線が戻ってくると同時に応えた。
「だな。そんじゃ失礼っ!」
両腕をこちらに差し出したかと思うと、背中と膝を抱え込むようにして私を持ち上げた。いわゆる、世間一般的に"お姫様抱っこ"と呼ばれるものになる。
慌てふためく私を他所に、膝を曲げるのも速く、気づいた時には疾風の如く走り出していた。文句を言う暇もなく、新幹線にも引けを取らないスピードで前に突き進む。そもそも彼、どこに行けばいいのか分かってるのか──────!?
「えっ、えいじ!!これどこ向かってるの!!?」
「決まってんだろ!王様は上に居るって相場が決まってんだよ!!」
そんな架空さながらの相場は知りたくもないが、栄司は単純に上を目指して階段を駆け上がったり急カーブをキレキレに走っているらしい。もう私は怖くて半分も見えていないが、立ち止まらないのを見るに人の気配、もしくは人影も見てないということを示している。彼の言うとおり、本当に上にいる可能性が出てきてしまった。
走り出してから立ち止まるまでに、体感時間だと一分もかかっていないと思う。外観から推測すると、廃ビルは七階建ての構造になっており、一階層の天井の高さが高くなっている。アルミスの身体能力は人間とは比較にならないほど恐ろしい。それに、一見しただけでは人間とアルミスの区別はほぼ不可能。自分の勘しか当てにならないのだ。ふと悪用方法を思いついてしまったが、口にするのはやめておこう。
そんなくだらないことは放っておいて、今の現状を再確認しよう。
私たちが立てた計画はドミノ倒しのように呆気なく崩れ、三チームに分断された。だが、そこで諦めるほど私の覚悟も弱くない。清水綺嗣へ奇襲を仕掛けるべく本拠地へ。
そして今、均衡を壊す火蓋を切る。
「らしいな。うん、実にらしい。予想を遥かに超える決断力とその実行力。あの人の面影バッチリだ」
今でも瓦礫がボロボロ崩れ落ちる壁に座り、片足を投げ出す男。汚れたコートに手入れをされていない頭は、ホームレスと見間違えそうだ。だが、ホームレスや心が病んだ人達とはある一点において決定的に違った。
ゆっくりと振り返る男の瞳には、野望に燃える闘士の輝きを放っていた。
ゾッとするほどの熱を帯びた瞳。恋を錯覚してしまうくらいに、男の目は、虚ろだった。私を見ているはずなのに、焦点はどこか違うところにある。視覚情報としては見えるはずのない、遠く後ろを見ていた。
それに、らしい?私らしい、という意味?記憶をいくら漁っても、こんなイカレ殺人鬼とは会ったことがない。ならどういう意味を持ってこの言葉が出てきたの?
冷静になれ菅原 紫。そんなことはどうだっていいでしょ。今すべきことを、ただまっしぐらに。
「聞く必要も無いと思うけれど、貴方が連続殺人鬼、清水綺嗣で間違いないわね」
「違う、と言ったら?」
「やることは変わらない。暫く動けないようにする、どう足掻こうと、私のすべきことは同じよ」
殺人鬼というから随分な破綻者かと思ったら、蓋を開けてみれば特別ヤバい人だと思わせる素振りはひとつも無い。
不気味さを感じつつも、私は賭けに出る。
「それにしても貴方、共犯者とかいないのね。あれだけ派手に人を殺しているのだから、てっきりお仲間でもいるのかと」
返答には数種のパターンがあるが、期待するのは二つ。真っ向からこちらの問いかけを否定する場合と含み笑いをして受け流す場合だ。前者は肯定に、後者は否定の意味を持つ。桐生ほど探り合い得意じゃないんだけどな。選り好みはしてられない。
警戒する私を見て何か勘づいたのだろうか、はたまた、単なる彼の性格故か。清水はそのどちらでもない返答をした。
「あぁいるよ。シャルロットっていうんだけど、まだ会ってないのか?」
平然と、この問いで得られるものは何一つないと、そう宣言された気がした。このぐらい頭がキレてないと、連続殺人だなんて芸当、出来るはずもない。そう考えると今の何事もないように振る舞う姿、そしてこの状況。それすらも、周到に用意されたステージでしかない、そう思わせる説得力を持っていた。
「親切に名前まで教えてくれるのね、こちらとしては好都合だけど」
「名前を教えたところでおれに不都合はないからね。こちらから手の内を明かすような真似はしないよ」
「そう。なら戯れ言に興じていても、不都合はないよね?」
「問題ないとも」
「そのシャルロットとかいう電脳人間はどこにいるの?」
目の前の男は目を見張った。間違いない。コイツは空想の主君で、片割れがシャルロットだ。道理で神出鬼没なわけだ。人外が相手じゃ、公的な組織など意味を成さない。
ということは、だ。清水綺嗣は、収監中にアルミスとの関係が築かれたことになる。でなければ、清水綺嗣と一緒に居たであろうシャルロットも捕まっている。でもそれはそれで問題が生じてしまう。
脱獄した時にシャルロットの情報が何もなかったこと。これに至っては一つの可能性を見出した。だがそれを裏付ける証拠や情報がないから、今ここで上げるのは止しておこう。
硬直から融けると、お腹を抱えて笑い転げた。ずっと独りでいたせいか、笑いのツボも位置がズレたようだ。
「・・・ふふっ、はははははっ!!そうか!やはり因果だなっ!!運命ってのはつくづく憎らしい!!」
その狂気じみた笑いにカラスたちが飛び去っていく。黒い斑点をバックにした清水綺嗣は、さながらRPGによくある魔王の登場シーンだった。
「あぁ、いや失敬。おれがなぜ腹を抱えて笑っているか、君は知らないんだよね。教える気が無いから教えないけれど、安心して。この笑いに深い意味は無いから」
「意味があるかどうかは貴方じゃなくて私が判断するものよ」
「それもそうだね。その切り返しは想像してなかった」
まだくつくつと笑みを浮かべる清水を真っ直ぐに見据える。その後ろを一言も発していない栄司がいる。私も彼も、まるでこれからの展開を知っているかのようだ。
「奇襲とはまた、随分姑息な手を考えつくのね」
「奇襲?仕掛けてきたのはそちらだろう?」
首を横に振り否定の意を示す。
「まさか。冗談はよして。この場にアルミスが居ない時点で、迎撃ではなく奇襲の裏をかく戦法が導き出されるのは当然でしょう」
細められていた目は次第に閉じていき、色の変わった瞳がこちらを見つめ返す。瞳に描かれたのはシャチが躍動する姿。
「・・・やめだね。その目はこれからを知っている目だ。引き伸ばしてもいいけど、そろそろ飽きてきた頃合いだろ」
「同感ね、茶番は適切なタイミングで本編へと切り替わるべきよ」
もう会話は要らないと、誰もが理解した。右眼に意識を集中させる。示し合わせたかのように、言葉が紡がれていく。
「さぁ、最終局面を始めましょう」
「さぁ、旅路の終わりを始めよう」
栄司が滑空し出すと同時に、清水綺嗣の後ろから女の子が葉を散らしながら飛び出してくる。栄司は動きを止めずそのまま直進し、相手の手に持った鎖と火花を散らす。刀の方が物量では勝ったか、突進も相まって飛び出た方向に弾き返す。
「大元の相手は頼んだぞ!」
そう言い残し女の子が飛んでいった(飛ばした)方向へ消える。
相変わらず目は熱を帯びているけれど、油断も隙もない。厄介な男だ、心からそう思う。
「あぁそうだ、聞きそびれていたけど、君の目的は仇討かい?それとも、お金につられたかな?どちらでも、おれは否定しないとも」
「追われる立場の割に、余裕そうね」
「質問に答えてくれる代わりに、君の質問に誠実に対応するとしたら、君は心を開いてくれるかな?」
動揺を隠せなかった、真実だった場合の利益が大き過ぎるからだ。心を開きはしない。しかし、この男からは嘘の気配は一切感じられなかった。
「私があなたを追うのは、私のため。私の我利私欲を満たすために、この場に立っている」
「・・・極論だね、だがそれを堂々と口に出来る人はそう居ない。いいよ、君の大器に敬意を表し、一つだけ真実を答えよう」
この局面、私が問うべき質問がいかに重要か。誰から見ても明白だろう。自己利益の為にこれから先の利益を放り出すか、近道の為に禁欲へ走るか。
迷った。迷ってしまった。
己を顧みず他者のために力を尽くす。そう頑張ってきたのに、そうありたいと願っていたのに。
──────我利私欲は身を滅ぼすぜ?
何気ないあの一言。彼自身もきっとおふざけで言ったに過ぎない。まさか、ここに来て伏線回収ってわけね。
「なぜ殺したの」
この言葉に、彼の薄っぺらい笑みは一切消え、驚愕のみとなった。それはそうだろう。もっと大儀に満ち溢れた、世界の秘密について聞かれると思ったはず。それが普通だ。それが正しい行いだ。だというのに、私は自分の欲望に逆らえなかった。弱い人間だと罵られても、なんの文句も言えない、言ってはならない。
でも、後悔はしてない。
後ろで小さく「なっ!?」と漏らした栄司には、悪い事をしたけれど。でもやっぱり、これで良かったと思う。
「多すぎて特定の人物なんて覚えてないさ」
「貴方の手口はいつも同じだった。でも、一回だけその美徳に泥を塗ったわよね」
「やっぱりか。どこでそれを知ったか聞いても?」
桐生の情報収集能力は伊達ではなかったようだ。ぴたりと彼に犯行を見つけた。頼りになるが、それと同時に恐ろしくもある。敵に回られてたらどんなに厄介だったか。
「情報網をそんな簡単に晒すと思う?」
「まっ、そりゃそうか」
本当に諦めたのか両手を空中に放り投げる。案外諦めが早い。もっとこちらを探るようだと警戒していたが、徒労に終わってしまった。
「じゃあ、そろそろいい?」
「あぁ、長話はおれの悪い癖だな」
勝てる。そう思わないと、勝てるものも勝てない。この死と隣り合わせの今に、押し潰されそうで。だから今、力強く、前へ踏み出す。
私が攻勢に出るのを読んでいたのか、前触れもなく駆け出しても目線一つ動かさない。体も正常に動く。嫌な汗を体に受けた風が風が吹き飛ばす。
車さながら、走り出した体は急に止まれない。勢いを殺さずつま先に力を込め、跳ぶ。私の予測じゃこの攻撃は残念だが当てさせてくれない。そんな気持ちを微塵も感じさせず、プロレスラー顔負けの飛び蹴りをお見舞する。
しかし、予測は外れた。
清水は避けず申し訳程度に片腕でガードする。だがそんな防御では到底何とかできるはずもなく、確かな感触と共に後方へ吹き飛ばされた。強化された今の状態だと、クリーンヒットさえすれば成人男性を蹴り飛ばすくらいわけない。足元からの着地も見事に決まり、普通なら喜んでもいいが今回はそうもいかない。
一切の表情を変えないで、頭から血を流す清水の胸ぐらを掴む。相手も大なり小なり強化されているからこの程度で済んだが、生身の人間だとこうも五体満足じゃ居られないだろう。出血してる段階で五体満足というかどうかは議論の余地があるが。
ここである確信を得る。
それは、私に施される身体強化の度合いは、他よりも断然上だということだ。清水が力を使ったのは確認した。その上で、本気を出していないにしろこんな簡単に蹴り飛ばすことが出来る。そして三日前の巴月との戦闘。相手は手練で尚且つ力を存分に使っていた。なら、そんな殺意マシマシの奴から私が勝てると思うか?否、客観的に見てまず無理だ。
なら、なんで今こうして生きていられるのか。
武術の心得が相手より勝っていたから、運が良かったから。違う。単純な強さが技術を超えてしまったからだ。
私としてはあまり喜ばしくない事実だが、事実は事実として認めなくてはならない。事実を知った上でこの状況を俯瞰してみると、私の力量が上回ったと見える。でもそうじゃない。それだったら私の攻撃を難なく捌ききった巴月はどう説明をする、という話になる。
もうここまでくれば、あとの長ったらしい考察など必要ない。なぜならこの男は、
わざと吹き飛ばされたのだ。
「私の喧嘩を買った割に、随分とまぁ舐めた真似してくれたわね。よっぽど人を苛立たせないと生きていけないのかしら」
「フフッ、そうだね。おれはきっとそういう生き方しかできないんだよ。だからおれは、永遠にはぐれ者なんだ」
「それは貴方の弱さ、妥協でしかない。歩み寄る努力をしない人が、他人からの評価で自分を卑下するなんて、恥でしかない」
「それで他人に迷惑をかけるなって?おれは迷惑をかけることをなんとも思っていないけど?」
「相手の個人的な感情なんて一々気にしてたらそれこそキリがないわ。だから貴方の心情なんて知らない。私はただ、自分がしたいことをするだけ」
「横暴だ、それに傲慢」
愉快げに嗤う。
「否定しないよ。私って我が儘だから」
ここにも、嗤う声一つ。
先程まで自分は間違いなくアイツを追い詰めていた。
それは紛れもない事実だった。そう、だったのだ。
「んなっ!!?」
思わず口から驚嘆が零れる。咄嗟に攻撃をかわし別の枝に乗り移って難を逃れたが、紙一重とはまさにこの事。
「今のを躱すのね。動体視力だけは評価してあげるわ」
妙なアクセントを故意に付けたのを聞き逃す訳もなく、上から見下ろす形で返答する。
「まぁ上から目線だこと。ぶっ飛ばすぞ」
人間キレると笑う奴が居るというが、なるほどこういう気持ちか。
「それは上から目線なのはそちらよ、とでも言って欲しかったのかしら?」
そして俺のギャグを解剖される気持ちもまた、こういう感情になるのか。
「ったく、俺の周りはつれない奴が多いな」
この無駄口すら、アイツには真意を見抜かれてるらしい。厄介、というよりも侮れない気持ちの方が勝る。なにしろ未知との戦い、慎重にならざるを得ないのだ。
ここで疑問に答えておくか。誰に?とかいう野暮なツッコミが紫あたりから飛んできそうだが、生憎紫もあの囚人相手に奮闘しているからな。それにしては静かすぎるが、もしや本当にグーパン一発で止めたとかそんなことは無いよ、な・・・?一応、頭に入れておくか。
疑問というのは、あのシャルロットを未知と呼称したこと。
電脳人間ならシャルロット以外にも、ライラにイアン・シムルの二人、それにアルマ。アイツらも人間と比べたらそりゃ違うが、そういう特異とはまた違う異質さ。それを、目の前の奴は持っている。
こいつは危険だと脳が信号を絶え間なく送信してくるほどに、得体のしれない能力の持ち主だ。能力という言葉を使ったのは比喩だと思いたいが、文字通りの意味なのだからウンザリする。
軽く体を前に倒して、枝を蹴りシャルロットに斬りかかるが、案の定真っ暗な空間から二連、三連と鎖が出現し攻撃を阻む。MAUが現てくる時と似たような穴をいくつも生み出して、そこから鎖を何本も出して攻撃を仕掛けてくる。顔がより一層険しくなるのにため息をしつつ、後ろから出た鎖を避けた。追撃を避けるため、木を跳ね回る。しかし痛い。マジでアニメのキャラクターとかこんなんやってんのか、俺なんか顔じゅう擦り傷だらけなんだが。コツでも検索したらヒットするかな。
キリが悪くなりますが次行きます。
By鬼桜天夜




