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ALUMISに願いを  作者: 鬼桜天夜
プロローグ
1/19

道標はネオンの中に

退屈な授業。特に代わり映えしない窓の外。私の両目に映る全ては、昨日より特異的な変化は起きていなかった。

もし一つ変化を上げるとするならば、今教鞭を執っている現代国語の先生のハゲ具合が、先月より増したということぐらい。

あと、岡田が彼女に二股されたとか、三口の頭が金色になったとか。こう考えると、退屈なのは変わらないけど、変化はあるんだと再認識する。したところで、何も変わりはしないのだけれど。

肘をつきながら窓の外を見ていると、先生が隣の席を当てる。授業を聞いてはいたので自分でも問題無いが、つくづく先生も見る目が無い。お昼を食べ、眠たくなったこの五時限目は、寝ている生徒を指名するのが常道(セオリー)だ。なのに、真面目に授業を受けている彼を当てるなんて、先生もきっとそういう事なんだろう。

何も無い時間が過ぎていく。その時間に、つい小さなため息が出てしまった。後ろを見てみるが、私のため息を気にする人は、誰もいなかった。

人生は静動の連続だ。安寧の生活は、約束されてなどいない。平和な日々は、突如として瓦解してしまう。



私はその瞬間を、知っている。



そんな事をぼんやりと考えていると、何を血迷ったのか顔を真っ青にして、何も知らない人(先生)はチョークを放り出して廊下へ走っていく。白チョークが弧を描き、砕け散った粉が床に振り撒かれていた。


扉を壊すのではないかと思わせる程の力で扉を開けた先生は、私達に見向きもせず外へ逃げた。生徒達は何事かとザワついたが、その騒々しさも直ぐに冷めた。窓越しに写るその化け物に気がついたからだ。


目の前に轟音が響く。

我が事ながら、傷一つ付いてない事に驚いている。一番左の最前列。私の目の前に現れた"それ"は、襲来を我々に告げるべく咆哮した。その声は、お世辞にも美しいとは言えない。

(かぶり)を振るう四足の獣。だが、それは獣ですらない。三階にあるこの教室の壁を破壊し現れたのは、地球に来うる災悪。森、都市、海、人。すべてを蹴散らす怪物である。


宇宙外生命体「MAU」。


開拓の地を広げる人類を阻もうと、矢庭に現れた謎多き怪物。正直、MAUなんて私には関係ないと思っていた。突発的に市街地へ出てきては、辺りを荒らしてどこかへ消えていく。そんな台風みたいな災害は、私には関係無いと、あの日までは思ってた。でも、もうそういう訳には行かない。


私は、真実の欠片を持つ人(レグリアス)なのだから。


気怠げなため息を惜しむことなく吐ききり、席に座ったままアイツを待つ。だけど、他の生徒がそうするはずもなく、叫びながら、死にたくないと言いながら教室を出て行く。

それを目だけで見送って、もう一度ため息をついた。私の肺から、空気が消えるかと思うほどに。

目の前で再び咆哮したと思ったら、こちらも目だけを私に向けた。気味が悪い、と心の底から思う。どこか嫌悪感を誘う目は、私と相性が悪い。ぶさ可愛い、ともかけ離れていた。


数秒目を合わせていると、しびれを切らしたのか、私の腕よりも数倍は大きい腕をこちらへ振りかざす。特に身構える事無く、運命を待つ。


運命って、一体なんの運命かって?

私が何も抵抗出来ず死ぬ運命?腕に潰されて消える運命?それなら、私の行動に違和感があり過ぎるだろう。そう、だから言葉を変えよう。

私が待っているのは、運命という名の人だ、と。

強風に備えて目を瞑ると、強風とMAUの襲来同様の轟音がしっかりと来た。目を開けると、そこには巨体ではなく青年がいた。巨体は廊下の壁を破壊し、横に倒れている。残念なことに傷はついていない様だ。

()の青年は、私の気持ちとは正反対の表情をしていた。


「ったく学校なんて面倒臭いもののせいで、俺が出向かなきゃならなくなったじゃないか」

薄い金色の髪、申し訳程度の(あか)色のメッシュ。そして意味深長としか思えない紫眼。意外にも服装は若者らしい。彼はその言葉とは反対に、顔はどこか楽しげにも見えた。

破壊された壁に降り立ち、MAUに数歩近づく青年の風貌を、私はよく知っている。


「もっと穏便に済ませられないの?」

言っても右から左に受け流されるのは承知の上だ。彼の性質上、聞いていたとしても実行する気は無いことも。彼は私の発言が気に入らなかったのか、こちらを見るとふくれっ面をした。獰猛な化け物は、反撃をすべく立ち上がろうとしていた。


「俺が悪いんじゃない。レグリアス(お前)がここに居るのが悪いんだろうが」


「もっと方法とかあるでしょ・・・」


「善は急げって言うだろ。それに則り、近道をしただけだ」

悪びれる様子も無く、堂々と言い放つ。最早ここまで我を通されると、説教をする気も失せる。彼のせいでMAUがここまで吹っ飛ばされたというのに。


「・・・もういいよ、ここで言い合ってても何も変わらないし。手早く要件を済ませちゃおう」


「それには賛成だな」

私達が会って一週間も経つが、初めて意見が合ったのでは無いだろうか。そんな事を考えている間にも、状況は進む。

席をゆっくりと立って彼の隣に立つ。

四足歩行の獣はもう立ち上がっており、その目には()が映っているはずだ。しかし私は何も思わなかった。


彼は、真実への道標となる人(アルミス)なのだから。


「さて、手前の頭が真っ二つになる覚悟は出来てるか?」

言葉を皮切りに、彼に変化が起き始める。彼自身ではなく彼の衣服に。若者らしい服から、現代ではハロウィンか政府のお偉方が着る時でしか見ないような服を着ていた。

淡いエフェクトの様なものに包まれて、瞬時に変化が訪れる。ロングコートに黒い戦闘服を身に付け、その腰には一振の刀が刺されていた。

その異変は、不服ながら私にも。

右眼が熱を帯び始めたのを感じる。今は手鏡もバッグの中に入っているので確認は出来ないが、どうやら私の右目に何か紋様が刻まれているらしい。まだ怖くて見ていないけど、彼が言うには花の幾何学模様のようだ。何の花かは、興味が無い訳では無い。


《ア゛ア゛ア゛ア゛アァ”ァ”ァ”ァ”ァ”!!!》

(きたな)らしい雄叫びを一吠えする。激怒したのか、目で追える速さではあるが、突撃してきた。もちろん、敵意を向けている、彼に向けて。

だが、それは敵わなかった。

MAUの牙が届く前に。彼の身体を穿つより(はや)く。鈍色の刀身が獣の頭を斬った。鞘から抜き放つ瞬間こそ速く、横に斬り払った刀は錆すらも残していない。

位置を入れ替えた彼らは、片は私の目の前で塵となり、片は格好つけてるのか血を払うそぶりをして刀を納めた。今の感情は、呆れ半分、いや呆れ九割だった。血なんてMAUからは出ないのに。


「俺のやる事はひとまず終わったけど、お前はどうする?」

敵を殺したというのに、私に平然と問いかける。


「校庭に行かないと不審がられるでしょ。君は見つからないように戻ってね。もし見つかっても、何も喋らないこと」


「一々言わなくても分かってるっての」

さっきと同じふくれ顔をしたあと、2回目に壊された壁から跳んでいった。あっという間にその背中が見えなくなるのを見送って教室を出る。


きっと私の顔は、そこそこブサイクな顔をしていたに違いない。眉間の皺を大量に寄せた、厳格なおじいちゃんしかしないような顔を。それもこれも、彼のせいだ。いや、手綱を握りきれてない私のせいでもあるのか。

こんな事を考えている時間が無駄だと切り替え、急ぎ足で廊下へ出て階段を駆け下りる。三段くらいはぴょんと飛び越えながら。

蛍光灯の照明は破損一つもなく、いつもより暗い。お昼だからだろうか。

右眼の熱も、徐々に引いているようだ。走っている最中、私は彼との馴れ初めを思い出してしまった。馴れ初め、というのは少々誤解を招く言い方かな。

彼と、初めて出逢ったあの日の事を。






私の起床に、アラームは居ない。

目覚ましを付けなくても、指定時間に起きれる都合のいい体をしているからだ。


「ふわぁぁ・・・」

だけど、眠たいのとは別だ。起きれようが起きれまいが、やっぱり眠い。

朝は余裕を持って動きたいタイプだから、起床は早い方だと思う。パンとアップルティー、それに朝のニュースもセットなのが、ルーティンだ。因みに、朝のニュースは、子供も見るようなテレビを選んでいる。伝えたい事が分かりやすいし、コーナーとして流行等を取り上げることが多いのが理由だ。


今日もさしていつもと変わらなかった。

ニュースには、最近のトレンドとして緑色のトップスが話題だったり、事件だと、死刑囚の脱獄が大きく見出しを付けられていた。事件など絶えないが、物騒だと思わざるを得ない。MAUが荒らした現場など、特に。


登校時も、いつも通りだった。

電車内は席を確保出来たし、道中通り魔と会うことも無かった。校門近くに着くと、同級生の岡田が「日直だったー!!」と喚きながら横を走ったのも、イレギュラーな事ではない。

半笑いを浮かべていると、後ろから私を呼ぶ声が聞こえた。その声は、男性の声だった。


「岡田はいつも騒がしいな」

彼も、似たような表情を浮かべていた。


「岡田らしいと思うよ?」


「ははっ、菅原の言う通りだな。あの騒がしさは、アイツらしさと言えるな」

馴染みの顔が、微笑みながら言った。

同じく二年、桐生 湊斗(きりゅう みなと)

私の幼なじみであり、もっと言えば、産まれた時からの付き合いだ。隣に歩いて来た彼と一緒に、校内に向かう。

校舎は綺麗な方で、私立の中でも中々な方だと自負している。学校が綺麗なのに越したことはないし、それだけでステータスとなるのだ。まぁ、他校の友達が全部言っていたことなんだけど。だって気にした事ないし、校内が綺麗だろうが自分が綺麗な訳じゃないのに。

話した事は、今日の小テストとか、二年生になって変わったこととか、本当に他愛のないこと。

あっ、でも、一つ今日だけのことを話した。桐生にしては珍しい話題だったから、よく覚えている。


「今日の脱獄した死刑囚のニュース、菅原は見たか?」


「・・・」


「その顔やめろ」


「どんな顔してた?」

私がニヤニヤ顔で尋ねると、桐生は面倒くさそうに、


「さも、とても驚いてますって顔」


「当たり!心理学者になったら?あんまり想像つかないけど」


「安心していいよ、それは無い。だって、人の心をこれ以上簡単に読めるようになったら、ポーカーがつまらなくなるだろ?」


「桐生とポーカーは二度とゴメンだよ。大敗を喫するのはあの時で十分です」

中学時代、一度彼と数回ポーカーをやったが、お金を賭けていたら一体いくら取られていたことか。正式なルールを知らないから何とも言えないが、万、いってると思うなぁ。


「で、何でそんな話?桐生その手の話興味無いって言ってたじゃん」


「試しで振ってみただけだ。でだ、菅原はどう考える?」


「特に何も・・・。桐生が考えてるのと、そう変わらないと思う」


「・・・そうか」

何か気にしているようだったけど、その後は特に追求しなかった。して欲しくなさそうにも見えたから。

その後は、桐生とは別のクラスなので分かれた。教室にはちょうど半分程の人数が揃っていた。件の岡田はというと、教頭先生に絞られたのか、外で見かけた時よりゲッソリしていた。毎度の事ながら、懲りずによくやるものだ。


そして、昼までの時間も、小テストは満点を取って、国語では先生に当たる事無く進んでいった。


「紫〜!」


「長谷川、どうしたの?」

同じクラスメイトの"長谷川"さんが、教室の外から手を振ってこちらを向いている。笑顔も振っていた。他生徒の視線も頷ける愛らしさだ。呼ばれたからには、呼び掛けに応じる。


「も〜また苗字で呼んでる。まいっか!お昼他の子も居るけど、一緒にどう?」


「先約無いし良いよ、お誘いありがとう」


「紫と話したいって人多いんだよ〜?さ、早く食べよ!」

少々強引に腕を引っ張り、私は半ば引きずられる状態で食堂に連れていかれた。その間にも、彼女の口は休みを知らず、ずっと話しかけてきてくれた。どの話もこちらを気遣ってか、学校内での話題しか無かった。よく出来た子だと、感服する他無い。

食堂のドアを開くと、ご飯の匂いが無性に空腹感を駆り立てる。食堂には、本当に女子数人が居て、長谷川さんも含め団欒をして終わった。その数人は、今まで喋った事のない人だった。



変化があったのは、電車を降りた直後だった。不意に、頭痛がしたのだ。ズキズキと痛むようなものではなく、押し潰されるような普段なら感じない痛み。幸いにも、後は家まで歩いて帰るだけだったから、私は一年間と少し歩いて来た道を、違和感を覚えながらも歩いた。

付近の学校の運動部が、異常に冷える中、横を走り去って行く。手を出し息を吐くと、吐いた息で口元が暖かい。だがそれも、頭痛には効かなかった。

家まであともう少し。もう、頭の中には痛みに対しての思考しか残っていなかった。そのせいか、はたまた運命はそうあるべきだと決まっていたからかは知らない。だけど、最悪の状況になったのは違いなかった。

数メートル先の虚空が捻れると、地面が四つ割れ、鳴動した。風で髪が揺れるのすら、気が付かなかった。鳴動がMAUの鳴き声だと気付くのも。


最悪だ。


私の家は、住宅街にあるそこら辺の家なんかよりずっと古いアパート。こんな所で暴れられたら家が無くなるのは必須だったし、何より、この距離じゃ逃げても間に合わない。私の後ろから歩いて来たカップルが、叫びながら走る音が聞こえる。



私も早く逃げなきゃ。



分かっているのに、冷静なのに、引いたらいけない気がした。おかしい、可笑(おか)しい、(おか)しい。慣れている筈なのに、人の死など、身近で、もう何度も経験している。でも、足を動かしてはいけない、そう脳が叫んでいる。

だが、飢えた獣が待ってくれるはずもなく、ゆっくり、ゆっくり、醜い口が近づいて来る。


「ぁっ」

脳が正常に作動した時には、もう、手遅れだった。

ごめん、おじいちゃ・・・



しかし、神の思し召しか気まぐれか、窮地を脱することが出来たのだ。


「そーらよっと」

上から、何か降ってきた。

降ってきたものは、持っていた刀をMAUの脳天に一刺し。呆気なく塵に還るMAU。その塵をわざと踏みにじる様に、それはゆっくりと落ちた。


()てきて早速戦闘って。俺ってもしかしてあんまり運無いのか?」

刀を仕舞い、考える素振りをする青年。

住宅街に静寂が広がっていく。夕陽が沈みかけている。闇夜が後ろから迫って来るのを、初めて体感した。私の目には、夕日を背に立つ青年以外、何も見えなかった。


「まぁ、考えてても仕方ねぇか!」

腕を組むのを止め、何だか納得したのか、こちらへ近づいてきた。私の頭に鳴り響いていた鐘は、もう通り過ぎていたようだ。

金髪の青年が手をこちらへ向けている。追い風が、吹いていた。


美虚 栄司(みこ えいじ)だ。よろしくな、俺の空想の主君(レグリアス)





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