感情
数時間後、ついに満月が夜空に浮かんだ。
皆が息を飲んで周囲を警戒する。ヴァイラス王国の周囲は防壁で囲まれている為、上空から攻めてくる可能性が高い。しかし、国民があれほど恐れていたビシュヌ帝国だ。もしかしたら壁を破壊して侵入してくる恐れもある。
しかし、皆が考えてもいない方法でビシュヌ帝国は攻め込んできた。
ゴゴゴゴゴと地面から大きな音が響き渡る。
「何…!?」
「何の音だ…!?」
「まさか地面から…!?」
戦闘員達が騒ぎ始めると同時に
とてつもない音と共に、大地が割れ、そこから戦車が出てくる。この世界にはとても似合わない戦車である。
かつて、外の世界の戦争で使われていた戦車に酷似しているが、それは見た目だけである。恐らく動力として魔力を使用している。
「裏に転生者が居そうね…。皆、怯まないで!まずは戦車を叩くわよ!」
「おう!やってやる!」
さて…恐らく戦車程度であれば冒険者達だけでも対処できるだろう。先程物体を透過して見ることができる天賦『透眼』を使用して戦車の中を覗いてみたが、乗組員はいなかった。問題は次にビシュヌ帝国がどのようしかけてくるかだ。
空から空気を切り裂くような音が聞こえる。
上空を見ると空には巨大な飛行船が浮かんでいた。
飛行船からビシュヌ帝国の兵士と思われる者達が飛び降りてくる。
その時、ドクンと私の心臓が跳ねた。
『強欲な思想』だ。つまり、この兵士の中に私と同等の者がいるということだ。
「私と同等…!早く戦いたい…!その能力を奪い取ってやる…。」
『暴雷』
『強欲な思想』により、神臓が鼓動を強め、興奮し、居ても立っても居られなくなり、私は上空に上級雷属性魔法を撃ち放つ。
天から暴れ回る雷が落ち、兵士達を焼き殺していく。
半数以上の兵士が今の一撃で死んだだろう。
上空は危険だと判断したのか、兵士達はパラシュートを閉じ、地面に急降下する。
『能力測定』
『透眼』
能力測定とは相手の魔力量を表示する魔法だ。
透眼と能力測定を組み合わせて使用し、今飛び降りてきた者達の力量を見る。
「37万…。16万…。120万…。強敵揃いね…。並の冒険者じゃ瞬殺されそう。」
その中から特に魔力量が多い者を見つけた。
「36億7000万…!桁違いね…。こいつだ。」
恐らく『強欲な思想』の対象になった者はこの者だろう。
ヘルですら私の『強欲な思想』の対象にはならなかったというのにまさか魔神以外でこの領域に入ってくる者がいるとは。
「ザリウス、貴方は魔力数値が120万のあいつを処理しなさい?イリーゼ、貴方は37万を。そしてゾルザ、貴方は16万のあいつを。できるわね?」
「了解だ。」
「承知しました。」
「必ずお役に立ってみせます。」
3人は各々の役目を果たしに行った。
ゾルザが勝てるか少し不安だが、イリーゼが身体を乗っ取ったことにより以前より強化が入っている為、恐らく勝てるだろう。
「さて、私も行きましょうかね。」
建物と建物の間を高速で移動する。背後から爆発音が聞こえる。恐らく、戦車を破壊することに成功したのだろう。
「20m先、右!」
路地を通り、右へ曲がる。
すると私が探していた目標はそこにいた。
「セリス・アルカディアだと?」
白い軍帽に白い軍服を着たその男は私を見てそう言った。
「貴方、なかなかの魔力をしているわね?名乗りなさい?」
「西園寺神威。それが俺の名だ。それにしてもこれは一体どういうことだ?何故終焉の魔神がここにいる?」
「成り行きでこの国に協力することになったわ。悪かったわね。」
「全くだ。君という存在が今ここにいる事態が作戦に支障をきたしかねない。いや、既に支障をきたしているか。」
神威は背後に転がる死体を指さす。
「俺の同胞達だ。先程の君の魔法のせいで全員黒焦げになって誰が誰だかわからない。」
味方が黒焦げにされて殺されたというのに神威の表情はずっと変わらない。まるで悲しんでいないかのようだ。
「さて、無駄話はここまでにしようか。君がこの国を守るというのならば、俺はそれを打ち砕かなければならない。」
「そうね。でも人間の貴方が私に勝てるとでも?」
「ふっ。やってみなければ分からないだろう?『暴炎』」
「炎属性最高レベル魔法…!やるわね!でも!『破壊之神』」
神威の魔法は粉砕され、同時に神威の右腕が吹き飛ぶ。
「やるな。しかしこの程度でくたばる俺ではないぞ?」
『豊穣之神』
神威の右腕が再生し、背後に転がる死体がゾンビとなり、復活する。
「貴方人間で神の領域の魔法に達したのね。正直言って凄いわ。」
今確信した。神威は今の勇者オリビアより確実に強い。
「でも貴方はビシュヌを名乗るに値しないわ。」
『太陽之神』
セリスの手から燃え盛る小さな太陽が放たれる。
そして、神威とゾンビを焼き払う。
瞬殺だった。豊穣之神によって蘇ったゾンビと共に神威は焼き殺された。正確に言えば溶けたのだが。
「まぁ、この程度では終わらないわよね。」
豊穣之神の回復効果は持続し続ける。
神威肉体とゾンビ達が再生する。
「流石だな。セリス・アルカディア。だが俺をあまり見くびってもらうと困る。」
何度でも再生する敵であっても一撃で仕留める手段を私は持っている。
「顕現せよ。《死神之鎌》。」
黒い死神の鎌が顕現する。セリスはそれを手に取り、神威へ向ける。
「死神之鎌だと…!?お前、ヘルを既に取り込んでいたのか…!?」
幾度も復活や回復する敵であったとしても、死神之鎌で魂を掌握したら一撃で殺すことができる。それがこの神器の凶悪さだと私は思う。
トドメを指す為に地面を蹴り、神威の方へと突っ込もうとした瞬間、世界の時間が止まった。
恐らくゾルザが時間停止使ったのだろう。
だが、神威はそれでも止まることは無かった。
「貴方、時間無視まで獲得しているのね。本当に凄いわ。」
「当たれば即死か。ならば当たらなければいい話だろう?」
そういい、神威は時間を超越した速度で移動し、私に攻撃を仕掛けてくる。
「喰らえ、『暴雷』」
「甘いわね。『完全反射』」
私は神威の魔法を反射させる。
「ぐっ…。」
白い軍服は雷によって真っ黒に焦げたというのに神威はまだ生きていた。流石豊穣之神とでも言うべきだろうか。
「今度こそ…。終わらせてやる。『海之神』」
空から大量の水が降り注いでくる。だが、ただの水ではない。
魔力と神聖エネルギーを大量に含んだ水だ。大量の魔力は人間、神、天使、妖精に害を与え、大量の神聖エネルギーは魔族、魔神、堕天使、悪魔に害を与える。
双方を持つこの神級魔法こそ、最も汎用性の高い攻撃に特化した魔法だと言える。
「流石に不味いわね…。」
私は体力の水から逃れようと時間を超越した速度で回避しようとするが、神級魔法も時間を超越する。
これではいつまでも回避し続けることは不可能。
なら、やるべき事はひとつ。術者を仕留めること。
水を回避しながら、神威に向かって走る。
「来るかッ!来い!セリス!!」
「使い方はまだ分かってないけど見様見真似で!」
『地獄之審判』
「なんだそれは…!?まさかっ!?ヘルの切り札!?」
すると神威は腰からアサルトライフルを取り、こちらに向ける。
「全力で相手をしてやる!これはStG44魔法小銃。俺の故郷の武器を俺の天賦『武具改造』でこの世界に最も適した形に改造したものだ。」
俺の天賦とは少しおかしなことを言う。
先程まで使っていた時間無視がまるで自分の天賦ではないと言っているように感じる。
「『自動追尾弾』!」
なるほど、あの弾にも海乃神の水と同じように魔力と神聖エネルギーが込められている。
恐らく避けても弾道を変えて追ってくるのだろう。ならば…!
「真っ向から勝負する!」
何発も弾が体に撃ち込まれる。
神聖エネルギーが体内に注ぎ込まれ、全身が焼けるような痛みを感じる。
遂に神威の目の前まで辿り着いた私は神威を死神之鎌で切り裂こうとする。
「喰らいなさい?『地獄之審判』!」
神威の肉体を切り裂き、魂を掌握する。
「ぐはっ…。」
「せめて、何故こんなことをするのかくらい喋ってから死んでもらおうかしらね。」
死神之鎌の権能で神威の魂に強制的に目的を喋らせる。
「俺達兵士はあの方達に選ばれた異世界人。俺達の目的はこの世界の主導権を奴から奪い取り、あの方達に献上すること。」
「奴?あの方達ってのはいったい誰のこと?」
私は神威の魂に問う。
「奴についてはお前が1番知っているのではないか?あの方達というのは◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️」
キーン。と耳鳴りのような音が響く。
肝心な部分が聞き取れなかった。
「もう一度言ってちょうだい?」
私はもう一度神威にあの方達の正体を喋らせようとする。
「◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️」
先程と同じく耳鳴りのような音が響く。
どうやらその”あの方達”とやらが情報を渡さないように仕向けているようだ。
これ程の事は魔神でも無い限りできない。
どうやら”あの方達”というのは強大な力を持っているようだ。
「もうあなたは用済みね。さぁ、消えてもらおうかしら。」
私は神威の魂に向かって言い、死神之鎌で神威の魂を切り裂こうとする。
「なんでこうなっちゃったんだろうな…。」
その時神威がボソリと呟く。
神威の念が私に伝わってくる。
俺の名前は西園寺神威。
普通の高校生だ。
「西園寺くん。今度の文化祭誰かと回る予定ある?」
彼女は俺の恋人。鈴木香織だ。
「いや、特にないけど。俺と回るか?」
「え!いいの?回る!回る!」
香織は余程俺と回りたかったのか、子供のようにキャッキャと騒ぐ。
あぁ。文化祭の日がとても楽しみだな。そんな事を思いながらその日、俺は家へ帰った。
家へ帰ったはずだった。
「ここは…?」
気がつくと真っ白な空間に居た。
「気が付きましたか。」
男の声が響き、足音が聞こえる。
足音の方を見ると、3人の男がいた。
「おめでとう。君は選ばれたんですよ。」
男の1人がそう話しかけてきた。
「選ばれた…?どういうことだ。俺は家に帰ったはずだぞ。」
確かに俺はあの時家のドアを開けたはずなのだが気づいたらこの訳の分からない空間に居た。
「状況が把握できないのは当然でしょう。まぁ良いです。私達からすれば異世界人の殻だけでも手に入ればいいのですから。」
男達に無理矢理押さえつけられる。
「やめろ!離せ!俺を家へ帰せ!」
これが俺が俺として過ごした最後の記憶だった。
洗脳されている間薄ぼんやりと意識はあった。
気がついたらビシュヌ帝国の兵士として俺は各地で戦っていた。
何故かビシュヌ帝国の兵士として戦っている時のみ自分が保有している天賦以外の見覚えのない天賦が無意識で使えた。
その理由は兵士として戦い続け、兵士としての位をあげることで知ることができた。
エクメア・ファッシアータ。
彼女の存在だ。彼女こそビシュヌ帝国の最高支配者である者だ。ビシュヌ帝国の兵士が見覚えのない天賦を無意識のうちに使えたのは彼女の天賦『配力者』による者だった。
正直人々を殺し続けるのは苦痛だった。戦いたくなかった。
でも、体が勝手に動くんだ。
あの男達によってかけられた洗脳のせいで。
死を目の前にした今、後悔しか残らない。
元の世界に帰りたい。こんな所では死にたくない。
香織と一緒に文化祭行きたかった。だが無理そうだ。
なぜなら俺はここで死ぬのだから。
神威がかわいそうだと思った。
カワイソウ?自分に違和感を覚える。
以前までは人間対しては何の感じなかったというのに。
よくよく考えたらおかしい、何故私は人間の冒険者と今協力して戦っている?何故被害を抑えるために終焉之斧を使わずに戦っていた…?
何故だ?何故人間相手に慈悲をかける?
思考を巡らせた結果、一つの答えにたどり着く。
それは人間として転生したことによって私に感情が生まれたという答えだった。