滅びゆく運命に抗う者よ
ボロアパート。
兄弟が居た。
中学生の兄。
小学生低学年の弟。
兄は、全てを弟に捧げた。
恋愛も、物欲も、全て。
そうして、弟が成人したと同時に、就職も決まり、弟には、結婚する前に子供が出来た。
弟は相手の家族の反対を押しきり、結婚した。
今では夫婦幸せそうだ。
ふと気づいた。
俺は?
俺の幸せはどこだ?
弟の幸せが俺の幸せ・・。
嘘だ。
じゃあ、この沸き上がる感情は何だ!?
誰が!
誰のお蔭で!
ちくしょう!
ちくしょう!
ちくしょう!
ちくしょう!
ちくしょう!
ちくしょう!
ちくしょう!
ちくしょうおおお・・・・ちく・・しょ。
もう弟が居ない部屋で、泣いた。
中卒では、安いアルバイトがオチ。
アルバイトをかけもち、何とか暮らす毎日。
弟が一緒に暮らそうと言って来た。
笑って。
笑って。
こまかした。
何の拷問かと、怒鳴りたかった。
笑って、誤魔化した。
捧げた。
全て善意に。
こうあるべきという善意に。
全てを。
人の一生とは。
こんなに早いモノかと。
夜電車に揺られながら思う毎日。
心が荒れると、部屋が荒れるという題名の本を読んだ事が図書館であったっけ。
まさにその通り。
ゴミ部屋だ。
気づいたら、ゴミ部屋になっていた。
あー。
駄目だ。
負けそうになる。
何かが、俺に応援している声が聞こえる。
負けるな。
負けるなと。
それは外から聞こえる。
負けるな。
負けるなと。
内側から聞こえる。
もう楽になりたいと。
死なせてくれと。
内側と、外側で、葛藤が始まる。
シャワー浴びないと、明日電車に乗れない。
もう良いだろ。
臭いって、降ろされる。
だから、もう良いだろ、今は寝ようぜ。
明日の昼飯、早く作らないと。
もう寝ようぜ、明日死のうぜ。
う・・・・うう・・。
そら、寝ちまえ、楽になろうぜ。
ま、け、る、か、あ!
ガクガクの腕で体を押し上げる。
負けるな。
おう。
負けるな。
おう。
負けるな!
おう!
たまに。
数ヶ月に一回のペースで、必ず死にたいという波が来る。
俺は、負けそうになる。
いつも、毎回そうだ。
負けそうになる。
でも、何かが、俺に言う。
負けるな。
負けるな。
負けるなと。
その声に、何度救われた事か。
41年後。
73歳。
今年は2032年。
日本はロシアと中国から占領された。
北はロシア。
南は中国。
右に出来始めた新しい島々はアメリカ。
中国、ロシアのミサイル50000発が日本を焦土と化した。
俺は避難民として、岡山県の後楽園地下施設に避難出来た。
沢山の人の熱で、真夏より暑い。
弟は死んだ。
今までの苦労を返せと泣き叫ぶ俺が居た。
神様にだ。
何故俺何だと。
生きるなら、ひ孫が産まれたばかりのあいつだろと。
何故俺が。
何故俺が生きて、あの家族が全員死ぬんだと。
神様を叫んだ。
絶叫した。
それでも。
負けるな。
負けるな。
負けるなと。
声が聞こえる。
訳が分からない状況に、気が触れそうになる。
負けるなという声が、その度に理性を押し戻す。
ロシアと中国軍が、富士山麓に出来たトヨタニューシティを占拠した後、友好の証として、中国、ロシア軍共同富士登山が開始されたとラジオで流れる。
ラジオは日本語が上手い中国人だ。
15時間後。
富士山踏破というラジオ。
ラジオ〈日本は、我々に完全敗北しました、今、入りました、登頂に、中国、ロシアの国旗が掲げられました、日本人の心が今、膝を着いた瞬間です〉
地下に居る日本人男性達の膝が折れていく。
どんどん泣いていく。
正に。
絶望。
神は。
日本人を見捨てた。
誰もがそう暗に思ったと、思った。
誰しもが、今、日本人全員が、絶望したと。
思っただろうと。
思った、瞬間。
《ビビビビビビビビ》
地響きが鳴り始め、次。
《ーーーパパパパパパパパアアア!!ビシシ!ギャゴオオオオオオオ!!!!》
ガラスが大量に割れた音、空振、続いて大音響が響いた。
地下であるここまで響いたのだ。
上は、とてつもない事態になっただろう。
一体何が!?
皆ラジオに聞き耳を立てる。
ラジオ〈ザアアアアアア〉
一向に回復しないラジオ。
核が落ちたのかも。
誰かが呟く。
今日本に核を落とす馬鹿な国は居ないと誰かが反論する。
段々騒ぎ出す皆。
ラジオ〈たった今!富士山が噴火!富士山が富士山が!富士山が噴火あ!噴火しましたあ!糸魚川中央から日本は割れる模様!繰り返す!糸魚川から日本は割れる模様!日本は沈む!繰り返す!日本は沈む!脱出せよ!繰り返す!祖国へ脱出せよ!これは命令である!繰り返すそれぞれ祖国に逃げ延びよ!〉
日本が沈む?
誰かが呟く。
そんな事あるもんかと誰かが反論する。
男性1「日月神事だよ」
誰かが呟く。
日月神事?何だ?それ?
皆が、聞き耳を立てる。
男性1「日本の予言書だよ、こうなるって書いてあった」
罵倒が始まった。
喧嘩だ。
10分後。
喧嘩も疲れ、収まった。
男性5「じゃ、これからどうなんだよ?言ってみろや!?」
男性1「火の雨が降る」
火の雨?
男性5「何の雨だ?鉄か?ミサイルか?」
男性1「そしたら筒が降るって言うだろ?だから、噴石か、もしくは・・」
男性5「何だよ?」
男性1「こっちが多分本命で、隕石だと言われてる、巨大なやつも多分ある、洗濯って掛かれてるから、津波も発生するし、地面がひっくり返るって書いてあるから、地面にも落ちる」
男性5「んなもんどうだって良いんだよ!どうやって助かんだよ!?それ教えろや!?ああ!?」
皆聞き耳を立てる。
男性1「助かる者は、何処に居ようが助かるって書いてある、死ぬ者は、何処に居ようとも死ぬって」
男性5「ち!やっぱりガセかよ?聞いて損したぜ」
ガセ?
そうなのか?
そうなのか?そうなんだろうか。
本当に?
では、この男性1は、何も根拠無しにその予言書を話したのだろうか?
いや、確かにこの男性は言った。
今までの出来事は、全て日月神事に書かれていた、と。
ならば、本当に。
本当に、これから、火の雨が降り、地面がひっくり返るのか?
そうなれば、本当に戦争処じゃない、人類そのものが、絶滅する可能性がある。
あの。
男性1「ん?どうしました?」
人類は、その、滅亡するのですか?
男性1「・・」
すいません、それだけ、気になって。
男性1「滅亡っていうか・・その、強制進化するらしいです、地球のなんか・・波?波動?みたいなモノが変わって、獣になるか、神人になるか、だそうです」
強制進化、ですか?
それは、痛いのですか?
男性1「知らないっすよ、んなの、神降ろしした、本人ですら、訳解らんって言ってるくらいなんすから」
は?そ、それは、何と言いますか。
男性1「でしょう?だから、解りません、でも、何となく、本当に何となくですけど、もう直ぐ解る気がしませんか?」
・・。
上は、どうなっているんだろう。
ラジオも、もう砂嵐、何も言わない。
地響きだけが、強弱をつき、響く、響く、響く。
子供らはとっくに暑さで死んだ。
死んだ子供をバラバラにして、焼いて泣きながら皆で食べた。
腐らせると病気が流行るからだ。
脳ミソ、内臓は、観葉植物、ペットコーナーにあげた。
生きる為に、皆、必死だった。
自分の尿を飲んだ。
性病の人は、自分の尿が飲めないと泣いていた。
性病の人は、死んだら食べられない。
バラバラにされ、一つ一つ、炭になるまで焼かれた。
ウイルス、細菌程、怖いと感じるモノはなかった。
そして、ラジオが途切れてから、6日後。
隕石、それも、特大のが落ちたと解る地震が来た。
柱に何本も亀裂が入っていく。
白い粉が天井から落ちて来る。
天板が外れまくる。
点かない照明管が次々破裂していく。
地震?が止んだ。
どうなったんだろう?
上が気になる。
しかし。
扉は変形し、開かない。
仕方なく、また戻る。
観葉植物の土から取れる野菜も、黄色だ。
土に栄養が無いのだ。
皆塩を欲し、互いの汗を舐めていた。
意識が朦朧とする。
だめだ。
もう、皆限界だ。
外に出なくては。
外へ。
這って行く。
扉の取っ手に手を掛けた。
鉄の重たい防火扉が、無理矢理変形しながら、開いた。
あれ?2日前はびくともしなかったのに?
不思議な事もあるもんだと、ふらふら戻り、皆に声を掛け回る。
開いたよ、外に行こう、海の塩水を飲もう、そして、川の水を飲もうと、声を掛けた。
皆とふらふらしながら、外に出た。
全てが、火星だった。
ビルは折れ、建物から、瓦礫の山に変わっていた。
空が、燃えている。
空気は、息苦くて、臭い。
オレンジ色。
全ての景色が、オレンジ色だ。
青い空も、緑の木々も。
何もかもー。
一目で。
ああ。
終わったんだと。
終わったんだと。
理解させられた。
文明は。
やり直しだと。
皆が、絶望に浸る中。
俺にはまだ、聞こえていた。
負けるな。
負けるな。
負けるな。
負けるな。
何度も。
何度も。
聞こえ続ける声に。
無意識に励まされていたのかも知れない。
俺は、皆の方を振り返り、口を滑らせたんだ。
皆さん、次の文明は、落第しないように頑張りましょう。
皆、少しだけ、笑ってくれた。
結論から言うと。
日本は、8つに割れた。
北海道は3つ。
東北は2つ。
富士山から2つ。
九州は殆ど沈んだ。
四国は西は沈んだ。
日本、太平洋側に2つ陸が出来ていた。
日本には、外人は居なかった。
皆祖国に帰宅したらしい。
避難のつもりだったんだろう。
だが。
違った。
火の雨は、世界規模、地球規模だったのだ。
日本だけ生き延びた、とは、言わないが、それでも、特大サイズが落ちたのは、中国、ロシアの二ヶ所だった。
壊滅という言葉がしっくり来る惨状らしい。
世界は。
ゆっくりと、だが、着実に、復興に向け動き出した。
ただ。
お金という概念は、もう不要だとし、撤廃された。
無償で働き、無料で食べる。
無償で助け、無料で助けられる。
それが、世界中で、当たり前とするように、日本が先導し、決めた。
その世界には、王の椅子だけが、日本の淡路島に大きな椅子の像が祭られているだけ。
椅子だけだ。
その椅子には、名前が掘られている。
ただ4文字、神の椅子と。
神人という、超能力に目覚めた人々により、治安は統治され、安定、安寧がもたらされ、畑、田んぼを、自然災害から容易く守れるようになった。
食べ物、飲み物、空気が無料な世界。
悪い人は、悪い事をする理由が無くなり、どれだけぐうたらしても、誰も悪く言わず、ただ、無料で与えてくれる。
最初は良かった。
楽しかった。
だが、6日もすれば、退屈だ。
何かする事はあるか?と自分から、動き出した。
皆が動き、皆が食べる。
正に楽園だった。
全ては神のモノであり、自分のモノは一切無いのだと言う教え。
欲張り、自分のだと声を荒げても、それは、結局土に帰り、自分の魂が下がっただけだ。
つまり、欲張りは、長い目で見たら損だという教え。
欲しいと思えばこそ、与えなさい。
ただし、人の意見は尊重し、聞きなさい。
両想いは、尊重しなさい。
その教えを説いて周り、権力者になろうと躍起になる地方を否めたのが、俺だ。
何故か73歳から老けない。
超能力も、掌から水が出てくるくらいの力しかない。
でもその水は、人に、植物に、活力を与える事が出来るらしい。
プラス思考に変える事が出来るらしい。
世界を周り、無償、無料の教えを広める事が、俺の使命なんだろう。
今も聞こえてる。
巡りを辞めようかと数ヶ月に一回は襲ってくる。
でもその度に、声に押し戻される。
負けるな。
負けるな。
負けるなと。
朝、昼、夜。
殺されかけた。
うざがられた。
嘘つき呼ばわりされた。
辞めようか。
何度も思った。
声が聞こえる。
負けるな。
・・おう。
負けるな。
おう。
負けるな!
おう!
《END》