はじまりの渦
瑞希は探偵気分で、田島先生を尾行していた。
歴史のテスト事件を詳しく知りたい気持ちに、探偵小説が好きが拍車をかけ、休み時間をすべて尾行に費やしていた。
その姿を皐月と花は遠巻きに見ていた。
今のところ調査結果としては、進展なし。
朝から休み時間は全部、職員室か教室までの往復しかしていない。
嘉藤も笹島先生も居ないことに少し疑問を持ちつつも、田島先生を見張る。
あれから1週間、瑞希は田島先生が決まってお昼に、保健室の真矢先生とランチデートに行く事実を発見した。尾行の一番の成果と言ってもよかった。
その時間は、保健室は外出中になっており、もし、誰かが具合が悪くなっても、真矢先生以外の先生が対応する。だから、尾行するまで気づかなかったのかもしれない。
瑞希たち3人は、気付かれにくい屋上で、ランチデートを見ながらお弁当をたべ推理を検討するのが最近の日課。検討といっても瑞希が一人で二人に報告してるだけだか。
屋上は鍵が掛かっている筈なのだが、ここは花の出番。
実家が鍵職人で、趣味は鍵の収集と解除である。違法な事はしないよう
親から言われているが、花はここの鍵の事に関しては黙秘を続けている。
今日も決まってランチデートと予想し、事前に屋上へ向かった。
いつもと同じ場所で陣取ろうと準備していた時、普段とは違う荒っぽい声が聞こえた。瑞希はお弁当を放り投げ、急いで柵へ近寄った。
「皐月、花、ちょっと来て!」興奮しながら瑞希は、声を押し殺して二人を呼んだ。屋上だから聞こえない事は頭には無かったようだ。
「なに??」皐月と花は事件のことなど遠い昔の出来事かのように、しぶしぶ瑞希のもとへ向かう。
「シーッ!嘉藤が田島先生と争ってる!真矢先生いないけど...」
瑞希は声を聞き取ろうと耳をそばだてる。
「美和が居なくなった。お前があの時、寝ないでいれば犯人が誰かも分かって美和が居なくなる事もなかった!」
「俺のせいにするなよ。あのときは何故かいつもより眠かったんだ!第一、笹島さんがあの事件となんの関わりがあるんだ!?それに、答案に書かれていた事は、まだ、起こってない!」
「寝てるのはいつもの事だろ!?美和が1週間前からどこにいるかわからないんだ!絶対、犯人の仕業だ!きっともう、事件は始まってるんだ」
そう、頭を抱えながら嘉藤は田島を責め立てる。普段の姿からは想像できないぐらい程、髪はボサボサで服はよれている。数日は同じものを着ているようにみえるくらい荒れていた。
「とりあえず落ち着かないか。ここは校内だから、誰に聞かれてるか分からないから。笹島先生は今、警察の人が探してるから大丈夫だ。それに、事件の日は2か月後の明日じゃないか。お前だけじゃなく明日香さんも笹島先生を心配してるんだ」
「はぁ?なんで真矢先生が?お前、何か知っているのか?」
「明日香さんは、僕の兄の婚約者だからな。学校で俺が事件を知ってるって分かってたから相談にのってたんだ。」
「相談ね...真矢先生を諦められないくせに」
「うるさい。今はそんな話してないだろ」
「まぁ、いいさ。それより、真矢先生は何か美和の事言ってなかったか?」
「それが...居なくなった夜に着信が入ってたみたいなんだが、気づかなくて、折り返してもまったく繋がらないそうだ。」
「何時頃だ?留守電は??」
「時間までは...留守も入ってなかったそうだ」
「そうか...美和は無事なんだろうか...」少し落ち着きながら嘉藤はベンチに腰を落とす。
「美和...」嘉藤は、うなだれるように呟いた。
田島は、普段なら高圧的な態度の嘉藤を蔑むが、この時ばかりは嘉藤の気持ちが痛いほど感じ、その場に張り付くしかなかった。
「ねえ、なんの話?」理解が出来ないと花は二人に聞く。
「笹島先生、産休じゃなかったの??」皐月は、急に産休で休んだはずの笹島先生が行方知らずと知り困惑していた。
「笹島先生、なんでいないの?産休?どうゆうこと?」花は二人の間に割って入ろうとする。
「やっぱり!事件だよ!あのとき皐月が聞いたのは、事件が起こってるって証拠だったんだよ」瑞希は真剣な顔で興奮を押さえながら皐月に向かって言った。もちろん、花の言ったことは瑞希の耳にはまったく届いていない。
「そういえばあの時、笹島先生が居ると思って気にして無かったけど、やっぱりあの答案が関係してるのかな。」皐月は瑞希の言葉を聞き、思い出したかのように答える。
「なになに?なんの話?答案って??笹島先生なんでいないの?ねぇー!!」花はまだ理解が追い付かず、二人の間でずっと質問攻めである。
「花、後で説明するから、ちょっと黙ってて。皐月、何か知ってるの?」と花の騒音を遮り皐月に食いぎみに聞く。
瑞希のストップがかかった花は、ムッとしてお弁当があるベンチにブツブツと自分自身と対峙しながら向っていった。
皐月はゴメンという合図を花に向けながら話始める。
「テストのあったあの日、田島先生が寝てる間に喜島と佐々木がコソコソと答案に何かしてたんだよね。テストに集中したいからあまり気にしなかったけど...」
「後ろだったからわからなかった。その答案は最後どうしてたか覚えてる?」
「ううん。回収してるとき、ちょうど麻耶と話してたから見てないの」
「そっか...」
「でも、回収したあと、二人の様子がおかしくて、覚えてたんだよね。なんか怯えてる感じだった」
「怯えてる?それと笹島先生に何の関係があるの?」
「うん。喜島って実は笹島先生と付き合ってるって噂になってるのは知ってる?」
「え?知らない!衝撃!え?本当!?」
「そうゆう噂だから、本当の所は分からないんだけど、あの後で笹島先生と喜島が言い争いしてるのを見たんだ。次の日、産休て聞いたから、もしかして妊娠の事でもめてたのかなって思ってたんだけど、喜島の方は休みって聞いて怯えてた...」
「え!?喜島の子?二人ってやっぱりそんな関係なのか...」
「瑞希。今、そこじゃないでしょ。そもそも妊娠とかじゃ無さそうだし、答案の件も、もしかしたら笹島先生と喜島がもめてた原因じゃないかなって。さらに、嘉藤と付き合ってた説もあるし...」
「なんか、よく分からないんだけど、喜島が書いた答案が回収されて、笹島先生が何かを見てしまったから、喜島ともめて居なくなったってこと?」
「分からないけど、たぶんそうかなと。二人が付き合ってたのであれば、なんで佐々木も一緒に喜島とコソコソしてたかは謎なんだよね。なんて書いてあったか見えなかったから、凄く気になる...」
皐月は、嘉藤と田島のやり取りに、気にもしなかった事が関係してるのでは、と瑞希に話ながら自分の見てしまった事の重要さを改めて感じた。
コツ、コツ、コツ。
厚手の靴音がコンクリートの床から響き渡る。
薄暗い部屋に、ライトブルーに染まった窓から一筋の光が床を照らしている。
そこには女性が横たわり、微動だにしない。
明るく軽快な暖かい日差しとは裏腹に、鈍く重々しい靴音が彼女の横から1階へと移っていく。
今しがた、笹島は明るさと固い質感の熱さで目を覚ました。
「ここは...いたたた...なんか眩しい...」
手に巻かれたものに気づいた笹島は、いまの状況を整理し始めた。
やられた。笹島は冷静さを取り戻し後悔していた。
昨日の夜からの記憶が無い上に眩しさで若干くらくらする。
でも多分、一人じゃないと感じた。いや、見えた。
隣に横たわっているのは、見たことも無い女性だった。
目は見開いたまま顔が硬直しており、見るからに恐怖の象徴と化していた。
日に浴びてないその姿は、生と死の境目が可視化したかのように
この空間を支配している。
笹島はあと僅かしかないだろうチャンスを逃さない努力をした。
そう。逃げる努力だ。
少しのタイミングで彼方側へ行く事を悟ったからである。
周辺になにか無いかと探していると、笹島から血の気が引く音がした。
「ほう...悟ったかい?」
低く地下室に響き渡る男性の声が響いた。
笹島の体温と冷静さが無くなっていった。