ステイホーム〜柴犬といっしょ〜
僕の名前は『三太』。
5歳になったばかりの柴犬だ。
都内のマンションに、ご主人と暮らしている。
ご主人はサラリーマンとやらで、毎日早くに家を出て帰ってくるのは日をまたぐ時もある。
ご主人が帰ってくると僕は嬉しくて嬉しくて仕方ないんだけど、ご主人は疲れきっていて僕の頭をひとなでするだけで自分の時間に浸ってしまう。
ご主人に合わせた生活をするので、僕のごはんの時間も散歩に行ける日もまばらだ。
ねぇご主人、今日のごはんはまだ?
僕が見つめて首を傾げていると、「あぁ……」と気のない声を出してごはんを器に入れてくれた。
「おすわり」も「待て」もない。
あったけれど、いつしかなくなった。
だって、ご主人は疲れきっているんだもの。
当然、今日の散歩もないよね。
仕方ないよ。
今度のお休みの日には、連れていってもらえるといいなぁ。
僕はごはんを食べ終えて、ご主人の横に寝転がった。
ある日、世界に大きな変化が訪れた。
それはじわじわと広がっていたかと思うと、気づけば爆発的に広がっていた。
テレビをつければ毎日その話題。
世界から一気に身近にやってきて、僕たちの生活を変えた。
「時間差勤務になった」
ご主人の家を出る時間が遅くなった。
帰ってくる時間は、早くなった。
「残業禁止なんだ」
仕事が進まない、とご主人はイライラしていた。
でも、僕は嬉しかった。
ご主人と長い時間一緒にいられるから。
ご主人が怒っているのに喜んでるなんて、僕は悪い子だね。
この日は、散歩に連れていってくれた。
「テレワークになった」
必要な時以外、ご主人は会社に行かず家で仕事をするようになった。
薄っぺらいパソコンというものと向き合ってるのであまり構ってもらえないけど、それでもご主人と一緒にいられるのが嬉しかった。
たまにご主人はパソコン相手に仕事の話をする。
その時にご主人の側にいくと、邪魔をするなと頭をなでてくれる。
怒られないのをいいことにわざとそんなことをする僕は、やっぱり悪い子。
そういえば最近、毎日散歩に連れていってくれるようになった。
「ゴールデンウィークかぁ」
テレビでは自粛、自粛、自粛を呼びかけて先が見えない状態になっている。
不要不急の外出は控えてくださいって、僕の散歩は違うよね?
ご主人が「息抜き」と言って楽しんでくれているのに、禁止になんかされないよね?
僕は心配でしかたなかったけれど、ご主人は変わらず散歩に連れていってくれた。
「明日からは引きこもるしかないな。暇だなぁ」
連休前の仕事を終えて、ご主人は早々に晩酌を始めた。
いつもは連休があると、ご主人と遠出をして楽しんでいた。
海へ行ったり、僕も行ける温泉へ行ったり。
予定がなければドッグランで走り回るけど、今回はそれも無理そうだ。
今流行ってる悪いやつは、動物も感染するんだってさ。
恐いよね。
でも、暇ではないよご主人。
やってほしいことがたくさんあるんだから。
次の日、家事を終えたご主人の前に僕はラバーブラシを置いた。
ただブラッシングをしてほしいだけじゃない。
夏を前に、僕は換毛期に入ったんだ。
体中に抜けた冬毛がまとわりついている。
「抜け毛すごいもんな。よし、どうせならシャンプーしよう」
ご主人はてきぱきとシャンプーの準備を始めた。
正直、僕はシャンプーは好きではない。
シャワーの音が怖いし、濡れるのが……あぁどうしよう。
ブラッシングだけでよかったのに。
「ほら、おいで」
固まる僕を抱き上げたご主人は、楽しそうに僕を泡まみれにした。
「爪も切らないといけないな。トリマーさんのようにはできないけど、尖ってる先っちょだけ切ろうか」
あれ、どうしてこうなったんだろう?
僕はブラッシングだけでよかったのに、大嫌いな爪切りも我慢しなくちゃいけないようだ。
ぶるぶると体を震わせて水を飛ばし、ご主人にちょっとだけ仕返しをする。
これくらい、いいよね。
ご主人が笑えば、僕は嫌なことも頑張って我慢できるよ。
頑張って我慢、とは言っても結局暴れるのでご主人に押さえつけられる。
だって、爪切りは大嫌いなんだもの。
足先を触られのなんてまっぴらごめんだ。
ご主人だから許しているんだよ。
トリマーさんに触られたら、僕、恐い声を出して歯ぐきを見せちゃう。
ご主人にはそんなことはできないから、情けない声を出した。
ご主人、笑わないで。
ヘタな慰めなんてもっといらないよ。
僕、疲れたし少し1人になりたいよ。
え、ご褒美のおやつ?
それは貰うに決まってるじゃないか。
うん、美味しい。
ご主人はコーヒーを飲むんだね。
お互いに疲れたね。
僕はやっぱり、ご主人の足元で休むことにするよ。
少しだけ、お昼寝させて。
うとうとしてどのくらい経っただろう。
カチャ、と金属がぶつかる、僕の気持ちを楽しくする音が聞こえた。
なんの音かって?
それはね、ご主人がリードを手に持った音だよ。
「散歩に行こうか」
重たい瞼は一瞬で軽くなった。
そうそう、僕がやってほしいことはお散歩もなんだ。
かっこいい首輪にリードを付けてもらって、お外に行こう。
今日は天気がよくてあたたかいから、とっても気持ちがいいよ。
ほらほらご主人、早くしてよ。
「さっきまで疲れて寝てたのに、元気だなぁ」
そんなの、当たり前じゃないか。
だってお散歩だよ?
ご主人とのお散歩だよ。
世界中の何よりも大好きなことなんだ。
ご主人とのこの時間が、大好きなんだ。
いつもの道を歩き、いつも通りの景色を見る。
いつもならここから家に引き返すけど、ご主人はいつもと違う道を進む。
見慣れない景色に、嗅ぎ慣れない匂いがたくさん。
人の少ない通りを歩き続けたら、たどり着いたのは河川敷。
広い草っ原で、ご主人はボールを取り出した。
「ほら、取ってこい!」
僕はボールを追いかけて思いっきり走った。
ボールは飛び跳ねては逃げ、転がっては逃げる。
それを捕まえて咥えて、ご主人のところへ持っていくとまた投げてくれる。
僕は、これもやりたかったんだ!
もっとたくさん投げてよ、ご主人。
何度でも僕はボールを取りにいくよ。
どんなに息が上がっても、僕はボールを追いかけ続けるよ。
「三太、帰ろう」
たくさん走った僕はヘトヘトで、たくさん投げたご主人もヘトヘトだ。
空はオレンジ色になっていた。
夕日が沈むのを見ながら、僕とご主人はのんびり歩いて家へと帰った。
ヘトヘトで、クタクタの僕。
お水をがぶがぶと飲んで、自分のベッドにゴロンと横になった。
ご主人もお水をがぶがぶと飲んで、ソファにバタンと倒れこんだ。
疲れたね、ご主人。
楽しかったね、ご主人。
まだ夜ごはんを食べていないけど、ちょっと休憩。
ゴールデンウィークは始まったばかりだ。
ご主人といると1日がこんなに早く過ぎていく。
楽しいことがたくさんで、嬉しいことがたくさん。
旅行はできないけど、僕とゆっくりするのもいいでしょ?
僕は、ご主人とこうしていられる時間が大好きだよ。
ねぇご主人。
明日は、何をする?
フィラリア予防も忘れずに!




