第5話:何でここに彼女がいないの
本日いよいょ千秋楽
主役は俺のはずなのに
にわかヒロインの嫁が張り切って
いつもより念入りにメークする
俺が死んだのも気付かぬぐらいに
寝起きが悪い嫁なのに
今日に限って早起きだ
黒い服着た観客が集まっただけどそこには彼女がいない
何でここに彼女がいないの
一番愛した女性なのに
最後に愛した女性なのに
俺は彼女に会いたいんだ
観客にアピールするかのように
嫁は派手に泣き出した
ガキも真似して泣き出した
冷たく狭い箱の中
俺は一人で泣いていた
遠く離れた東の町で
一人で泣いてる彼女を思い
俺も一人で泣いていた
何でここに彼女がいないの
もうすぐ俺は灰になる
煙と共に消えていく
もう一度彼女に会いたかった
もう一度顔を見たかった
もう一度声を聞きたかったもう一度手を握りたかった
何でここに彼女がいないの
一番愛した女性なのに
最後に愛した女性なのに
俺は彼女に会いたいんだ
悪趣味な飾りの祭壇と
破格の香典袋の山
俺の知らない名前とか
一年以上会ってない奴らばかり
有り得ない社長の
「社員全員弔問禁止」命令のせいで
俺は親しい人達と
最後のお別れできなかった
何でここに彼女がいないの
何で彼女は一人で泣いてるの
離婚を拒否った嫁のせい
鬱病偽装のガキのせい
有り得ない命令出した社長のせい
俺の身体は熱くなったが
冷たい涙は止まらない
何でここに彼女がいないの
一番愛した女性なのに
最後に愛した女性なのに
俺は彼女に会いたいんだ
彼女の顔を見たいんだ
彼女の声を聞きたいんだ
彼女の手を握りたいんだ
何でここに彼女がいないの
何で彼女に会えないんだ!
長く高い煙突から
一筋の煙が出た
煙の先端が空に刺さった途端…
滝のような雨が降った
お天道様はお見通しなんだ
俺の思いと彼女の思い