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ウィスティリアプロジェクト

マリー・ウィスティリアと妖精の花(下)

作者: 猫藤涼水

- マリー・ウィスティリアと妖精の花(下) -

 『マリー・ウィスティリアと妖精の花(下)』



〇登場人物

●マリー・ウィスティリア(17)

 魔法大学で「大魔導師」の学位を取ることが夢の高校生。

●ジョージ・ガーデニア(17)

 マリーの幼馴染み。

●ジュリア・コルチカム(27)

 指定違法魔術である死霊術を操る怪しげな女性。

●イライジャ・ヴェラトルム(29)

 元騎士団員の吸血鬼。




  夜。森の隠れ家。

  ジュリアの寝返りで軋むベッド。ジュリアの寝息。


イライジャ「寝顔は穏やかなものなんだがな」


  間。


イライジャ「ジュリア……君を狂わせたのは僕だ。本当に君を想うなら、僕に着いてこさせるべきじゃなかった。闇に堕ちるのは僕ひとりであるべきだった。……吸血鬼になって姿をくらました僕を、君は必死に探し、そして見つけてしまった。あの時君を突き放していれば、君は法を犯すことも、ネクロマンサーになることもなかった。僕のせいだよ。あの時、君が僕の前に現れた時、これでもう孤独に耐えなくて済むと……思ってしまったんだ。ひとりでいたくないという身勝手な感情が、5年も寄り添ってきた大切な恋人を闇に堕としてしまったんだ。君を大切にできなくて……本当にすまない」


  間。

  ジュリアの寝息はイライジャの言葉の途中から止まっている。


イライジャ「ひとりで何を喋っているんだろうね、僕は。少し、夜風に当たってくるよ」


  イライジャが起き上がり軋むベッド。

  服を着る衣ずれの音。

  足音とドアの開閉音。


ジュリア「イライジャ……」




  タイトルコール。

マリー(N)「マリー・ウィスティリアと」

ジョージ(N)「妖精の花」




  夜の神殿。風の音や虫の声など。


イライジャ「僕の恋人に手を出したね。許さないよ」


  傷を受けて苦しそうなジョージのうめき声。


ジョージ「あんたは……?」

イライジャ「名乗るほどの者でもないけれど。僕は吸血鬼の真祖だ。敵対することはお勧めできない」

ジョージ「マジかよ……終わったな俺」

イライジャ「そう言うわりに引く気はなさそうだね」

ジョージ「ああ、恋人を救うためだ」

イライジャ「なるほど。彼女のために吸血鬼にすら立ち向かうか。愛だね」

ジョージ「あんたを倒してマリーを救い出す」

イライジャ「やってみるといい。こちらも恋人のために、引けなくてね」

ジョージ「上等だ。やってやるよ!」


  飛びかかり攻撃するジョージ。

  ジョージのかけ声。ひらりと回避しふっと笑いを漏らすイライジャ。


イライジャ「水の剣か。その太刀筋はディアマンディ流だね? 神啓騎士団が採用しているものだ」

ジョージ「それがどうした」

イライジャ「騎士を目指しているのかい?」

ジョージ「あんたには関係ないね!」


  攻撃を連続するがいなされるジョージ。反撃を食らわせるイライジャ。


ジョージ「ぐっ……うう……!」

イライジャ「霞の構えからの上段攻撃を多用しすぎだよ。だから今みたいに簡単に手首を取られる。蹴り飛ばされたのは授業料だと思ってね」

ジョージ「あんたに教えを請うつもりはない」


  攻撃を再開するジョージ。すべてをかわされる。


イライジャ「怒り。焦り。……感情は力にはなっても目を曇らせる。負の感情でも正の感情でもね。呼吸を乱すと精神も乱れる。激しい動きの中でも正しく──、」

ジョージ「何のつもりだ吸血鬼! 師匠にでもなったつもりか!?」

イライジャ「その太刀筋が懐かしかっただけだよ。これでも僕は元は騎士団にいてね」

ジョージ「元騎士の吸血鬼……? まさか」

イライジャ「なんだ、僕を知っているのか?」

ジョージ「エクサルファ王国神啓騎士団、最強の騎士……イライジャ・ヴェラトラム……!?」

イライジャ「今はただの吸血鬼だよ」

ジョージ「勝ち目はゼロ以下だな。……だが!」


  再び攻撃。かけ声や怒号。


イライジャ「君のような有望な若者を殺したくはない」


  攻撃するジョージの腕を掴み拘束するイライジャ。


ジョージ「!」

イライジャ「ここまでにしないか? 立ち去るのなら追わない」

ジョージ「その提案が受け入れられないことは、分かっているはずだ……〝閃光 (アナラビ)〟!」


  魔法に目がくらむイライジャ。


イライジャ「閃光魔法か」

ジョージ「食らえっ!」

イライジャ「甘いよ」


  攻撃するもカウンターをされるジョージ。


ジョージ「ぐあっ!? まだだ!」

イライジャ「何度やっても無駄だ」


  また攻撃するが反撃され、吹き飛ばされるジョージ。悲鳴。


ジョージ「ぐ……俺は、マリーを……救うんだ……!」

イライジャ「…………」

ジョージ「あんたを……倒す!」


  ジョージが攻撃するがイライジャは軽くいなす。


イライジャ「君では僕に勝てないよ。現実は非情だね」


  一方的に攻撃され続けるジョージ。悲鳴が断続する。


ジュリア「ねえマリーちゃん……。彼氏君、必死ね。あなたのためにあそこまでしてくれる恋人がいるなんて、幸せなことよね。そんなあなたの幸せを壊してでも、私は花に願わなくてはならないの。『イライジャを人間に戻して』ってね」


  小さくうめくマリー。


ジュリア「5年前の話。天災級魔獣が襲撃してきた事件はニュースか何かで見たわよね。魔獣が国に侵入する前に神啓騎士団が撃退したとだけ報じられていたけど……本当は国家滅亡の危機だったのよ? 想定外の強さで暴れ回る魔獣を騎士団は止めることができなかった。そんな中、最強と謳われた騎士が立ち上がった。私の恋人……イライジャよ。彼はまともではない手段を用いて魔獣を倒したの。何だと思う?」


  うめくマリー。


ジュリア「死神召喚。騎士は死神と契約して、吸血鬼の真祖になったの。人間の上位種となった彼はたったひとりで魔獣を倒しきった。英雄と呼び称えられるべき騎士よ。それなのに騎士団は、彼を……イライジャを討伐対象として登録し、殺そうとしたの! 国のために人間をやめた彼を、国はただの害獣として駆除しようとしているのよ!? 騎士達もよ! 彼を最強だ模範だと崇めていたくせに、吸血鬼になった途端、手のひらを返して……! 許せるはずがないわ!!」


  間。


ジュリア「彼のために私は吸血鬼の研究を始めたわ。死霊術の修得もその一環。彼を人間に戻すのよ。でもどんな手段を用いても、吸血鬼を人にはできなかった。……ただひとつ、この妖精の花だけが希望なの。この国の人々の希望のために、絶望に落とされたイライジャに、私は希望を与えたい。だからマリーちゃん。私達の希望の前に絶望しなさい」


  また小さくマリーがうめく。


  イライジャの攻撃にジョージが倒れ、うめく。


ジョージ「ん……ぐ……」

イライジャ「なぜ諦めない?」

ジョージ「マリーは……俺の幼馴染みだ」

イライジャ「うん、聞こう」

ジョージ「魔法の勉強ばっかりでな。中学の頃に恋人になってからも、魔法魔法魔法っていつも勉強してる。大魔導士になりたいんだとさ」

イライジャ「それで?」

ジョージ「大魔導士になるなんて簡単なことじゃない。人生全部それに懸けなくちゃいけないレベルだ。だからあの努力の仕方も納得できる。けど、あいつはその夢と同じくらい俺を大切にしてくれるんだ」

イライジャ「大切に……」

ジョージ「ああ。俺が部活で挫折した時、落ち込みすぎて鬱陶しくなってるはずなのに、ずっとそばにいてくれた。自分の夢を追いかけるのが大変なはずなのに、俺の神啓騎士団に入るって夢のために、寄り添って支えてくれた。俺のダメなところ、何でも受け容れようとしてくれる。それだけじゃない。俺のためにメイクやファッションの勉強したり、歌や料理の練習もたくさんしてくれて……どんどん良い女になっていく」

イライジャ「一途な子だね」

ジョージ「俺……あいつにたくさんのものをもらったのに、何も返せてねえ。だからこんな時くらい、あいつのために戦うんだ」

イライジャ「…………」

ジョージ「マリーは、俺の生きる理由だ!」


  立ち上がり、攻撃を再開するジョージ。


イライジャ「っ! ここにきて加速するとはね!」


  連続攻撃するジョージ。連続するかけ声や怒号。

  少しの間攻撃が続く。


ジョージ「〝閃光 (アナラビ)〟!」

イライジャ「っ! ……どこに──」

ジョージ「〝重き痛み抱く海神の槍撃 (ト・ドリー・トゥ・ポシードナ・プロカリーエ・エントゥーノ・ポーノ)〟!」

イライジャ「!?」


  魔法の着撃による大きな爆発音。

  マリーの弱々しい声。


マリー「……っ……ここは……?」

ジュリア「目を覚ましたの? ネックレスの生命維持魔法の効果かしら」

マリー「ネックレス……? ジョージの

……」

ジュリア「ええ、彼、召喚されてきたわよ」

マリー「ジョージ……ジョージ……どこ……」

ジュリア「……そこよ」

マリー「ジョージ! ジョー……ジ……?」


  瀕死のジョージのうめき声。


ジョージ「ぁ……が……」

イライジャ「すまない。まさか古代上級魔法をストックしていたとは。咄嗟のことだったから、加減ができなかったよ」

ジョージ「ぅ……」

イライジャ「君の負けだ。恨むなら恨め」


  地面に倒れるジョージ。


ジュリア「イライジャも殺す気なんてなかったと思うわ。けど……」

マリー「うそ……ジョージ……!」

ジュリア「助からないわよ。イライジャの腕はあの子の胸を貫通したのよ。身体にあんなに大きな穴が空いては、回復魔法も意味をなさないわ」

マリー「いや……いや……」

ジュリア「マリーちゃんの気持ちは痛いほどわかるわ。絶望に突き落とされる気持ちは、私も身をもって体験しているもの」

マリー「…………」

ジュリア「絶望して死んでいきなさい。それが私達の希望になる」

マリー「……っ!」

ジュリア「マリーちゃん?」

マリー「花よ……」

ジュリア「あら、自ら花に魔力を……?」

マリー「さあ、咲きなさい!」


  妖精の花がゆっくりと開花する。


ジュリア「花が開いた……!」

マリー「これが……妖精の花……」

ジュリア「うふふ……あはははは! 最後の力を振り絞って、私のために花を咲かせてくれるなんて! なんて良い子なのマリーちゃん!」

マリー「──はぁ……はぁ……あなたが、青の妖精……?」

ジュリア「マリーちゃんは花を咲かせて何を願うつもりだったのかしらね? 彼氏君の勝利を願えば衰弱したマリーちゃんは死に、マリーちゃんの生還を願えば瀕死の彼氏君が死ぬ。叶えられる願いはひとつ。二者択一よ!」

マリー「──そう……そうなのね……。私の願いは決まってるよ」

ジュリア「残酷な二択よね!? でも安心して、私が解決してあげる! マリーちゃんは選択をする必要なんてないの! 花に願うのは、この私よ!」

マリー「──うん……ありがとう……」

ジュリア「さあ、妖精の花よ! 私の願いを──あっ!?」



  花に手を触れようとして手を弾かれるジュリア。


ジュリア「え? うそ……どうして触れることができないの……?」

マリー「花を咲かせた本人だけが、願う資格を持つから……」

ジュリア「まさか、そんな情報はなかった! なぜ知っているの!?」

マリー「妖精が囁いて教えてくれるんです」

ジュリア「よう、せい……!? 花に宿る青の……! くっ! あなたには願わせないわよ、マリーちゃん! その花を私に──」


  花に宿る妖精がジュリアを攻撃する。


ジュリア「きゃあっ!? うっ……ぐ……そんな、だめ、だめよ……! 私が花を使うのよ……! 私がイライジャを人間に戻して、私がイライジャとずっと一緒にいて、私がイライジャを愛し続けるの! 私が! 私が! 私が!」

マリー「……吸血鬼化の解除は、彼ではなくジュリアさんのためなんですね」

ジュリア「………………はあ? ……今、何て?」

マリー「気付いてませんよね。ジュリアさんの今の言葉、主語が全部『私』なんですよ」

ジュリア「……っ!」

マリー「そんなひとりよがりな愛しか持たないあなたなんかに花は使わせません」

ジュリア「そんな……私は……私は……っ!」

マリー「花よ……」


  妖精の花がいっそう強い輝きを放つ。


マリー「私の願いを聞き届けなさい! ジョージに、確かなる勝利を!」


  花が魔法を放つ。ジョージの傷が癒える。


ジョージ「ぅ……く……! な、なんだ……? 回復している……!?」

マリー「はぁ……はぁ……頑張って、ジョージ……うっ……」


  倒れるマリー。


ジョージ「……マリー?」


  はっとしてマリーに駆け寄ろうとするジョージ。


イライジャ「待つんだ」

ジョージ「ああ!?」

イライジャ「彼女は花に、君の勝利を願った。彼女の元に駆け寄りたいなら、僕を倒してからにすべきだ」

ジョージ「そこをどけ」

イライジャ「その要望が受け入れられないことは、分かっているはずだ」

ジョージ「…………」

イライジャ「いくぞ!」


  攻撃するイライジャ。受け止めるジョージ。


ジョージ「力が無限に湧き出てくるんだ。俺にはもう勝てないぞ」

イライジャ「分かっているさ。あの子がそれを願うのを、僕は黙って見ていたからね」

ジョージ「黙って見ていた……?」

イライジャ「そうさ。僕は、恋人が目の前で困っているのに、動かなかった。彼女の歪んだ愛を全て肯定し尽くすと決めていたのに」

ジョージ「どうして」

イライジャ「花に願うべきは、ジュリアではないと思った。結局僕は、彼女の愛を受け止めきれなかったのかもね」

ジョージ「……吸血鬼も、人並みに悩むんだな」

イライジャ「それはそうさ。最強の騎士と謳われても、吸血鬼という闇に堕ちても……僕はイライジャという、ひとりの弱い男なんだから」

ジョージ「勝利はもらうぞ」

イライジャ「ああ」

ジョージ「海神よ、契約に従い我が手に力を。千年眠る魂を呼び起こし、海を割れ。遠く海鳴りを響かせ世界の心理を紐解く意志をここに。怒り狂う乱流渦巻かせ収束する非情なる槍。〝重き痛み抱く海神の槍撃 (ト・ドリー・トゥ・ポシードナ・プロカリーエ・エントゥーノ・ポーノ)〟!」


  魔法が発動し、イライジャに直撃する。

  間。


イライジャ「これが……敗北か……」

ジョージ「今行くぞ、マリー」


  マリーに駆け寄るジョージ。


ジョージ「マリー! 大丈夫かマリー」

マリー「ぅ……ジョージ……」

ジョージ「よかった……意識はあるんだな」

マリー「かっこよかったよ、ジョージ……」

ジョージ「俺はいつでもかっこいいだろ。すぐに病院に連れて行くからな。出血がヤバい」

マリー「ごめんね……」

ジョージ「謝るなよ。マリーが困ってる時くらい戦わせろ」

マリー「ううん……違うの……」

ジョージ「?」

マリー「もうね……間に合わないんだ……」

ジョージ「……何が?」

マリー「ごめんね……ジョージ……」

ジョージ「い、いや、何言ってんだよ。ネックレスの生命維持魔法の効果時間は24時間だぞ……!?」

マリー「花をね……咲かせるために……血中魔力……全部……」

ジョージ「いや、いや、待てよ……俺、マリーと話したいことが……一緒にしたいことたくさんあるんだよ」

マリー「ごめんね……」

ジョージ「そ、そうだ! ネロミロスの水車見に行こう! お前、見に行きたがってろ!?」

マリー「ジョージ……」

ジョージ「海行こうって言って結局行ってねえしさあ! イヨルティの遊園地にも行かないと!」

マリー「きいて、ジョージ……」

ジョージ「……っ!」

マリー「今まで、たくさん……ありがとう……」

ジョージ「…………」

マリー「大好き……だった……よ……」


  事切れるマリー。


ジョージ「……マリー? ……なあ、なあ嘘だろマリー? こんなことって……! マリー……いやだ……いやだ! マリー! 目を開けてくれよ! マリー! マリィィイイイイッ!!!!!」


  慟哭するジョージ。


イライジャ「僕の罪だ」

ジュリア「ああ……イライジャ……イライジャ……」

イライジャ「ジュリア……君は君の愛が、本当は愛でないことに気付いてしまった。僕はそれを救うことができない」

ジュリア「愛してる……愛しているのよ……イライジャ……」

イライジャ「花が叶えられる願いはひとつだけ。2つの悲劇を救うことはできなかった。僕なら止めることができた。それなのに……」


  間。


イライジャ「現実は物語のようにはいかない。僕は新たな罪を受け入れるよ、ジュリア。彼が、十字架を背負うことは止められないけれどね……。さあ、目を閉じて……幕を引こう」



〜fin〜

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