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さよなら人類

作者: ゴーシュ


 彼は大きく欠伸をすると、誰に憚られることなくその場に寝転がり深い眠りについた。


 実際、世界には彼以外の人間は一人もいなかった。


 核戦争により多くの人間が死に、

 残った人々も、汚染された大地で生き続けることは難しかった。

 僅かに残った土地を巡って争いが起こり更に人口は減った。


 皮肉にも、文明が衰退するのと反比例して地球は美しさを取り戻していった。

 しかし、人類の減少は止まらなかった。

 体内に残った汚染のせいか、それとも天罰とでも言うのだろうか、

 出生率は減っていき、生まれた子供もほとんどが成長する前に死んでいった。


 数十年前に一組の男女だけが残り、その二人に男の子が生まれると、それが人類最後の家族となった。

 そして両親が数年前に死亡し、地球上に人間は彼一人となった。



 太陽が完全に上り切った頃に彼は起き出した。

 そして用意されていた食事を手づかみで次々と口に運んでいく。

 そこにはもはや文明人の面影はなかった。


 人類が時間をかけて積み重ねてきた知識も道徳も、彼の中には何も残っていない。

 もっともその道徳が立派なものであれば、滅びることはなかったのだが。



 食事を終えると、ゆっくりと立ち上がり歩き出す。

 あてもなく歩いては夕暮れになる前に寝床に戻ってくる。

 そしてまた用意されていた食べ物を食べ、日が沈んだら眠る。


 人類最後の一人ということがどういうことなのか彼には理解できないだろう。

 最後の一人だろうと、百億人の内の一人だろうと、生きるためにすることは変わらない。

 ただし、寂しさは感じているのかもしれないとは思う。

 時折見せる憂いの表情は、どうしようもない寂しさからではないだろうか。

 いや、もしかしたら彼の遺伝子に刻まれた後悔の念からかもしれないな。


 彼は時折、唸り声のようなものをあげる。

 言葉ではない。

 両親は彼に言葉を教えなかったから。

 三人だけの家族は言葉はなくともお互いの気持ちを通じ合わせることができたのだろう。


 皆はストレスを発散させるためだと言っているが、

 ボクは歌を歌っているんじゃないかと思う。なんとなくだけど。


 彼の両親が死んだときも歌っていたのを聴いたから。

 皆の言う通り、親が死んだことによるストレスが原因かもしれないけど、

 ボクにはあれが鎮魂歌のように聞こえたんだ。


 一人この世界に残されて、彼は一体何を思っているのだろう。

 柵に囲まれたこの範囲が、今の彼の生活圏であり、人類が最後に見る景色になるだろう。

 この代わり映えのしない景色の中に、彼は一体何を見ているのだろう。




 その晩、彼は高熱を出した。

 こんなあっけなく人類が滅ぶのかと心配したが、

 ボクらの懸命な治療によって一命を取り留めた。


 気をつけなきゃいけない。

 かつてこの地球を支配し、高度な文明を築いた人類、

 その最後の一人である彼を失うことは我々にとって大損害だ。



 週末には多くのお客さんが最後の人類を目に焼き付けにやってくる。

 一番人気はワニだが。

 ボクには彼よりもワニの方が人気なのが不思議でならないが、

 きっとボクらがトカゲから進化した生物だからだろう。


 なんにせよ、彼とワニのおかげで我が動物園は今日も盛況だ。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 文明も、人類の残した物々も、しっかりと形を残している。機能すらきっと喪っていない。しかし、それが、使い方も使い道も、存在意義も、何も分からない、最後の人類。だからもう、それらは人類の手から…
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