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第三回 【異世界に】ギルドのバーチャルな受付嬢【転移してみた】

「イエーーーーーーーーーーイ! みんな元気してたかぁ! ちゃんとご飯食べてるかぁっ!? 寒いのにヘソ出して眠ってないかぁ!?

 と、謎の母性を炸裂させたところで、あたしです、御前御崎カノンです」


 われらがパーソナリティ・御前御崎カノンは、透明なディスプレイに表示されていた。

 長辺が1メートルはありそうな巨大なワイドディスプレイは、透明で背景が透けている。

 Vtuberがリアルイベントで御用達のそんなディスプレイが、人の手で擦れて塗装の剥げた、古い木製のカウンターの上に置かれていた。


 そのディスプレイを、冒険者ギルドに併設された酒場にいる冒険者たちが、うろんげな瞳で見つめている。


「ここがどこだかわかるかぁっ!? そう、ここは異世界ッ! 冒険者ギルドのカウンターだぁっ! あたしは今日一日ここでギルドの受付嬢をやることになったんだぁっ! ……えっ、なんで?」


 カノンにはこうなった経緯が思い出せなかったが、それはこういうことだった。

 この小説世界の神である、究極にして至高の上位存在・天宮暁、すなわち作者が、既存のVtuberには逆立ちしても真似のできないことをさせようと、御前御崎カノンをいきなりある世界の冒険者ギルドへと送り込んだのだ。


「まあいいや! ささっ、冒険者のみなさん! ギルドのチートな受付嬢がみんなの悩みをパパッと解決してあげるよ!」


 カノンの言葉に、冒険者たちが顔を見合わせ、失笑する。


「おおい、なんだその反応はっ!?」


「だってよ、ゔいちゅーばー?だかなんだか知らねえが、ここにいもしねえやつに俺たちの問題が解決できるもんかよ」


「あたしはここにいるだろうがッ!」


「どっかからハイシンしてるんだろ? さっき自分で言ってたじゃねえか」


「配信中にリハのことに触れるんじゃないッ!

 だいたい、役に立てないかどうかは聞いてみないとわからないじゃないかっ!」


「ま、一理はあるな。

 じゃあ嬢ちゃんに聞いてもらおうか」


 スキンヘッドの強面の冒険者が、ディスプレイの前に座った。

 ディスプレイの背後には他のギルド職員が見えているが、いずれも自分の職務に集中してるようだった。

 あきらかにおかしいと冒険者は思ったが、それを言い出したら何もかもがおかしかった。

 だから、彼は考えるのをやめた。

 考えてもわからないことを考え続けるのは、冒険の場では賢明な判断とはいえないからだ。


「で、困りごとはなんなんだい?」


「実はよ、最近生意気な新人が現れて、みんな迷惑してるんだよ」


「ほうほう、新人とな! どんなやつなんだい?」


「見た目は黒髪黒瞳、中肉中背、顔は……まあ整ってるほうか? 優男っつーか、中性的な少年って感じだな。なんの変哲もないガキなんだよ。見た目はな」


「なんだかなろう小説の主人公みたいなやつだね! そいつが?」


「他の冒険者とささいなことでもめごとになったんだけどよ、そいつが正当防衛とか言って、その冒険者の片腕をやっちまったのさ。冒険者同士のいざこざはギルドの管轄外とはいえ、さすがにやりすぎだろうってみんなが言ってる」


「でもその冒険者からケンカをふっかけたんだよね?」


「そうなんだけどな。だから、表立っては文句が言えねえよ。剣を先に抜いたのもそいつだしな。

 だが、そこは冒険者同士、互いに遺恨が残らねえやりかたってもんがあんだ。

 まして、そのガキみてえに実力があるんならなおさら、怪我なんかさせずにことを収めりゃ済む話じゃねえか。正当防衛にかこつけて、ムカつくやつを痛めつけてやろうっつー悪意を感じるぜ」


「はあ〜、厄介な話だねえ」


「しかもそいつが、ギルドの昇進試験を破竹の勢いで駆け上って、今度Aランク冒険者になっちまうらしい。Aになると、他の冒険者への指導ができるようになっちまう。あいつに顎で使われたくねえってみんなで言い合ってたところなんだ。あんな、俺ってつええ! 強すぎる俺気持ちイイ! みたいなクソガキによ」


「ほうほう。相当ヘイトが溜まってるみたいだねぇ」


「へいと? ああ、モンスターの敵視のことをそう言うんだっけか。嬢ちゃんよくそんな言葉を知ってるな。

 そうだよ、あいつはみんなからヘイトを買ってるんだ」


「そうなるとだね。話はむしろ簡単さ。

 小説家になろうの世界では、ヘイトを買った人間は、必ずそれ以上の酷い目に遭わされることになってるんだ。そうしないと毒者が感想欄で暴れ出すって、あのクソ錯者が言ってたよ!

 そんだけヘイトを買ってしまった以上、ここからのシナリオは調子に乗った転生者がフルボッコにされる流れしかないッ!」


「な、なにを言ってやがるんだ?」


 自信を持って言い切ったカノンに、強面が目を白黒させた。


 そこで、ギルドの木戸が開かれる。


「た、大変だ! 例のクソガキが昇級試験の最中に護衛対象の貴族を激怒させて、処刑するのしないのの騒ぎになってるぞ!」


 木戸から飛び込んできた瘦せぎすの冒険者がそう言った。


「激怒って……いったい何をやらかしたんだ?」


「それがもうめちゃくちゃでよ。貴族相手にも敬語を使わないでタメ口叩いて、それが自分のポリシーだと言い張ったかと思えば、貴族の護衛を放棄して通りがかった奴隷商人に襲いかかり、保護されてたエルフ姉妹を自分の奴隷にしちまった」


「えっ、奴隷を助けたのにダメなの?」


 カノンが聞くと、


「そもそもこの国では奴隷を持つことが禁止されている。それでも奴隷商人なんてものがいるのは、他国で売り買いされてる奴隷を救済するためなんだ。その奴隷商人に重傷を負わせ、回収してた奴隷の首輪をエルフの姉妹にはめちまったのさ。とんだ救世主気取りもあったものだ」


「はああ、現地の価値観を全然理解してないんだね」


「それを静かにたしなめた貴族に暴言を吐いて持ち場を放棄。さすがに問題行動が過ぎるってんで、ギルドの冒険者が駆けつけたら……やっこさん、何をしてたと思う?」


「さ、さあ」


「エルフの姉妹を宿に連れ込んで、おっぱじめようとしてやがったのさ。冒険者はあわててそいつを逮捕した。貴族の証言もあって、これから公開処刑されるらしい」


「あれまあ……」


「とくに激怒してるのは、エルフの姉妹だよ。エルフの有力氏族の娘さんらしくてな。辱めを受けた以上、自分の手で殺したいと言っている。ああ、奴隷の首輪は、王国の魔術師が解呪したぞ」


 そこで、ギルドの外から遠い叫び声が聞こえてきた。


 ――俺は間違ってないいいいいいいっっ!!


 ――無双チーレムやり放題じゃなかったのかあああああああっっ!!


 ――俺の邪魔をして、どうなるかわかってるんだろうなああああっ!!


 ――おまえら全員ぶっ殺して……


 途中で叫び声が途切れた。

 ギルドに居合わせた冒険者が、独特の祈りの印を切った。


 カノンが肩をすくめた。


「だから言ったのに。この作者は主人公にやりたい放題にはさせないから、やりたい放題ができてる時点でもう、そいつは主人公じゃなくて当て馬なんだよ……。ゲス系主人公が得意な作者さんに転生させられなかった時点で、おまえの運命は決まってたよ……。なむー」


「ううむ、マジで解決しちまったな。嬢ちゃんのおかげってわけでもなさそうだが」


 スキンヘッドの強面がつぶやいた。


「たまによ、あのクソガキみたいなのが出てくるんだ。転生者とかいうんだろ? 前世の記憶と特殊な力を持ってる選ばれし人間だ。

 だが、ほとんどの場合ろくなことになんねえんだわ。人間、すぎた力を持つと、勘違いしちまうんだろうな。

 だいたいよ、俺ら冒険者が何年何十年かけて磨いてんのは、魔法やスキルばっかじゃねえ。経験だとか、人間観だとか、そういったもんこそ生きてく上では大事なんだよ。ガキに刃物を持たせたっていいことなんざ何一つねえ」


「だけど、この世界にはモンスターもいるんだよね?」


「それでも、異世界のおかしなやつに力を与えるよりは、俺たち自身の力で世界を守ってくべきなんじゃねえのか? その意味じゃ、この世界の神は勘違いしてるぜ」


 「そうだそうだ」と酒場から声が上がった。


 その時だった。


「おお、勇者バッコスよ、おまえに力を授けよう。われも異世界人には懲りてきたところだ。世界の命運をおまえの力で切り開いてくれ」


 ギルドに突然神聖な光が降り注ぎ、そこにギリシア風のトーガを身にまとった冷たい表情の金髪美女が現れた。


 下着もつけてないのに一切垂れず重力をあざ笑うかのようにつんと上を向いた大きな乳房。

 その乳房の下は肋骨が透けるほど肉が薄く、ウェストはくっきりとしたくびれを描いてる。

 くびれを通り過ぎると、今度は一気に肉付きがよくなって、豊満な尻とむちむちの足へと、完璧なアーチを連続させていた。


 人間にはありえない完璧なスタイル。

 MILF系のエロマンガか、それこそVtuberででもなければありえないような異次元ダイナマイトバディがそこにはあった。


 金髪美女は、冷たいがどこか濡れたような艶を持つ碧い瞳を、バッコスと呼ばれた強面禿頭(こわもてとくとう)の冒険者に向けている。


「おおっと!? ここでまさかの神様の登場かぁっ!?」


 カノンがどこからともなくマイクを出してそう煽る。


 スキンヘッドの冒険者は、神に冷たい目を向けて言った。


「いらねえよ。俺は日雇いでギルドの仕事をやっつけて、午後から酒を飲んでたいだけなんだ。世界の命運なんざ知ったことか」


「だ、だが、このままでは世界が滅んで……」


「そん時はそん時だ」


「おまえの大事な者たちも死ぬことになるんだぞ」


「人間いつかは死ぬもんだろ。明日仕事でしくじって死んだっておかしくねえ。そんな覚悟はとっくにできてる」


「き、強力なチートで無双したりしたくないのか?」


「興味ねえな。身勝手な正義感で他人を叩きのめして楽しいかよ」


「だ、だが、横暴な貴族に腹がたつこともあろう?」


「そん時はこの街を逃げ出すだけさ。冒険者ギルドは世界中にあるから、冒険者はどこでも食ってける。悪政を敷いた国からはあっというまに冒険者がいなくなって、国が回らなくなるんだよ」


「ま、魔王は……」


「どんな王だろうと、民あってのもんだからな。力での支配なんざ長くは続かねえよ」


 神は言葉を失っていた。


「だ、だからおまえらは嫌なんだ! これからもわたしは、異世界から俺TUEEEがしたくてたまらない精神年齢中学生のおっさんを連れてきて、危険なチートを授けてやるからな! 覚悟しとけよ!」


 神はそう捨て台詞を残してかき消えた。

 最初に現れた神聖な光だけがしばらく残ってたが、うっかり消し忘れたという感じで、ほどなくしてふっと消えた。


 カノンが言う。


「なんだか、アレですねえ。世界はその世界の中だけで回ってるんだから、変にいじらないほうがいいのかもしれませんね」


「んなもん世界によるだろうがな。どの世界もその世界なりに回ってるんだろうよ。

 で、ギルドのばーちゃるな受付嬢の嬢ちゃんは、俺たちに何をしてくれるんだ?」


「あはは……あんまりできることもなさそうなので……歌いますッ!」


 ヤケクソ気味にカノンが言った。


 異世界では著作権もクソもない。ガンガン曲を流し、カノンはそれに合わせて踊って歌う。


「いえええい!」「ひゃっはー!」


 冒険者ギルドは、即席のライブ会場になっていた。


「こんなもん、踊るしかねえ! 踊るしかねえんだぜッ!」


「ひゅー! カノンちゃん、かわいいー!」


「いええええい、いええええい、イエエエエエエエイ!」


 なんだか自己完結している世界で存在意義を見失った一日バーチャル受付嬢は、踊り狂うことで残りの持ち時間をごまかしたのだった。

『ノー・ストレス! 24時間耐えられる男の転生譚』

https://ncode.syosetu.com/n8387fa/

もよろしくね!(天宮)

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