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第一回 御前御崎(おまえみさき)カノン自己紹介動画

 画面いっぱいに、銀髪ポニテの女の子が映った。

 年齢は……いくつくらいだろう。

 謎の神絵師のイラストから描き起こされた3Dのアバターに、人間の年齢は当てはまらない。

 しかしまあ、萌え絵に親しんだオタクなら、17、8歳だと判断する見た目だろう。

 萌えキャラとしては、若干高めの年齢設定かもしれない。


 銀髪ポニテの美少女は、目を><にして、握った拳を突き上げた。


「いぇ――――――ーいっっ! ノってるかぁぁぁぁっ!?」


 片手を自分の耳に当て、こっちに向ける銀髪ポニテ。

 もちろん、「こっち」からは何の反応もない。

 これは、ライブ配信ではなく動画なのだ。


 だが、美少女は腕を組んでうんうんとうなずいた。


「のっけからノってるも何もないだろって!?

 ……そりゃそうだっ」


 美少女は、背を伸ばし、片手をしゅたっと額につけて、敬礼らしきポーズを取った。


「あたし、御前御崎(おまえみさき)カノン! よろしくなっ!」


 美少女――カノンの言葉とともに、画面にデデーン!と文字が出た。

 レインボーカラーに輝くワードアートみたいな安っぽい文字列だ。

 ひと昔前に、動画投稿サイトに「死にたい」という動画があったが、その演出に妙に似てる。

 微妙に既視感のある古いネタを持ってくるのは、Vtuberが4ちゃんねるやニマニマ動画といったネットカルチャーの黄金期(?)に英才教育を受けた世代だからだろう。

 つまり、御前御崎カノンの中身は、見た目よりひと回り歳上のはずだ。


 Vtuberブームを支える視聴者は、おそらく二種類の層からなっている。

 ひとつは、ニマニマ動画に飽きてしまったニマ動難民。

 もうひとつは、幼い頃から(リアル)YouTuberを見て育った若い世代だ。

 ネットの古参と新参が、いくつかの時流の偶然から合流先を見つけたことで、Vtuberという市場が成り立った。


 Vtuberの中身はどうか?

 実際のところは不明だが、おそらくこの二つの層の中間からやや上くらいの世代が多いのではないか。


「御前御崎! 御前御崎カノンでございますっ!

 どうだ、名字が読みにくかろう! これで『おまえみさき』と読むんだぜいっ!」


 カノンはほどよく豊かなバストを張った。

 カノンの上半身は、カジノの女性ディーラーを魔改造したような格好だ。チャコールグレーの短いベスト、ピンクのブラウスにコバルト色の蝶ネクタイ。胴を銀色のコルセットで締め上げているせいで、形のいいバストが強調されている。

 腰から下には、エメラルド色の長いパレオのようなものを巻いていた。パレオは左腰の上で近未来的な謎のバックルで留められている。右足はパレオに隠れているが、左足は足の付け根までが露出していた。その足には、ピンクのニーソックスがガーターベルトで吊られてる。


 まかりまちがって地上波になど登場しようものなら、性的に誇張されすぎているとクレームが付きそうなデザインだ。


 だが、カノンは、そんなことは知るかとばかりに、美乳をたゆんと揺らせて手を挙げた。


 おっぱいを盛って何が悪い。

 おっぱいを揺らして何が悪い。

 視聴者が喜ぶことをするのがVtuberだ。

 もちろん節度はあるけどね!


 ……といったような意図があるのかどうか。

 初回動画だというのに、御前御崎カノンは実に堂々としてた。

 緊張のカケラも見せず、笑顔を振りまき、胸を揺らし、無駄に気合の入ったセリフを、機関銃のように撒き散らす。


「好きなことは、ぶっちゃけトーク! 空気なんて読みません! 先行する偉大なVtuberの先輩方に並ぶには、過激なことも言わないとなんだぜ! あ、でも、トークが大好きなのはほんとです!」


 カノンはアメジストの瞳をきらきら輝かせてそう言った。


「そして、これがマイルームッ!」


 ババッと片手を開いて、カノンが自分の周囲の空間を示す。


 そこは、オフホワイトの空間だった。

 空間全体がドームとかまぼこを足して割ったような形になっている。

 空間の中に、パステルカラーの家具やぬいぐるみが所狭しと並んでいた。

 その奥にある巨大な窓には、衛星軌道上から見たような地球の姿が映っている。


「ここにゲストを呼んでトークしたり、ゲーム実況をしたりする予定だよっ! くぅぅぅっ、楽しみだねっ!

 ああっ! まじらいゔの十六夜サソリちゃんとコラボしたいんじゃあ! コンプティアに特集されたいんじゃあ!」


 後先も考えずに有名Vtuberの実名を叫び、カノンが部屋の中を駆け回る。ネット上で太古の昔に流行ったブーンのポーズで。


「はぁ、はぁ、げほっ、げふっ……うう、興奮しすぎて過呼吸になった……」


 カノン、元の場所に戻ってきてうずくまる。


「ぶっちゃけると、企業の後ろ盾のないあたしじゃ、有名Vtuberとのコラボなんて夢のまた夢なのさっ!

 しかたないので、初回ゲストはのっけから全力でお茶を濁しに行く予定だッ!

 いったい誰が現れるのか!?

 予想してみてね! 絶対当たらないと思うけど! もし当たったら一億ガパスあげるから!」


 しっしっしと悪い顔で笑いながらカノンが言った。


「って言っておいて、誰も予想してくれなかった時の悲しみよ……。

 それでも、そんな心の痛みをパワーに替えて、御前御崎は走り続けるッ!

 ツイッターのハッシュタグは『#おまえみ』だよ!!

 そんなわけで、よろしくねっ!!!!」


 カノンがにぱーっと笑い、両手を振る。


 初回の動画は、何が何だかわからないうちに終わっていた。


 その時点でのマイチューブチャンネル登録者は、哀愁漂う97人だった。

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