第91話 百と一ヶ月の恋
お待たせしました!
投稿してから一年経ちましたね!
皆さん……あざすっ!(いろいろと)
「どこ行く?」
「えぇ……。そこはこう、黙ってグイッと引っ張って行ってくれるんじゃないんですか?」
「ふっ……」
「なんですか、その笑みは……」
まだ、そこまでのダンディーさは残念ながら身に付けていない。でもたしかに、ここら周辺を知ってる差から考えると俺が連れて行くべきなのだろう。
考えてみれば、マノンの転校してくる前の話を聞いたことが無かった気がする。どこに住んでたとか、部活はやっていたのかとか、前の学校はどうだったとか。
俺が聞かなかっただけで、紅亜さんとかは知っているのかもしれない。まぁ、それも……後で分かることか。
「どうする? おすすめの公園とかあるけど?」
「お任せしますよっ」
「じゃあ、少し歩くから」
昨日もお世話になった自宅からそう遠くない公園に、俺はマノンを連れて行った。
到着した公園では、小学生が数人遊んでいた。というより、ゲーム機を持ち寄ってベンチに座っている。
あまり広い方では無い公園のベンチが、残念ながら占領されていて、俺達は仕方なくブランコに腰掛けた。
「まぁ、ここなら知り合いも来ないだろうよ」
「……はい」
「独り言みたいでも良いし……とりあえず聞く」
「頑張って、できるだけ明るく話しますね。稀によくある話です――」
稀によくある。いきなり矛盾していることを言い出したマノンがそこから話してくれた事は、たしかに言う通りだった。ただし、ドラマや映画でよくある類いの話だ。
マノンから聞いた話を、頭の中で一回整理してみる。
マノン五歳。両親を“不慮”の事故で無くす。
それから彼女が最初に引き取られたのは、父親の実家。父方の実家は代々その土地を治めており、富も権力も名声もあったらしい。
曰く、祖父は厳格な人。外国人の妻を嫁に迎える事に断固として反対し、最終的にはマノンの父親が、縁を切る事で結婚に至ったみたいだ。
そんな家に、五歳のまだ事情もよく知らなかった彼女は引き取られた。が、それも1ヶ月経たないで別の親戚の家へと送られた。両親を無くしていた彼女は、静かにしていれば気味悪がられ、明るくすれば疎まれる生活を送ったらしい。無駄に親族は多かったらしく、家も転々とさせられたみたいだ。
そして中学生になったある日。家を転々とし、数年おきに転校を繰り返していた彼女は、父方の実家に呼び出された。
用件は、現代においては早過ぎる時期にお見合い。せめて、家の役に立てということだった。
彼女もさすがに言い返したそうだ。嫌だ、と。だが、当然のように聞き入れては貰えず……どうしようかと迷ったその時に、初めて相手の心の表情――つまり、オーラが視える様になったらしい。
ストレスがピークに達したからか、先祖返りの様なものなのか分からないけど、とりあえずこれはチャンスだと思ったらしい。
相手の心の奥に直接訴えかける様に「私の人生を歩かせてください」と土下座までしたそうだ。
その日から、転校や引っ越しはしなくてよくなった。理由は、学校で彼女が教えてくれた、施設に預けられるという結果になったからだ。
その施設で彼女は異端だった。たしかに、他の子と同じ様に心に傷はあったが、実家の事情が他の子とは違く、施設の職員も特別扱いしたからだ。
実家の息が掛かった施設は、不自由こそ無かったが孤独でしかなかったらしい。
周りの子は話し掛けて来ない。職員からも距離を置かれる。毎月送られてくる多目のお小遣いも、貯めるだけで使えない。家に迷惑が掛からない様に、施設の外には出さない様にされていた。
それでも、精一杯の譲歩を引き出せたと納得していた。
だが、高校二年生になる前に再度実家に呼び出され、そこで通帳と印鑑、戸籍、記入された諸々の手続きに必要な書類を渡された。
何の事情があったのかは彼女も知らないらしいが、つまり……後は一人で生きていけという事だ。
マノンはそれを望んでいた事もあって、それを了承した。家や施設を出て、そして、この街にやって来た。――という話だ。
「私は、今の施設を見付けて手続きをして入れて貰いました。事情はちゃんと話しましたよ? 実家からの音沙汰も無いので、それすら織り込み済みだったんでしょうね」
それが今年の四月のことになるらしい。行ける距離にある学校を探したり、新しい施設に慣れようとしたり、いろいろやってたみたいだ。
「俺達のいる高校に転校して来たのは、たまたまだったのか?」
「いえ……そうですね。ここで、私の人生に青さんが出てくるのですよ」
「仰々しい言い方だが……初めて会ったあの時か?」
勝也とのののとクレープを食べに行ったあの日。たしかに、駅前でマノン出会った。
ちょっと頭のおかしい系電波少女と思ったのも懐かしい記憶だ。
「ですです! 街中であんなにオーラが霞んでたら気にもなりますよぉ~」
「マジで霞んでんのか……ずっと冗談だと思ってた」
「マジですよ! あー……思い出したら紅亜のアレはヤバかったですね」
「先日の、か」
「そうです。格好良かったですよ、青さん」
「……覚えてない、慌ててたからな」
「嘘ですね。……気になるのは、どうして青さんに話そうかと思ったか、ですよね?」
マノンの話を聞いて、たしかに可哀想と思った。マノンの境遇を憐れんだ。でも、それは、マノンが悲痛そうに話すから――どちらかと言えば、同情よりも共感に近い。
想像でしか語れないが、彼女はずっと寂しかったのだと思う。
早くに両親を亡くし、疎まれてると分かっていても誰かの元で暮らすしかなかった。
マノンが俺の家に遊びに来て晩御飯を食べた日、家まで送って行こうと外に出たら、谷園は泣いていた。その理由がようやく分かった気がする。家の近くまで送らせなかった事も含めて。
「気にはなる……でも、今日はここまでで良いと思うぞ」
「そう……ですか」
「推測だが、お前は寂しがり屋だ。いや、話を聞いて確信したと言ってもいい」
「…………」
可哀想とは思う。だからと言って、やっぱり同情はしてやれない。マノンが味わった辛さは、どうやっても俺には味わえないから。
なら、どうするか? 何をしてやれるか? 決まっている。俺にできる事なんてちっぽけな事しかない。
俺は腰掛けていたブランコから立ち上がり、マノンの前に立ち、手を伸ばす。
「前も言ったと思う。居心地が悪くないなら、俺の家にいつでも来い。遊びに来るだけでも、泊まりにでも良い。迷惑じゃない……お前が居ても全然まったく迷惑じゃないから」
「…………ぁ」
「ずっと居て良い。お前が泊まるのを渋られたら、両親に土下座くらいいくらでもしてやる。悪いな、お前の話を聞いて、俺にしてやれることはこれくらいしかない」
見詰めたまま、何も言わず、固まっている。
宙に浮いた俺の手も何も掴まずに固まっている。
マノンの顔が夕日に照らされている。
とうとう我慢できなくなったのか……マノンが俯き、地面にポツポツと染みが増えていく。
「……ははっ。寂しがり屋だけじゃなく、泣き虫も追加だな」
「だってぇ……ぅぅ……ズルいよぉ。青さんは……そうやってぇ……あぁぁぁぁぁぁ」
マノンの声が空に響いて消えていく。
小学生が何事かと覗いて「痴話喧嘩」と言って逃げていった。
「泣き終わったら帰るぞ」
「はぃぃ……帰るですぅぅ……。もう一人じゃないんですねぇ……ぅぁぁぁ」
溢れ出す涙が枯れるまで待っていたら、空が暗くなり始めていた。恥ずかしいのか分からないけど、マノンは下を向いて、遅れそうになったら帳尻を合わせる様にして歩いている。
碧にマノンが行くことを伝えてある。だからきっと、いきなりでは無いと思う。
今、俺達が向かっているのはマノンの住んでいる場所だ。
「とりあえずお試しで、日曜日まで住む……で、良いんだよな?」
「はい……」
「できるだけ元気に、だろ? もう、泣いたんだから。知ってるか? 女の武器は涙じゃなく、笑顔なんだぜ?」
「……それはさすがににクサイですよ、青さん。百年の恋も冷めるレベルですぅ~」
「うぇっ!? そ、それは言い過ぎじゃない?」
「あはっ! 大丈夫ですよーっと、百と一ヶ月の恋はノーカンです!」
ニッパリと笑ったマノン。ようやく、いつもの感じを取り戻して来たのだろう。
百と一ヶ月の恋……その意味はたぶん、きっと、おそらく、メイビーって感じでなんとなく分かるけど、今は深く掘り返すことはやめておこう。
「ハイパーマノンちゃんは凄いですからね、青さん! さ、行きましょ」
誤字脱字その他諸々ありましたら報告お願いします!(´ω`)
マノンちゃん……ハイパーマノンちゃん!!