第88話 最悪じゃ、ない
お待たせしました!
よろしくお願いします!(´ω`)
「――お前には叔父が“いた”」
そう切り出したお父さんの話を聞いた。
思い出しながら時折涙ぐむ父の話に口を挟む事はしなかった。俺もいろいろと疲れていたからかもしれない。もしかしたら、突拍子もない話について行けてないだけだったのかもしれない。
父の名前は司。矢倉司。そして双子の弟、矢倉翼。
父の結婚相手が母の神戸皐月。そして翼の“婚約者”が巳良乃なな。
四人は知り合いで、大学を出た後も集まるくらいの仲良しだったらしい。
ある日、父と叔父がバイクで出掛けてる最中に不幸が訪れた。
峠での事故はたまに聞く話ではあるが、二人とも入院するレベルの事故に遭い、前を走っていた叔父だけが命を落とした。
「その時さ、翼に頼まれたんだよ。ななをよろしくって」
その意味を知ったのは後かららしく、母と同様に巳良乃ななもその時妊娠していたらしい。
「ここから、私が至らないせいで起こしてしまった不幸がある」
これもよく聞く話で、双子である親からは双子の子供が産まれる確率が高いらしい。
巳良乃ななは、双子を妊娠していた。
父も自分の妻が初めての妊娠をしていて、そして仕事も忙しい時期だったと言った。不馴れな事が相次いで、翼を亡くした巳良乃ななに対するケアを出来ていなかったらしい。
そして、気付いた時には巳良乃ななは住んでいた場所を引き払い、行方が分からなくなったらしい。
「彼女の子供はののさん一人だ。それに気付いたのは情けない話だが昨日……毎年来ていたのだろう、初めて墓参りで彼女が声を掛けてきたからだ」
「のののが……双子だった?」
「やはりストレスや心労があったのだろう……私の、せいだ」
俯くお父さんに掛ける言葉が見付からない。
のののが双子だった。でも、実際のののは一人っ子で母親しか居らず寂しい思いをしていた。
双子ならもっと会話の多い子に育っていたかもしれない。双子なら、寂しく過ごした子供時代は訪れなかったかもしれない。
双子だったら……そう考えると、お父さんを擁護することはできない。責めることは簡単だが、俺にはそれもできなかった。
それよりも、もっと……もっと重要な事に気付いた。
「のののはお父さんの弟の子供になるんだよね? それじゃあ……」
「あぁ、お前とののさんは――従兄妹になる」
のののが従兄妹。不思議と驚きが少ない。従兄妹だから波長が合って、のののの言いたい事が他の人より分かると考えたら……たしかに納得できる部分はある。
だが、それはそれだ。受け入れられるかと言えばまた別の話である。今まで普通に友達として接していた人が、急に親戚と言われても「はい、わかりました」とはなれない。
「お父さん、どうしてななさんは急に?」
「何でも話す人ではないからな……。私も推測だが、青と会ったからじゃないか? お前に矢倉と言ったのは巳良乃ななで間違い無いのだろ?」
「あぁ、うん。たしかに、ななさんとは会った。そうか……そっかぁ」
「巳良乃なな……彼女と会った時、すぐに判ったよ。もう、二十年近くになるというのにな。最初は何を言われるのか怖かった……でも、彼女は『青ちゃんに会いました。ののに告げます』と、それだけ言って去っていったよ」
それだけでよく理解出来たなと思うけど、きっとそれはお母さんの担当だったんだろうな。
話の推測で、お父さんが苗字を神戸に変えた理由もなんとなく分かった。
自分でも分からないけど今は落ち着いている。きっと、明日になればまた違うのだろうけど。
今日一日でいろいろとありすぎて頭も心も疲れているのだろう。
のののはどう思っているだろうか? そう考えると明日が怖い。うちの父に対して怒っているだろうか? 従兄妹な事、双子だった事実を受け止めきれているだろうか?
今夜はどうにも眠れる気がしなかった。
「お父さん、少し遠回りして帰らない? なんか、もう……いろいろと分かんなくて」
「あぁ、分かった。……お前とののさんの仲を傷付けてしまったかもしれん。すまない、青」
「傷付いたかもしれないけどさ、壊れはしないよ。そこは心配しなくて大丈夫」
少しでも疲れる為に、と思って遠回りして家に帰ったが、結局その夜は眠れずに朝が来てしまった。
家に着いてからも、気を使ってくれたのか、碧も部屋に来ることは無かった。
のののからの連絡も無かった。
◇◇◇
「青……おはよう」
「おはよう、お母さん。今日は少し早く出るよ」
「そう……お弁当の用意は出来てるよ」
「ありがとう」
午前六時。制服には着替えている。朝食は食べない。
弁当を受け取って、すぐに家から出ていく。心配そうに見てくるお母さんには申し訳ないけど、何事もないかの様に振る舞わせてもらった。
どんよりとした空模様で気温は低め。肌寒さが少しだけ気持ちいい。
とりあえず学校の方に向かって歩き、途中のコンビニで飲み物を買った。
自分でも、どうしてこんなにも落ち着いた心持ちなのかがよく分からない。まぁ、パニックで慌てるよりはマシだと思うけど。
一晩中考えて、考えるのを止めて、また考えて。結局何も浮かばないままで今に至る訳だ。
「缶コーヒーが美味いねぇ」
なんて言葉を吐き出してみるが、寂しいだけだった。
学校までもうすぐの所までやって来た。こんなに早めに来ても、誰かしら……まぁ、部活の朝練だろうが、先に来ている人が居る。
朝のホームルームが始まる二時間近く前に来たところで、やる事は特にない。今日は授業中の睡眠も覚悟している。
校舎まで歩いて、靴を履き替えて教室へ。当然の様に静かだ。静けさしかない。これで誰かがいたらビックリしちゃう。
「ふんふふーん」
思いきってメロディーもテキトーな鼻唄を奏でながら教室へ向かう。
「ふふふーんふーん、おはようございまーす!」
教室の扉を開けて、クラスメイトは誰もいないと思い込んで逆に明るく挨拶をしてみた。普段なら絶対に出来ないからな、こんなの。
だから――返事が返って来たらさ、驚くよね?
「元気だね、神戸」
「……間違えました」
ちゃんと目が合って、確認して、その上で俺はスライド式のドアを閉めて固まった。何を間違えたのかは自分でも知らない。
多分時間は六時三〇分くらい。早すぎる。ドアに付いてる小窓から、今もバッチリ目が合っている。
一歩一歩近づいて、彼女はドアを静かにと開けた。
彼女はそのまま一歩踏み出す。俺は一歩下がる。踏み出す、下がる、踏み出す、下がる……そして、壁際に追い込まれてしまった。
「ドン」
彼女の手が、俺の胸の高さと同じ位置の壁に対し、張り手をかます。視線の先には開いたドアが見え、少し目線を下げると頭が見える。
「これが、壁ドン。ふふっ」
にしては迫力も無く、噂に聞くほどのドキッとしたのも無い。目線の先にいないからなのだが。しかも、普通なら男女逆な気もするし。
「ののの……」
「今からお腹ドン、する」
聞き慣れない単語が飛び出した。お腹ドン? 壁ドンが相手を壁に追い込んで手や腕を使ってドンする事ならば、お腹ドンとは……つまり、そういうことか?
のののが頭だけを後方に引き、溜める。体の硬さが出てしまって、あまり反れてはない。
「ののの? なんで? なんで、お腹ドン!?」
のののの頭の高さなら、ちょうど俺の鳩尾だ。たぶん、痛い。当たり所が悪いパターンだ。
でも、きっと力業で逃げちゃ駄目で、止めてもいけないと直感で分かっていた。だから、動かずに待っていた。
だが、実際に訪れた衝撃は……とても弱く、ソッと額がお腹に当たっただけだった。
「神戸、最悪じゃない」
「えっ……?」
「最悪じゃ、無かった」
その言葉の意味が分からずに、少しだけ黙った。でも、俺も言いたい事を思い出して、正面を向いたままのののに対して声を掛けた。
「許してやってとは言わないけど、うちのお父さんは悔やんでた。双子……だったんだよな」
「……うん。ほほ。巳良乃ほほ」
「そっか。なら、うん……のほほ、だな」
「ほほほ、じゃない?」
「のほほの方が可愛いだろ?」
「たしかに」
「ななさんに会いに行ったら、ツラいかな?」
「大丈夫」
「のののさえ良ければ、うちの両親も紹介する」
「楽しみ」
「いとこかー」
「いとこ。血縁上は」
「実感が湧かないな」
「納得はいく」
「どうしようか?」
「どうもしない」
「そっか」
「そう」
のののの頭が離れる。
よくよく見れば、のののも目の下にうっすらと隈が出来ていた。きっと、眠れなかったのだろう。のののも考えて、受け入れていこうとしているんだな。
のののが従兄妹。それほどまで悲観しなくても良いのかもしれない。珍しい出来事だと、むしろ浮かれるくらいで丁度良いのかもしれない。
のののが「どうもしない」と言った様に、周囲に言うなんてことも、お互い変に意識することも、きっとしないで良いのだ。
「眠そうだな」
「よく、言われる」
「それも、そうだったな」
お互い少しだけ笑って、教室に入って行った。
仮眠する時間はあるが……寝ていないし、下手すると熟睡になってしまいそうだ。一応、勝也にでも頼んでおこうかな。
「俺は仮眠とるよ」
「私も」
「勝也に起こして貰うように頼んどく」
「任せた」
「おやすみ」
「おやすみ」
そう交わして、俺とのののは一時の睡眠へと沈んでいった。
誤字脱字その他諸々ありましたら報告お願いします!(´ω`)
今週末に福岡へ遊びに行くんですよね!
数少ない友達とカラオケやラーメンですわ
だから、更新は少し遅れるとの告知を。