第87話 広いのか、狭いのか
お待たせしました~
また少し、加速させていきますよぉ(´ω`)
でも、ゲームしますよぉ!
『これからは、ずっと一緒よ……』
『あぁ、もう二度と離さない』
夕陽が沈んでいく背景で、二人の男女が口付けを交わす。そして、エンドロールだ。
途中からちゃんと見たからか、特に涙を流すなんて事はなかったけど、ストーリーは面白かったと思う。
冴えない女の子が冴えない男と付き合う――と言っても、実は二人とも敵対する大手会社の御子息と御令嬢だったりするのだが――みたいなハラハラする展開もある映画だった。
手元のポップコーンも丁度無くなった。
氷で薄まったアイスコーヒーを飲みきって、エンドロールが終るのを待った。
チラッと横を見ると、のののと白亜ちゃんは特に泣いていないが、碧だけハンカチで目元を抑えている。
縦に流れる文字が終ると、照明が点いて端の席から人が動いていく。俺達は中央よりの席に座っているからもう少しだけ待機になりそうだ。
「碧ちゃん……中盤から泣いてなかった?」
「だってぇ~、二人が引き離されるシーンとかグッとくるんだもん……」
「面白かった」
「そだな」
流れ的に、この後ファミレスで映画の感想を話したりするのだろうが、先にファミレスには行ってしまった。また戻る予定も今のところは無い。
食べ物のゴミを俺の所へと集めて、白亜ちゃんから先に動く。
部屋を出てすぐにゴミを回収して貰い、俺達も映画館を後にした。
映画終わりに電源を入れたスマホを確認すると、谷園からチャットが来ているではないか。内容はまぁ、のののが紅亜さんに送ったメッセージの返事みたいな感じだ。
実際に白亜ちゃんを送るのは俺と碧になると思うし、谷園が俺に送るのも分かるのだが……だいぶ婉曲してしまっていると思った。
「お兄ちゃん、この後どうするの?」
「ん、あー……白亜ちゃんはこっちで送り届ける事になったから、もっと遊べるけど?」
「どうする? 白亜ちゃん?」
「どうする? 碧ちゃん?」
質問が飛び交ってる状態になった。こういう時こそ谷園が必要なのだが、無い物ねだりだ。
のののはスマホとにらめっこしている。さて、どうしようか? 本当に。
「とりあえずブラついてみる? 気になった所があれば入ってみれば良いし」
「さすがお兄ちゃん、無難だねぇ~」
「わ、私は良いアイディアだと思いますよ!」
無難なのは自分でよく分かってる……というか、無難な事しか思い付かなかったからしょうがない。良いじゃないか無難で……『非難されることは無い』で無難。特に良いって感じではないけどさ。
「ののの?」
「…………」
「どうした?」
意図して無視される事はあっても、基本的にのののは誰からの問い掛けにもちゃんと応じる。その応じ方に、逃避や無言も交じるのだが、こうしてスマホから目を離さず無視するのは珍しい。
碧と白亜ちゃんは、ショッピングモール内の案内板を見に行った。
その隙に、と再度のののに声を掛けるが、反応が無い。後ろからだと、スマホを覗いたと思われるから正面から揺すってみるか?
「ののの~? おーい? どうした、本当に?」
「神戸……」
「ん?」
「帰らなきゃ」
「……何かあったか?」
「――明日。また、明日」
分かりやすい程、悲しそうな顔をしていた。
でも、帰っていくのののに声を掛ける事は出来なかった。
明日というのののの声が何故か耳に残っている。
見ていたスマホに何が書いてあったかは分からないけど、何かがあったのだろうな。
「あれ? お兄ちゃん、ののさんは?」
「なんか……急に予定が入ったらしく先に帰ったよ。気にしないで遊んできてだって」
のののの帰宅は急で意外なものだったが、そういう事もあるだろうと納得した。
碧と白亜ちゃんを見失わない様に後ろをついて行きながら、ショッピングモール内を散策していく。
最近の流行りを教えて貰いながら歩き、おやつとしてクレープを食べたり。二人が楽しめる様には頑張ったつもりだ。
電車の混み具合を考えて、夕方になる前に帰ろうという事になった。
駅に向かい、電車を待つが……
「この時点で人が多いとなると……気が滅入るな」
「しっかりしてよ、か……お兄ちゃん」
「あれー? 碧~? 今、お兄ちゃんを壁とか言おうとしなかった?」
「言ってないよ! 壁兄ちゃん!」
何さ……壁兄ちゃんって。壁になれるほど肩幅とか広くもないし、この混雑ならほとんど意味は無いかもしれない。
「とりあえず白亜ちゃんだけは、何とか……」
「ちょっと! お兄ちゃん! 妹も守れないお兄ちゃんはお兄ちゃんと呼ばないんだよ!」
「へいへい、すいませんね……」
電車がやって来て、ちょっと押し込まれる勢いで中央付近まで進んだ。とりあえず今のところはまだ余裕がある。
このまま各駅停車でけっこうな駅を越えなければならない。途中で、人が降りてくれれば助かるのだが……俺達の降りる駅の一つ二つ前にならないとそうそう降りて行かないだろうな。
「うぅ……ちょっと、お兄ちゃん掴ませて。腕疲れちゃう」
「あぁ、掴まっとけ。白亜ちゃんも疲れたらどうぞ?」
「あ、はい! ありがとうございます」
それから三十分以上電車に揺られ、ようやく見慣れた駅、見慣れた街に戻ってきた。
夕方の時間が長くなって来たとはいえ、ゆっくりせずに先に白亜ちゃんを家まで……家付近まで送り届ける事を優先した。
前に一度だけ送った事があるし、だいたいの場所は分かる。つまりはあの辺に紅亜さんも住んでいるということなんだな。
割りと近い所に住んでいた事についての驚きと、今までそこまで踏み込んで行かなかった自分に引く。ちょっと引く。
「紅亜さんは……もう、家かな?」
「どうでしょう……。あの、お兄さんはお姉ちゃんの事……嫌い、ですか?」
「……ううん。そんな事はない。けど、今のままの俺じゃ駄目だと思ってる。覚悟が足りてなかった」
「覚悟……ですか」
そう、覚悟。一時の楽しみの為に付き合うのなら、告白の時にだけ必要なもの。だけど、その先を考えるのなら……もっと深く深く向き合わないといけないものだ。
ダサくても諦めない覚悟、相手の時間を奪う覚悟。なにより、相手を幸せにする覚悟。俺にはそれが足りてない。
どうすれば良いのかも分からない。紅亜さんと共に育ってきた白亜ちゃんの話を聞いて、余計に分からなくなった。
紅亜さんにはモデルや俳優、富豪とかの方が似合うし、必要なんじゃないかとも思ってしまった。
紅亜さんならそんな可能性も沢山あるだろう。それを俺が……なんて。
「ほら……俺ってさ、両親が居て碧が居て、少し甘やかされながら育ってきただけの人間だしさ、きっとどこまで行っても普通で終わると思う。でも、紅亜さんはスポーツの世界でもモデルの世界でもどこにでも行けると思うんだ。凄いからね、紅亜さん……だから」
「その邪魔になりたくは無い……ですか? お兄さん」
「そう。俺達は学校とか家とか狭い世界で過ごしてるけど、社会人になったらまた違うと思うし、それこそ住む世界が変わると思う」
歩きながら話す。覚悟が無い事に対する言い訳をする。そういう人間なんだと、自覚する。
隣を歩きたいのに、隣を歩かない理由を探してしまう。足枷になりたくないと、らしい事を口から吐き出す。
諦める理由を探せば探すほど、諦めたく無い気持ちが増す。それを分かっててやっている自分に気付いてまた、ちょっと引く。
「あ、ほら……もうすぐ家じゃない?」
「そう、ですね……あそこを曲がれば」
「じゃあ……」
前と同じ様な場所で別れを告げる。白亜ちゃんが少し進んでから振り返って、碧と手を振りあってる。俺も片手を軽く上げてから、背を向けた。
「あ、あの!」
一歩目を踏み出した所で呼び止められて、立ち止まる。
「お姉ちゃんには! 普通の……小さくても普通の幸せが必要だと思うんです!」
走り去って行く足音だけを聞いて、俺も歩き出した。不安そうに見てくる碧の頭を撫でて、一緒に帰る。
白亜ちゃんの言葉は、なんかこう……純粋で、だからこそ耳に残った。
「碧、さっさと帰って、お父さん達のお土産でも待ちますか」
「うん。そうだね」
◇◇◇
「青、碧。少し、家族会議でもしようか」
晩御飯を軽めに済ませた俺と碧は、帰って来て早々の両親からリビングに集められた。そして、お父さんがそんな事を言い、空気が少しだけ重くなった。
旅行の計画みたいな楽しい雰囲気ではない。重い雰囲気だ。冗談すら言えそうにない。
「何か、あったの?」
口を開くことすら躊躇ってる碧に変わって、そう尋ねる。
「すまない、どう切り出して良いか父さんもな……」
「あなた、やっぱりここは私が……」
「……すまない。母さんは碧に説明してやってくれ。青、公園の方に散歩に出掛けよう。外の方が話せそうだ」
何の事か分からないままだが、祖父母の家に向かっていた両親が帰って来てこれだ。まさか、そっちで何かあったのか? と、暗めの予想をしておく。
暗くなった空の下を、街灯と家の明かりを頼りにして近くの小さい公園まで歩いてきた。
――そして、ベンチに腰掛けて数秒。お父さんはこう切り出した。
「話すつもりは無かった事だが……事情が変わってな。巳良乃なな、巳良乃のの。その二人についてお前に話しておく事がある」
白亜ちゃんごめん。もしかしたら、世界は思ったより狭いのかもしれない。
そして畳み掛けるような出来事の嵐に、やはり俺の五月は呪われているのではないかと、本気で思った。
誤字脱字その他諸々ありましたら報告お願いします!(´ω`)
季節の変わり目は喉をやられがちな作者……
早めのパブ的なロンを摂取して乗り切る構えです
みなさんも、風邪にはお気をつ……
ハックション( >З<)、;'.・