第83話 俺と彼女のメモリアル
お待たせしました~
いつもより少し長めなので読むタイミングは余裕のある時にでも……
よろしくお願いします!
服を掴んで放そうとしない俯いたままの紅亜さんを、谷園に頼んでどうにか引き離して貰った。
罪悪感が凄い。
谷園は元よりのののでさえも、紅亜さんが急に泣いた理由を深くは知らないだろう。
そんな二人に任せるのも申し訳ないとは思う。でも……俺でも知らない、知ろうとしなかった事。知らないといけない事を今は優先させて欲しい。
「白亜ちゃん、碧。少し移動しよう」
「あ、はい……」
谷園が紅亜さんを何処かへと引っ張って歩いて行く。
何となく俺は、その反対方向へ歩き出した。返事をした白亜ちゃんも、無言になった碧も、今はただ素直について来てくれた。
向かった場所はショッピングモールの上の階層にある飲食街。
ラーメン店、トンカツ屋、蕎麦屋……いろいろあるが、どこも昼時というのもあって、混雑している。
俺達は少し並んで、ファミレスに入った。長居されるのは迷惑だろうけど、ここが丁度良い感じで話せると思ったからだ。
「どうする? どれ頼もうかなぁ~?」
「お兄ちゃん……」
「わ、私は……その……」
ここまで歩いてくる間、待ってる最中も何も聞いてはこなかった。あの碧でさえもだ。
小学生の二人にに気を使わせまいと明るくしてみたが、どうやら逆効果だったらしい。
情けない。ここに来るまでに見た自分の顔を思い出せば、心配を掛けてしまうのも当然だ。
「あの……お兄さんは、その……。お姉ちゃんの彼氏、だったんですか?」
「うん。ごめんね、白亜ちゃん。俺が……もっとしっかりしていれば」
「ち、違うんです! 責めるつもりなんてないんです。ただ……お姉ちゃんが『私のせいだ』って……家ではよく言っていて……」
「そっか……。白亜ちゃんに聞きたい事はあるけど……うん。先に、俺と新や……紅亜さんの事について話しておいた方が良いかもしれないね」
店員さんが運んで来た水で喉を潤し、俺は……中学生の頃を思い出しながら白亜ちゃんと碧に当時の事を話始めた。
◇◇◇
彼女との出会いは中学三年の時。
一年生の時に転校生として彼女が来たのは知っていたが、二年生の時も含め、別のクラスだったから特に何もなく過ぎていった。
だから、出会いを聞かれれば三年生の始めだ。
席は俺が廊下側の一番後ろで、彼女が窓側から二列目の一番後ろだったと思う。
当然、三年になれば部活の最後の大会や、勉強に忙しくなる。
でも、俺は若干の中二病を残したまま、ただ毎日が普通であれば良いと思っていた。
新一年生の入学式も終わって、ホームルームで先生の話をただ聞き流していると、新しいクラスメイトにどれくらい知り合いが居るか気になった。
隣の男子や前の男子は知っているし、友達は多い方だが彼女の居ない俺としては女子の方が気になって、そっちの方ばかりを見渡していた。
その時だった。
開けていた窓からそよ風が吹いて、カーテンを少し揺らした。
俺の方までは届かない、それくらい優しい風だった。
だが、窓から二列目に座っている生徒には届いたらしく、彼女の野暮ったく重苦しい前髪を浮かせた。
そこから見えた綺麗な横顔。目、鼻、口……その一瞬で俺は落ちたのだと思う。
彼女――新山紅亜に惚れたキッカケは、たったそれだけの事だった。
それから数日、彼女を遠目で観察していた。
それで分かった事が幾つかあった。
まず、彼女は本をよく読んでいた。何の本かは分からないけど、休み時間や昼休みの大半は本を読んで過ごしていた。
そして、彼女は頭が良かった。授業で少し難しい問題を当てられても解答に迷う素振りもなく答えていた。
放課後、遠くからたまたま見た部活している姿。走っている姿が綺麗だと思った。
彼女が可愛いとの噂は聞かなかった。前髪が長く、暗い雰囲気と地味な感じが相まってどこか田舎娘の様な感じではあった。
断片的に見れば、彼女は文武両道の真面目な優等生だ。
だが――たったひとつ。彼女はいつも独りだった、友達と仲良くしている姿を見たことが無い。友達が居るのかも分からない。
とにかく彼女は毎日一人で過ごしていた。登校してから下校するまで、クラスメイトと話さない日もあるくらいに。
そしてある日の放課後。
俺は思いきって彼女に声を掛けてみようと思った。もしかしたら友達になれるかもしれない、お近づきになれるかもしれないと。
『あの、新山さん。俺、神戸青って言うんだけど……もしかして今日って部活ある?』
自分で言うのもアレだけど、中学時代の俺はコミュ力に優れていた方だと思う。男女共に友達は多かった。
だから、いつも通りに声を掛けた。部活なら部活ですぐに引けば良いと思っていた。
だが、返って来た言葉は拒絶だった。
『やめてください』
話し掛ける事すら、許されなかった。
冷たい声、冷たい視線。ただの拒絶。
呆然とする俺に、少しだけ会釈してから去って行ったのは彼女が真面目な子だったからだろう。
それでも、あの時みた横顔を打ち消す程では無かった。今じゃ少し考えられないが、中二病が残っていたのが功を奏して、俺は逆に燃えていた。
それから毎日、彼女が教室から出て行く前に声を掛けるのが日課になった。
普通に無視される。返される事なんてなかった。「今日、宿題多いね」に対しても無視で終わる。だけど……それが俺の日課を辞める理由にはならなかった。辞めなかった。
そしてまたある日。去年、彼女と同じクラスだったという友達にある事を聞いた。
『神戸よぉ、アイツに興味あるのかは知らねーけど辞めておいた方が良いぜ? 知ってる奴は知ってるんだがよ、アイツ……鬼崎に目付けられててよ』
『鬼崎って、あのギャルの? なんで?』
『ほら、内の学校って別に茶髪にするのは咎められないけどさ、あるじゃん? 生徒間での暗黙ってやつが』
どうやらその当時、女子の間では茶髪にするとその鬼崎というギャルに目を付けられるという噂があったらしい。噂どころか、実際にそうだったみたいだ。
彼女が最初は黒髪で、二年生の途中で髪を染めた事は少しだけ話題に上がった記憶がある。
その時は特に気にせずいたが、知らない所で彼女は苛められていたらしい。
友達曰く、直接的なのは無いらしいが、無視や孤立させる事。周りの女子を巻き込んで、徹底的にさせたらしい。
茶髪くらいで何故と思った。
今思えば、中学生という多感な時期で、女子をカースト頂点は自分の思い通りに人を動かせたのだろう。別にたいした理由は無いのだろう。ただ、急に茶髪にして目立ったから。
その話を聞いて、友達にも忠告を受けた。俺を心配してくれた友達には申し訳ないが、俺は彼女に話し掛ける回数を増やした。
増やせば増やすほど、クラスメイトから奇異の目で見られる事となったし、彼女には嫌われていくのも何となく分かったが、声を掛け続けた。
それでも、まだ平和だったと思う。
俺が彼女に話し掛けて、無視されて。クラスメイトに少し距離を置かれる。受験に向けた勉強が忙しくなっていくが、それでもまだ良かった。何事も無かった。
――問題が起きたのは、部活動に向けて三年生が最後の追い込みを掛けている時期だった。
『……よ。…………に、…………れ』
放課後。いつも通りに無視されて、そろそろ帰ろうかという時に鬼崎という件のギャルを見付けた。数人の男子生徒と話しているだけの普通の光景……の筈なのに、何故か妙な違和感を覚えた。
ただの談笑とは思うが、笑顔というよりはニヤついてその表情に引っ掛かった。
『ついて行ってみる……か?』
俺はさりげなく尾行を始めた。
何もなければそれで良い……そんな気持ちでの行動だった。
鬼崎さん達が向かった場所は、教室棟とは別の屋上手前にある踊り場。
なぜ放課後にこんな場所に? と、少し離れた場所そんな事を思っていると、別方向から彼女……紅亜さんがやって来た。
鬼崎さんと紅亜さん。その二人の組み合わせに嫌な予感をヒシヒシと考えていたが、俺は会話を聞き取れる距離まで近付いてジッとしていた。
『新山さぁ、あんたいつになったら髪染めてくるわけぇ?』
『すいませんが、染める予定はありません』
『なに反抗~? ウケるんだけど。アタシはさ、アンタの為を思って言ってんの。最後くらい友達とか欲しくないのぉ~?』
『必要ないです。貴女の言葉ひとつで離れていく人を友達とは思えない。以上なら部活があるので失礼させて貰います』
俺が言葉を掛けても返って来たのは一回だというのに、鬼崎とは喋るんだな……とその時は考えていた。どうでも良い事を考えていて、一人で凹んでいた。
『……ムカつく。待てよ新山。アンタさぁ、何で男子を連れて来たか考えて無いわけぇ?』
『……なにか?』
『チッ。ホントはコイツらにお前を押さえ付けさせて写真の一枚でも……なんて思ってたんだがなぁ。私は優しいからさ、お前の髪……私が染めてやるよ』
俺が落ち込んでいる間にも会話は進んでいた。もっと早く気付いていれば、と考える日もある。だが、俺は少し遅かった。
その会話に気付いた時には、紅亜さんは男子の押さえる腕を振り払おうと、必死に抵抗していた。
その間に、鬼崎は黒染めの準備を整え、とても醜悪な笑顔を浮かべた。やっと自分の思い通りになる事を喜んでいる。
突発的じゃなく、少しは計画していたのだろう。別の棟だとしても文化部の部室はある。なのに、生徒が一人もやって来ない。
ただ休みなのか、誰かを使って止めているのかは分からないけど、計画していたと俺は確信した。
そう思った時に、すぐ飛び出せば良かった。
だが、鬼崎と近くに居る男子にビビって少しだけ躊躇ってしまった。抵抗し続けている紅亜さんを助けに行けばよかった。
鬼崎のとても嫌な笑顔が紅亜さんに向けられると同時に、紅亜さんの右腕を掴んでいた男子が声を荒らげた。
『いってぇぇぇぇぇぇ!! 足踏みやがった! コイツ……クソがっ!』
『えっ…………?』
俺は遠くから見ていた。
暴れる流れで紅亜さんが相手の足を踏みつけてしまったこと。
踏まれた男子が激昂して紅亜さんを突き飛ばしたこと。
紅亜さんが居たのは踊り場。そして――紅亜さんの背後は階段だった。
ゆっくりと背中から落ちていく紅亜さんを見ていた。見ていることしか出来なかった。
『お、おい! お前何してんだ!』
『いや、ちがっ……アイツが足を踏んできたから! じ、事故だ! 事故だって!』
『アタシは知らないよ。アタシは喋っていただけだから。チッ、行くよっ!』
責任の押し付け合いを始めたかと思ったら、すぐにその場を離れて行った。。
誰も、一言も紅亜さんを心配しようとはしていなかった。
今になってようやく、紅亜さんを助けようと足が動いた。でも、遅い。すでに彼女は階段下、十数段ではあるが転げ落ちていた。
『に、新山さん!』
『……ぅ、ぁ』
『だ、大丈夫!? 大丈夫!?』
『いっ……っ……言わ……ないで』
大丈夫な訳ないのに、俺は安否だけを確認していた。
彼女の言葉の意味は何となくだが理解出来た。この事については何も言わないで欲しいという事なのだろう。
その理由までは問えなかったけど、俺はそれを了承していた。
でも、怪我をしているこの状況までは黙っている訳にはいかず、周囲を見渡して、窓の外にたまたま先生を見付けた。
『先生! 先生! 新山さんが落とさ……階段から落ちた! どうしたら良いですか!?』
声を掛けたのが女の先生で、俺は保健室の先生を呼んでくる様に指示を受けた。
保健室と別棟を往復して、後は先生に任せた。
軽い脳震盪とか捻挫がどうとか聞こえたがそこまで詳しくは覚えていない。が、救急車がやって来て彼女は運ばれて行った。
翌日、彼女は学校を休んだ。
そして更に翌日。彼女は学校に来た。足には包帯を巻いて、松葉杖を持ちながら。
全治二週間。最後の大会に間に合わない。例えギリギリ間に合ったとしても、二週間はとても大きい時間に違いなかった。
彼女はより、他人を寄せ付けなくなっていた。
◇◇◇
「――まぁ、最初はこんな感じだったよ。今とは違って笑ってる顔なんてみた事無かった」
「そん……な。だって、お姉ちゃんは、家でいつもニコニコしてて……確かに怪我してましたけど、転んだって……」
「でも、お兄ちゃん……そんな、その……塞ぎ込んでた白亜ちゃんのお姉さんをどうやって?」
「あぁ、少し強引にね。変わらずに無視され続けたけど毎日話し掛けた。でも、ある日にさ、二人だけでやったんだよ。陸上競技の大会を。その日から少しずつ変わったかなぁ」
◇◇◇
部活の大会もだいたいが終わって、三年生は引退して勉強に打ち込む。
そんな時期でも俺は彼女に話し掛けていた。無視はされるものの、目が合う回数が前よりも増えた気がしていた。
完全な無視から一歩だけ前進できていた。
彼女が窓の外を見るのが多くなった事に気付けたのは俺だけだろう。しかもそれは、校庭で誰かが走っている時。
授業や部活、昼休み。誰かが走っている姿があれば、彼女は自然と視線が誘導されるのだろう。
きっと。きっと、彼女は誰にも言わないのだろう。「本当は大会で走りたかった」そんな言葉ひとつでさえ彼女は飲み込んでしまうのだろう。
仕方ないと諦めてしまうのだろう。俺は彼女に認められてないし、踏み込んで良いのかも分からない。でも、“何かしてあげたい”という気持ちだけは、たしかに俺の中に存在していた。
『せめて引退試合みたいなの……とか』
彼女が陸上部というのは知っているが、陸上部の引退時に何をするのかは流石に分からなかった。たぶん、走る。それくらいしか思い浮かばなかった。
彼女が短距離選手か長距離選手かも知らない。
これは俺の思い付きだし、エゴだ。本当に彼女が大会に未練があるのかすら定かでは無い。
それに、彼女が俺に付き合う理由は何一つとして無い。
だから、まずは付き合ってもらう理由を探そうと思った。
『……ねぇな。当然か。接点が無さすぎる』
この時点で、無いなら仕方ないと、強引に連れて行こうと考えていた。
いつ、どこで、誰が、何を、何故、どうした。これに当て嵌めて考えてみる。意味があるのかは知らない。
『未定、校庭、俺と彼女、陸上競技大会、俺のエゴで、開催する』
なんか、目標が見えた気がした。
特にエゴで開催するって所が良い。迷惑するのは彼女だけである。
“彼女には保健室にまで走った事を理由付けすれば勝てる”そんな悪魔的な考えが閃いた。即採用にする。
後はいつ開催するかが悩ましいが、放課後や休日の午前中は部活動で使う事を考えれば、土日の午後からしか時間がない。
その土曜日が明日。来週に回した方が良いのか一瞬考えて、夏休み前にはやってしまおうと決めた。
なら、今日中には知らせておかないといけない。俺は初めて女の子宛に手紙を書いた。
『明日の土曜日、午後一時にグラウンドで待つ。体操着を持ってくるように――神戸青』
これを彼女にさりげなく渡した。
毎日話し掛けていた事で、彼女に近付くのに不自然さは無かった。クラスメイトも慣れてきたのか、ノータッチである。
その日の夜。俺は“準備”を済ませて土曜日を待った。
学校は、休日の部活しかない時でも体操着での登校は認めていなかった為、制服で登校する。
部活動帰りの下級生達には不審がられたが、俺は校庭に着いた。彼女はまだ来ていない。
『うん……来ない可能性を考えて無かったな……』
ちょっとだけ不安になる。時計を見ると、あと三分もすれば約束の時間だ。
階段の方を見て待つ。
一時になった。まだ来ていない。
更に五分過ぎた。まだ来ていない。
三十分に過ぎた。先に体操着に着替えておく。
一時間過ぎた。とりあえず準備運動を始めてみる。
更に三十分過ぎた。階段の方に人の気配が全くしない。
そして、午後三時になった。
『やっぱり、来ないよなぁ……普通は』
『二時間も待たないでしょ、普通は』
振り返ってその声の主に更に反論してみせる。
『二時間くらい許容範囲でしょ、普通に』
『いつ帰るんだろうって、待った甲斐が無い』
体操着姿で彼女は立っていた。
待ったという事は、少なくとも今来たばかりでは無いという事だ。
試されたのか、俺は。でも、現れたということは合格したと思っても良いのだろう。それに、初めてちゃんと話せたし。
『それで、この手紙だけど』
『あぁ、これは俺のエゴだ。悪いが、俺はキミを見ていたし気に掛けていた。そんな俺のエゴだ。今から――俺とキミで陸上の引退試合大会を開催する!』
二人しか居ない校庭で大々的に発表しても寂しいだけだった。でも、それを含めてのエゴだ。
彼女は何も言わない。そして、始まりと同じで拒絶しようとした。
『やめてくださ……』
『絶対にやめない! 言ったろ、これはエゴだって。それとも男子には流石に勝てないか?』
『そんな安い挑発……』
『足、怖いか? アレからちゃんと走ってみたか? 綺麗なフォームで走れるか不安か? だから宣言したろ? これは引退試合大会だって』
さすがに睨まれた。
向けられる感情が『無感心』の次に『怒り』は少しツラいが、これも前進だろう。
『第一種目。一〇〇メートル走。今は何もかも忘れて俺と勝負してもらう。本気で来いよ! 負かしてやるっ!』
一〇〇メートル、長距離、五〇メートル、校庭10周……その他諸々。ソフトボール投げの様な競技を抜いて、ただ走る競技で俺達は勝負した。
結果、全戦全敗で俺の負けだった。
『はぁ……はぁ……しんどい。流石に凹む……くそっ。帰宅部じゃこんなもんか』
『……神戸とか言ったっけ? 結局、何がしたかったの?』
何がしたかったとか。エゴだって話だ。誰の為でもないし、深い理由がある訳でもない。
俺は自分の持ってきていた鞄のところまでヘロヘロになりながら進み、また戻ってくる。
その手に、不格好な『金』の文字が書かれたお手製のダンボールメダルを持ちながら。
『――ただ、これを……お前にあげたかった。それだけだ。助けられなくてごめん』
『――――っ!』
『独りに……はぁ、喋るのしんどい。独りになろうとしても無駄だぞ……俺は、お前に構うからな』
疲れが足に来て、地面とか気にせず寝転がった。
とりあえず、俺のエゴはここまでだ。後は知らない。彼女が本当に陸上を辞めてしまっても責任は取らない。
でも……だいたい分かってる。
『金……メダル。あはは……これじゃあ引退なんて出来ない、ね。二人しかいないんだもん……優勝者は次も頑張らないと……だもん。ひぐっ……っっ……』
『あぁ、次に勝負する時までお互いに練習だな。だから、涙で金メダルを濡らすなって』
『ぅぐっ……大会で走りだがった! でも、走れながっだ……辛かった……でも金メダル貰えたぁぁ……貰えたよぉぉ……』
彼女は泣いた。
ダンボールの金メダルがシワシワになるほど。
その日から未だに二回大会は開かれていない。
でも、その日から少しだけ彼女は変わった。
『紅亜さん、甘い物は人を幸せにするんだぜ? はい、チョコレートあげる。さ、食べて食べて』
『甘い……ね。これで、人が幸せになるの? 甘ければ、甘いほど?』
『あぁ、勿論だ! ほら、今の紅亜さんの表情だって……』
俺の言葉に多い時では日に二回くらいは返してくれるようになった。
それに、彼女の方から苗字じゃなく、名前で呼んで欲しいと言われた。
少しずつ、本当に少しずつだけど、毎日続けると積み重なる。
彼女――紅亜さんはこれを黒歴史と言っている。が、俺にしてみれば大切な思い出だ。
横顔から始まった、後悔が少しばかり多い思い出。
◇◇◇
「そして、高校を一緒に選んで、紆余曲折して二年の春に付き合って、一ヶ月後に別れてしまった。という話」
ご清聴ありがとう……なんて言葉は出なかった。
白亜ちゃんは知らない姉の事で頭がいっぱいいっぱいなのだろう。
碧も顔色が少し悪くなっている。
「少し、休憩を挟もうか。何か食べよう……あと、ドリンクバーとかね」
白亜ちゃんも碧もまだ来年は中学生だが、まだ小学生。とは言え身内の話だ。
内容だって精神的にキツいだろう。でも、言わないといけないと思ったし、聞いて欲しかった。
「……白亜ちゃん、碧。君達は優しいからいろいろと考えちゃうのかも知れないけど、あまり気負わないで欲しい。あくまでこれは、俺の問題だから。とりあえず、少し休もう」
「うん……分かった」
「お兄さん……分かりました」
二人にメニューを渡し、少し遅れて昼飯の注文をする事にした。次の白亜ちゃんの話を聞くまでの間、俺達はしばしの休憩を取ることにした。
誤字脱字その他諸々ありましたら報告お願いします!
まぁ、分かる。今回も分かる。皆の言いたい事はよくわかってますよ。
でも、ほら……これでも短く纏めた方なんですよ?(多少、また強引に纏めた)
もっと丁寧に書けば良かったですが……近頃頑張り過ぎて……なんか、眠かったので(´ω`)